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『現代悪魔の異世界転移(仮)』  作者: 物書き組(六錠黙・じゃむと・トリ)
6/9

《入学式Ⅰ》 筆:六錠 黙

「ん、うぅん……」

 朝。部屋の窓からの木漏れ日が俺の閉じられた瞼の上から降り注ぐ。

「眩しいな……」

 薄らと目を開けて枕元に置いてある腕時計を見る。この腕時計はこの世界に転移した際に着けていたものだ。この腕時計はソーラー式だし、どういう訳かこの世界の一日も二十四時間なので当分は使えるだろう。

 時刻は七時五分。そろそろ起きなければいけない。

 この世界に転移して既に二週間が経った今日は、いよいよ入学式だ。本来であれば、先週入学式があるはずだったのだが、この間のゴーレム事件の被害が予想以上に大きかったとのことで、事態の収拾に時間が掛かり、今日となったらしい。

 レイにはいろいろな場所に連れていかれ、様々なことを教わったし経験したこともあり、それなりにこの世界に慣れてきたように感じる。

 一先ず俺は制服に着替えて、部屋を出る。この部屋は寮が解禁されるまでの間、俺が生活するために与えられたレイの屋敷の一室だ。初日に分かったことがだ、この屋敷は相当大きい。部屋数は二十を超え、広い庭もある。それらを繋ぐ長い廊下がどうなっているのか、覚えるまで三日以上掛かった。

 その長い廊下を進んで、俺はまず洗面所へと向かう。この屋敷の水のライフラインは完璧だ。貴族の屋敷だからこそらしいが、水を生み出す魔導具が様々なところに設置されている。その水を使って顔を洗った俺が次に向かうのは食堂だ。

「おはよう、ルーク君」

「おはようございます、アルヴァ公」

 食堂には、先客がいた。レイの父親、マルバーレ・F・アルヴァ公爵だ。帝国貴族である彼がなぜここにいるのか。それは今日が俺やレイの入学式だからだ。娘が入学するということもあって、アルヴァ公は帝国を代表して入学式に参列するのだ。そのために、一昨日の夕方ごろにこの屋敷へとやってきていた。

 出会った初日に言われたが、彼に遠慮はいらないとのことなので、俺もいつも使っている席に座り女中が運んでくる朝食を口に運ぶ。

「レイさんはまだ起きていらっしゃらないのでしょうか」

「今日は入学式だからな。レイの奴も興奮して夜更かしでもしたんじゃないか?」

 そういって、ハッハッハと笑うアルヴァ公。本当に、貴族というイメージを打ち壊してくれる愉快な人物である。

「そ、そんなことないわ!」

 そんな声を聴き、声の方向──食堂の入り口の方を見れば、寝間着姿のレイがいた。

「こらこらレイ。淑女たるものが寝間着のまま屋敷の中を歩いてはいけないじゃないか」

「別にいいんです。どうせ父上とルークしかいないので」

 レイはそのままスタスタとあるいて来て、席に着いた。そして、食事が運ばれてくるとそれを少し何時もより早いペースで食べ始めた。

「ん? 急いでいるようだが、急ぎの用事でもあるのか?」

「入学式は十一時からだけど、私は新入生総代だから早めに出て、リハーサルに参加しないといけないのよ」

「新入生総代?」

「そ。これでも私、入学試験トップの成績で入学してるのよ」

 どうやら聞くところによると、毎年新入生総代は各国貴族階級の中でも入試成績トップの者が務めるらしい。貴族階級の中で、というのはこういった大規模な式典で壇上に上がって話す機会の少ない平民には総代を務めるのは厳しいからというのがあるらしい。

 まあ、そもそも過去入試成績五位以内に平民が入ったことは数えるほどしかなく、それもトップだった者に限って言えば一人しかいないらしいのだが。これは、そもそも家の教育環境の違いにあり、貴族は大抵入学前に魔法を含む様々な教育を受けてから入学するかららしい。

