《入学式Ⅱ》 筆:じゃむと
遅ればせながら挨拶を。
リレー小説の書き手のひとり、「じゃむと」です。
本当なら前回挨拶するべきだったでしょうが、ちょっと失念してました。すんません。2回目の自分のターンですが、こちらで勘弁してください。それは置いときまして。
この小説を読んでくださる皆様、ありがとうございます! これからもよろしくお願いします。完結目指して他の2人共々頑張りますので!
あと個人的に。今回、ちょっと長めかも。楽しんでいただけたら幸いです。
以上、 じゃむと でした!
入学式まで時間に余裕を持ってレイの屋敷を後にした俺は、一人学園への道を歩いていた。貴族の別荘街は静かだったが、そこから大通りに出ると雰囲気が一気に変わり、活気に溢れていることに驚愕する。
「新入生! これから頑張れよ!!」
「たくさん学びなさいな! ほらアンタ、これ食いなって!!」
所々に屋台が並び、そこから歩いている人に声がかかる。声がかかるのは、俺と同じようなローブに身を包んだ人たちだ。
「そこのカッコいい模様持ってる兄ちゃん! アンタ新入生だろう? ほらこれ食ってけって」
近くの屋台から声をかけられ、そちらを向く。模様、というのは顔にある刺青のことだと察したからだ。他にそれらしき人は俺以外にいなかったことからも、俺に声をかけているのだとわかる。
その屋台にいた男は、俺の方に果実を差し出していた。見た目は林檎のようだが、色がおかしい。何故青に近い紫色をしているんだ……。
警戒し、首を振る。
「結構ですよ。お気持ちだけ受け取ります」
「そう言うなって。これは一種のしきたりなんだ」
「しきたり?」
聞き覚えのない単語に眉を寄せると、男は頷いた。
「ああそうさ。そのローブを着る奴はみんな、グラシェニレア魔法学園の生徒って相場が決まってる。そしてこの時期、あの学園じゃ、クラス分けのために試験があるんだよ」
「試験、ですか」
「ああ。筆記と実技があってな。実技の方がちと辛いんだよ。魔法を打たなきゃいけねぇ」
なるほど。そいつの実力を見てクラスを割り振るのか。筆記は、魔法知識に関してとは思う。……魔術なら自信があった。正直、魔法は得意ではない。だがこれでも、レイに屋敷で叩き込まれているから、ある程度は大丈夫だろう。問題は実技の方だ。男の話が本当であれば、魔法を打たなければいけない。どうしたものか……。
考え込む俺を見て、男は俺が不安に思っていると感じたのか、そう心配すんなと笑った。
「魔法のために魔力を使うのはしょうがない、けど魔力切れなんか起こったらそれこそ大変だ。そこで、だ。みんなこの『マーリム』を食べるんだよ」
「『マーリム』、というのはこの果実のことですか?」
尋ねると、男は頷いた。
「『マーリム』っていうのはあの学園から支給されてる果物だ。あの学園で作られた、魔法を使う奴のための食い物だな。こいつを食うことで、魔力切れが起こってもすぐに身体が魔力を戻してくれるんだよ」
魔力が切れても、人は生きることができるし魔法も使える。だが、そのためには自らの生命力――命を削らなければならない。魔力と生命力は切っても切れない関係だ。魔力切れがなぜ問題になるかと問われれば、それは自らの命を危険に晒し、死ぬ確率が跳ね上がるからだと答えることになる。
だが、魔力は減っても回復させることができるものだ。血液が減っても身体がまた作り出すように、魔力も減っては身体が新しいものを作り出す。ただ、その回復スピードは決して早くない。多少身体に魔力が残っていたらいいが、魔力切れという空っぽの状態では、個人差はあるが回復するのに長くて半年はかかる。最悪、『魔力なし』になることだって考えられる。
