弟と話してみた
ゲーム世界の外でのお話です。
今日は夕方にもう一話投稿します。
もういい加減慣れてきた動作で利久はヘルメットを外した。最初は激しかった違和感も慣れてきている。
うーん、と一度背伸びをしてから、乾いた喉を潤すためにリビングに向かった。
「あ、兄さんお疲れ様です。ログアウトしてきたところですか」
「ああ、いい気分で日向ぼっこが出来たよ。ただ、喉が渇いたから降りてきたんだ」
待ち受けていたかのようにそこには甲斐がいた。どうやら甲斐も喉の渇きを潤すために来ていたらしい。利久の分のお茶もてきぱきと用意する。
「ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
甲斐はにこにこ笑ってこっちを見ている。おそらく利久がゲームを続けていることが面白いのだろう。
利久がお茶を飲もうと座ったところで、待っていたとばかりに向かい側に座ると、捲し立てるように話し始めた。
「今ゲームはどこまで進みました。兄さんのことだから、最初のボスモンスターとかで苦戦してるんじゃないですか。あっ、それとももう誰かとパーティーを組みましたか? 今度僕がレベル上げ手伝いましょうか。そうじゃなくても一度会いましょうよ。寝てるだけじゃレベルも上がらないでしょう。情報屋をやっているので僕は戦闘特化のアバターじゃないですけど、レベル80越えてますから何でもお手伝いできますよ。ああ、心配しないでください。ちゃんと初心者と合わせるための設定をしますから、パワーレベリングみたいな方法は使いませんよ」
そわそわしていたのは、どうやらこれが言いたかったかららしい。構って欲しいとすがりついてくる小動物みたいで可愛いところがあった。そのキラキラした瞳を見たら、誰でも頭を撫でたくなる可愛さである。
ただ利久はどうするか悩んだ。はっきりと猫やってますというのも、憚られる。
とりあえず日向ぼっこ場所探ししかしてなくて、街から一歩も出てないとだけ伝えることにした。会いたいというのは、家でいつも会っているからいいだろうと返しておく。
甲斐は渋々といった感じでうなずいた。
そしてさっきまでのわくわくという顔が一転、分かりやすく落ち込んでいた。
「今日始まりの街にユーリスとかいう、ピカピカ野郎が来てたんだけど、有名なのか」
こういう時は新しい話題を振ればいい。最後には忘れてるはずだ。そう考えて、今日起きたことを思いだしてその話を利久は振ってみた。
「『聖騎士』ユーリスですか。確かにその情報は上がってきてますね。何でもレアスキル【神託】によって緊急イベントの開催を予知して、やって来たのだとか」
意外と食いつきもよく、甲斐は早速さっきまでの話題を忘れたようだった。
利久はとりあえず聞き覚えのない言葉を質問することにした。
「【神託】?」
「ええ、まだ明確な取得方法が判明していないので、レアスキルになっている一般スキルです。能力は時折神から情報を得ることが出来るんだとかで、今回のイベントもそれで分かったんだそうです。トッププレイヤーの一人で、その盾と剣を用いた戦闘スタイルやその物腰から騎士の中の騎士と呼ばれていますね。武器はユニーク武器片手剣の聖剣エクスカリバーです。能力は判明している所で使用者の身体能力向上、一定以下の攻撃の無効化。他には特殊スキルを使わないそのスタイルも……」
立て板に水といった感じで、ユーリスについて甲斐は話していく。ストーカーじゃないかというほど、その内容は詳しい。
ユニーク武器ってのは何だ?
不思議そうな顔でもしたのか、利久が質問する前に甲斐は解説してくれた。
「ユニーク武器って言うのは『休日の楽園』内に一つしか存在しない武器の事です。ネタ武器もありますけど、多くは大規模クエストの初クリア者や、大型イベントの報酬として優勝者に与えられます。僕もアサシン名乗るからには、ユニーククラスの透過刀鎧通しが欲しいです」
透過刀は防御無効、奇襲時即死効果ありという暗殺者垂涎の武器である。現在の持ち主は不明で、甲斐も調査中らしい。
他にも高いクリティカル率を誇る豪槍・蜻蛉切や、変幻自在の流体金属で出来た形を持たない万能武器『形状未設定』(ノーフォーム)など、伝説・史実にある武器から、ゲームオリジナルまで多様なユニーク武器があることも『休日の楽園』の特徴である。
「今日のことについては他にポチという猫に顔を引っ掻かれたとか、戦乙女の面々に手を出して散々だったとか、そんな情報が裏付けは取れてないですけど上がって来てますね」
「ああ、俺も近くで見てたけど、確かに猫に引っ掻かれてたぞ」
自分がやったとはさすがに言えないが、これぐらいなら嘘にならないだろうと、利久は甲斐に言った。
「そうですか、裏付けを取る必要はなさそうですね。まあ、エクスカリバーはある程度まで攻撃を無力化出来ますからね。流石に猫の攻撃じゃその数値を越えられないですし、そうでなくともセーフティーエリアで傷が出来たわけもありませんから、情報としてはネタ以外にはなりえないんですけど。あのポチってキャラクターネームが見える猫も今は注目の的かな。出現場所に関しての依頼もあるし」
何か確認しているのか、甲斐は取り出したスマホを見ながらしゃべっている。
利久はその時のことを思いだし、今は肉球も鋭い爪も無くなった手を見た。この手にはピカピカ野郎を引っかいた感触は残っていない。
「ユーリスも重要だけど、それよりあの緊急イベントですよ。結局情報がほとんど手に入ってないんです。分かってるのはイベント名の『サバイバル鬼ごっこ』と、そのルール、それに鬼だったプレイヤーの半分の名前だけ」
さっきのさっきでそこまで情報を入手済みというのは十分凄いと思うのだが、甲斐自身はそう思っていないらしく片手を頬に当てて憂鬱そうにしている。手元のスマホから確認したのも、その情報だったようだ。しかし、あまり進捗は芳しくないらしい。
少し眉間にしわが寄っているのが何とも言えず、良い雰囲気を出している。これを写真に収めれば、甲斐の同級生に高く売れるだろう。
「……何か変なこと考えてない、兄さん」
「とんでもない。それだけ情報集めてれば十分じゃないのか」
そんなこと言いながら、できれば短パン履いて少年っぽさを押し出してくれれば、学校の先生にさらに高く売れるんだがとか、利久は思っていた。実際にお小遣いに困ったときの最終手段として、いくつかそういった写真は取ってあるのだ。
「僕、一応『休日の楽園』では闇丸って名前で情報屋をやってるんです。だから、誰も姿を見ていないっていう最強の鬼と、その鬼から逃げおおせたたった一人の優勝者の正体を突き止めないと。これだけ圧倒的で誰にも姿を見せないからには、鬼は高名なアサシンだと思うんですけどね」
「アサシンって言うと、こう後ろから……」
利久は首を掻っ切る様をしてみる。
「まあ、そんなところです。そのプレイスタイルによっては名前が売れていない者が多いことも間違いないですし、僕の情報網から落ちているだけかもしれないですけど。ただあの時始まりの街付近で確認されているトッププレイヤーは『聖騎士』ユーリスや、『灼熱』ヒエンなど数人だけ。強力なアサシンプレイヤーはいないはずなんですけどね」
そう甲斐は説明して、これからもう一度情報収集するんだとかで、部屋に戻っていった。
それを見届けてから、利久は二人分の湯飲みを洗って、それから眠りについた。
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