「へぇ、意外だな。レイは優等生だったのか」

「い、意外ってどういうことよ!」

 いやだって普段の言動を見ていると、な? と言うと流石に怒りそうなので、それは自重しておいた。

「え、つまり俺は一人で行けばいいのか?」

「そうだな。あとでちゃんと馬車は用意するから大丈夫だろう」

「いや、アルヴァ公……貴族でもない私が馬車で行くのはどうかと……」

 そんな会話をしていたら、時刻はいつの間にか八時を過ぎていた。

「じゃあ、私は先に行ってくるわ」

「じゃあ、あとでな」

「おう、いってらっしゃい」

 食堂を出ていったレイを尻目に、俺も席を立つ。

「では、私も引っ越しの準備がありますのでお先に失礼します」

 そういって、自室に戻った。


 そして時刻は十時。俺は諸々の荷物(といってもそれほどの量ではないが)を持って屋敷の門の前でアルヴァ公と対面していた。

「ありがとうございます、寮のほうは被害がなかったから予定通りの日に移れたというのに、結局今日まで住まわせて頂くことになってしまって……」

「いやいや、いいんだよ。むしろ、直前までウチにいるように止めたのはむしろ私の方だしな。いっそのこと、学園まで毎日レイとここから通ってもいいんだぞ?」

「いえ、それは流石に遠慮させて頂きます……。第一、それって馬車通学じゃないですか。貴族のご令嬢と平民が同じ馬車で通学しているのは問題があるでしょう?」

 そういうと、アルヴァ公の後ろに控えた執事がウンウンと頷いている。

「それもそうだがな……」

 アルヴァ公も一応は納得してくれたようで、それ以上引き留めようとはしてこなかった。

「だが、君は私たちにとって希望なのだよ。ある意味では私なんかとは比べ物にならないくらいのな」

 それを聞いて、俺は咄嗟に何も言葉が出てこなかった。

「魔王の封印は伝説などではなく、実在する脅威だ。実際に封印は我々が見ることのできる形で存在しているのだから。そう、私は見たことがあるのだよ。国から魔王に対する対策を任された私は、かの地にて魔王の封印を見た。一目見て確信できた。あれは危険だ、とね」

「……」

「私が出来ることは少ない。だが、あれをどうにかするために出来ることがあるというのであれば、私は命さえも厭わないつもりだ」

「……」

「故に、これだけは言っておきたい。君も近いうちにかの地を訪れることになるだろう。恐らくは学園長の導きでな。その時に、どうか屈しないで欲しい。あの絶望にも似た恐怖に。あの圧倒的な死のオーラに……」

「アルヴァ公……」

 そう悲痛な表情で語るアルヴァ公。その姿は一体、彼はその「かの地」で何を見たのか、何を経験したのか。そう問いたくなるほどだった。

「済まないな。晴れやかな入学式の直前だというのに」

「では、ルーク君。学園での生活、存分に楽しんでくれ」

「……ありがとうございます。では、行ってまいります」

 結局、俺は彼のあの言葉には何も返事をすることが出来なかった。



──Side ???


 学園の構造は大きく三つの区画に分けられる。

 一つ目は学園の中心にあるグラシェニレア魔法学園の中心たる《グィルアヴラ魔導尖塔》。グィルアヴラとは創立者グィル・グラシェニレアが英霊となった際に改名した名であり、彼の意思を引き継ぐものたちがここグラシェニレア魔法学園で世界の魔導の最先端を突き進んでいくことを象徴している。まさに、学園生や教授陣の誇りの具現化である。

 二つ目はその《グィルアヴラ魔導尖塔》を取り囲むようにある七つの塔。グラシェニレア魔法学園魔法研究所塔群だ。七つの塔の姿は《グィルアヴラ魔導尖塔》を支える龍に喩えられる。なぜなら、αアルファ主塔から始まり、βベータγガンマδデルタεイプシロンζゼータ、|η(エ-タ)と呼ばれるそれらの塔が螺旋を描くように建てるられているからだ。ここでは魔導の行く末を見と届けんとする研究者らが、日夜研究に明け暮れている。

 三つめはその更に周りを囲んでいる広大な敷地。学園校舎及び関連施設群。グラシェニレア魔法学園の学生の大半が日々利用しているのはこの区画だ。学園の校舎があるだけでなく、魔法実験のための設備などもここに置かれている。


「へー。彼が今回の《断罪者》か……」


 そう呟いたのは、学園の敷地内でも二番目に高い魔法研究所η主塔。この最上階に佇んでいる少女。主塔の最上階は本来立ち入り禁止であるが、彼女はそこにある窓の一つに肘をついて外の風景を眺めていた。

 少女の見ている風景は遠すぎて人が点でしか見えない。だが、そんな彼女が誰かを見つけたような台詞を吐いたことに対して、何かを言うものはいない。当たり前だ、ここには他の誰もいないのだから。


「《聖愚者》アルメスタ・シアチーマの子孫が祖先の罪を償いに来た……皮肉な話ね」


 この世界には、常に五人の賢者がいる。


──世界を断罪する者

──世界を救済する者

──世界を監視する者

──世界を先導する者

──世界を遡行する者


 何時の時代も彼らは世界を守護してきた。

 だが、この真実を知るものは極めて少ない。


「本当に、皮肉な話だわ……」

「お嬢様」


 そこに突如、掠れた男の声が響く。少女が振り返れば、先ほどまで誰もいなかったはずのその場所に突如現れたかのように、影の薄いタキシード姿の老人が立っていた。


「そろそろお時間です。ご準備を」

「……そうね。ここ数日、想定外の事態が続いているせいで忙しそうなおじ様にこれ以上負担をかけるわけにもいきませんね」


 そう返事をした少女とそれに付き従う老人の姿は、次の瞬間には跡形もなく消えていた。

 そう、まるで最初からいなかったかのように。

次回は8/6の21時投稿です。

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