その回復を助けるものは、元の世界にもあった。人間のための『特定栄養保険食品』の中に混じっていたり、専門の業者が取り扱っていたりした。仕事柄、俺は愛用していた。こちらにも、上着やケースに入れたままだったものがいくつか残ってはいるが、極力使わないようにしていたのだ。この世界に、それに準ずるものがあるか不明だったために。
しかし、この目の前にある果実は、それに準ずるものらしい。色は正直信用したくないようなものだが、配られるほどだ、効果は確かなのだろう。
「――いただきます」
「おう!」
男は、俺の答えに笑顔でそう返し、果実を手渡した。一礼しその場を去り、口に頬張りながら歩く。
――……まあ、味は悪くないな。何故かバナナの味だが。
「……今年の新入生も、面白そうだな」
ふ、とそんな言葉が聞こえ、思わずあたりを見回す。だが、それを言った人物を特定できないと気付き、すぐにやめた。
別に気にすることじゃないだろうな。そう考え、また歩き出した俺は、――数時間後に絶句することとなるとは夢にも思っていなかったが。
男から受け取ったマーリムを食べ終え、引き続き周囲を何気なく観察しながら歩いていた時、突然肩を叩かれた。
「なんだ?」
近づく気配があったことはわかっていたが、まさか接触してくるとは思わなかった。それに内心驚きつつ、表面では訝しげにそう言いながら振り返ると、そこには黒い壁があった。
「は?」
「ぶはっ、う、上だ、上!」
言われるままに視線を上に向けると、こちらを笑いながら見下ろす顔と目が合った。2,3歩後ろに下がって、そいつの全身図を確認する。接触してきた奴は180……いや、190後半か、2m近くある男だった。
一番目を引くのは、その頭上で動く獣耳だ。その形から考えられるのは、犬・狐・猫……あとは狼か。腰の方ではチラチラと尻尾が見え隠れしている。おいおい、動きすぎだろ。
一見灰色っぽいが、光の通り具合から濃いプラチナだとわかる髪はオールバック。顔つきは野性味があり、どちらかと言うと荒っぽい印象を受ける。獣っぽい目つき、と言えばいいのか、目つきが鋭いのも関係しているかもしれない。そして、身体は俺と同じ黒いローブで覆われ、胸元には学園の象徴が光っている。先ほどの黒い壁はこいつの体か、と納得がいくと同時に、自然と眉が寄る。
入学式そうそう、というより早く学園の生徒に会うとは、面倒だ。主に人付き合いが。入学してから、また絡まれそうだからな。
そんな俺の顔を見て、失礼にも目の前の男はまた笑った。随分とおおらからしい。どこかの令嬢を彷彿とさせる奴だ。できれば関わりたくないが、この手の奴は自分から絡んでくる。
ため息をつくと、不思議そうな顔をされた。
「突然どうした?」
「いや、まさか初日から先輩に声をかけられるとは思っていなかったので」
「ぶっ」
笑われた。こめかみに一瞬青筋が立った気がする。そいつは暫く笑い続けてから、こちらを見て微笑んだ。微笑む、というよりも軽快に笑った、という感じだったが。
「その校章の色、入学する年で違うんだよ。オレとお前は同じ色だろ? つまり同級生、今年入学する新入生同士ってことだ。 お前、そんなことも知らなかったのか?」
「……忙しくてな」
レイ、お前俺に言い忘れたな。後で問い詰める。
そう思っているうちに、男は俺の右手を力強く握ってきた。
「っ、おい、突然なんだ」
「んー、お前と仲良くしたいって思っただけだぜ? 駄目か?」
そう言う男に、力が抜ける。拘束された=逃がさないという意思表示、だと思い緊張したが、そうではないとわかり少なからず安心した。俺に敵意はないらしい。
「そういうことか……駄目も何も、突拍子もないことをするな」
「悪い悪い」
カラカラ笑う男は、少し力を緩めてから、こちらを見た。
「なあ、お前の名前は?」
「人に聞くときはまず己から、だろう」
「ハハッ、そうだったな。俺は獣人族銀狼種のひとり、ヴァルクガーナ・ギブスリーク。なげェし呼びにくいだろうから、ヴァルでいいぜ」
で、お前は?
そう言って笑う男、ヴァルに毒気が抜かれた。レイといいヴァルといい、こういう奴らはどうも人の懐に入り込むのが上手い。ヴァルの場合、ここまででレイほどじゃないが理性的な面も見受けられるし、何よりも親しみやすさがある。関わってもいいかもしれない、とこの短時間で俺に思わせるほどなのだから、これは天性の才能かもしれないが。
小さく息を吐き、そのまま言葉を紡ぐ。
「ルークだ。……これからよろしくな」
「おうっ」
歯を見せて笑った――この時、そこに並ぶ鋭い犬歯は見なかったことにした――ヴァルは、そのまま照れたように頭を掻いた。
「あー……実はお前に話かけたのは、仲良くしたいってのもあったんだけどよォ。……入学式会場がどこか迷っちまって、困ってたんだ。なァ、一緒に行ってもいいか?」
「構わないが、どうして迷ったんだ?」
会場まではこの道をただまっすぐ歩けばいいだけだろう、と続けようとしたが、ヴァルが一瞬目つきを鋭くさせこちらを睨んできたため、口を噤む。代わりに息を吐き出し、肩をすくめた。
「仕方のない奴だな」
「ハハハッ」
笑い声をあげたヴァルは、そのまま俺の肩に腕を回し、身体を寄せてきた。そのまま、耳元で囁く。
「悪いな、少し追われてたんだ」
「……初日から何をやらかしているんだか」
「いやあ、お貴族サマって奴は難しいもんだなァ、ルーク?」
「助けてやらんぞ」
「そこは、手を貸すくらいはしてやる、って言うとこだろ!? つれねーなァ」
「誰が。 ……で、だ。お前の容姿ならすぐ見つかるだろう。どうする気なんだ?」
「あー、それなんだが、学園に入ったら身分は無いに等しいっていうんだろ? まァ、あるっちゃあるらしいけどそれはそれ、だ。あそこは実力主義なんだ、気楽にやるさ」
そう、冗談のように言ってヴァルは離れた。その顔に向かって、小声で忠告をしておく。
「ほどほどにな」
「そのさじ加減を間違えそうな時は言ってくれって」
「善処する」
「ハハッ、ホントかよ。まあ、信じてるぜ?」
そう言葉を交わしているうちに、会場に辿り着いた。
案内だという女が、こちらに気づき声をかけてきた。
「その校章の色は、お二人とも新入生ですね。すみませんが、お二人とも平民でいらっしゃいますか?」
「オレはそうです。お前は?」
ヴァルの言葉に頷いておく。
本当なら、レイの家に世話になったこともあり、貴族だと進言するべきだろう。が、どう考えても厄介なことになる気しかしない。良くしてもらったアルヴァ公には悪いが、ここは嘘をつかせてもらった。
女はさして気にする様子もなく、続ける。
「平民の方は、会場の後ろの方に集まってもらうことになっています。同じ花をつけた人たちとなるべく一緒にいるよう、お願いします」
「失礼ですが、その花というのは貴族と平民で違うのですか?」
そう聞くと、女は苦笑した。
「このような公式の場では、線引きはきちんとした方がいいんです。では、花をつけますね」
校章の横に、花をつけられる。どうやら造花らしく、触ってみたが瑞々しさはなかった。ピン止めされたそれに視線を向けていると、女が言葉をかけてきた。
「式が終わった後、私のように腕にこのような輪をしている者たちが、その花を回収します。忘れないでくださいね?」
俺とヴァルは頷き、女に示された方向に向かって歩き出した。
歩いていると、俺達と同じような花をつけた集団を見つけたのでそこに混ざる。近くにいた少女に声をかけて確認してみた。
「すまないが、ここが平民の新入生のいる場所か?」
「そうだと思いますよ。あの、前の方にいる人たちが貴族の人たちです」
少女が手を向けた方を見ると、いかにも貴族、というような品あるオーラを纏った集団がいた。檀上近くのその場所で、彼らは会話に興じているようだった。
その横の来賓席には、親族らしき人たちが座っている。いつもは威厳に満ちた顔をしているのだろうが、今は愛する息子・娘の晴れ舞台だからか、どことなく顔が緩んでいた。そしてその緩んでいる一人の中にアルヴァ公を見つけ、思わず苦笑が漏れた。
どこの世界でも、親というものは変わらないらしい。
ふと、周囲に顔を向けていたヴァルが不思議そうな声で言った。
「そういえば、新入生は立ったままなんだな」
「そうですね……しきたりなんでしょうか?」
少女も事情を知らないのか、不思議そうな顔をする。
俺は、アルヴァ公に言われたことを思い出した。
――「学園の中は、身分はあまり関係ないのだよ。あそこでは、実力が物を言う。魔法に対し真摯に向き合う者たちが評価される世界だ。それは、そこに入学する皆が初めて触れる世界だろう。初めて触れる『社会』と言ってもいいかもしれぬ。だからか、あの学園の式は特殊でな。新入生は皆、起立したまま受けるのだ。あの学園の『社会』に触れさせると共に、家からの『自立』も意識させる式だ。きっと、ルークくんも驚くだろう」――
「どうした? ルーク」
ヴァルにそう声をかけられたが、首を振る。
「いや、大丈夫だ」
「あっ、始まりますよ」
少女に声をかけられ、俺達は佇まいを直し、前を向く。
そうして、入学式が始まった。