《グラシェニレア魔法学園Ⅰ》 筆:六錠 黙
「本当に申し訳ない」
この小説は今回で最終回です。
……なんてことは無い。そもそも謝っているのは俺じゃないし。
そういって現在俺の前で深々と頭を下げているのは、長い白い髭が特徴のジジイだ。頭下げすぎて、髭が床につきそうだ。
彼の名前はミッグ・フラ・グラシェニレア。グラシェニレア魔法学園の一〇七代目学園長だという。学園の創立者である初代学園長、グィル・グラシェニレアは英雄譚がいくつも残っているほどの、史上稀に見る天才魔法使いだったという。その初代に匹敵するといわれる程の魔法使いだと言うのだからその実力は然るものといえよう。
あのあと俺たちは一旦召喚された部屋に戻った。後から聞いたのだが、どうやらあの部屋は大規模な実験や危険だと分かっている実験を行う時に申請すると使わせて貰える多目的実験室のようで、なにかあった時に学園の警備隊を呼べる魔導具が設置されていた。その魔導具で警備隊にスライムとゴーレムのことを知らせたあと、学園案内の予定を変更して学園長室にやってきたわけだ。
そして、どうやら既に事態を知っていた学園長に謝られた。ということである。
「あそこは使役魔法や召喚魔法……つまり魔操学が専門の教授の研究室なのだが、如何せん相手は魔物やゴーレムといったそれなりに自我を備えたものなのでな。ああいった事態がよく起こるんじゃよ」
「魔操学ですか」
俺が知っている洗脳魔術とか強化魔術あたりの亜種か? それとも全くの別物だろうか?
「この学園は教育機関であると同時に世界一の魔法研究機関でもあるからの、そういったマイナーな魔法の研究も精力的にされておる。まあ、今回はまだお客様だから謝ったが、お主は来週の入学式からこの学園の一回生だ。言っておくが、学生になったらこんなことは一年に数回は起こるぞ」
なにそれ怖い。先の事件は少なくとも今の俺だと全力で対処しなければいけないような出来事だった。それが年に数回も起こるような場所は、既に魔窟といえるのではないだろうか。
「学園長。誇張が過ぎます! 流石にアヴェルヒ教授の対打撃強化で強化されたミスリルゴーレムが暴れるレベルの事件は早々起こりませんよ」
今回の仮称:ゴーレム事件。事の発端は使役魔法を使い、アシッドスライムを操り強制的に酸を分泌させる時の魔力がどこに働きかけているかを観測する実験だったようだ。
その実験の途中にアシッドスライムが逃げ出し、同研究室にある強力なゴーレムの入った魔力を一切通さない特殊な容器を溶かして穴をあけてしまった。同時に、アシッドスライムに掛かりかけだった使役魔法がゴーレムに刻まれた起動用魔方陣と干渉して誤作動を起こしてゴーレムが起動。命令を一切受けていない状態で起動したゴーレムは研究室を飛び出して暴れだした。
そこに、俺たちは運悪く遭遇してしまったということだ。
「あそこの研究室は魔術的アプローチと呼ばれる珍しい手法を使っているんじゃが、確かあのゴーレムは使役魔法を発展させることで過去の文献にあるオートマタを作る研究の試作機だったはずじゃ」
自動人形か。
向こうの世界では何度か見かけたことがあった。例外はあったが、基本的にオートマタというのは、量産も難しい上に汎用性はあるが微妙に力不足。そしてとてもデリケートでメンテナンスが大変な為、一部の上流階層とそういう趣味の者だけが持っていたことを覚えている。
「そんなことより学園長、そろそろ入学についての話を──」
レイが逸れていっている話を元に戻そうと声を掛けたそのとき、
コンコン、と学園長室の扉がノックされた。
「オリスです」
「入りなさい」
学園長の声を聞いて、入ってきたのは──
「学園長。毎回毎回、いきなり呼び出すのは辞めていただけませんか。私にも予定というものがあるんですよ。ああ、ついでに先の書類を持ってきましたので、承認印をお願いします」
あの長髪、あの双眸、流石に剣は持っていないが間違いない。ゴーレム事件の時に見かけた男だ。
「あとでな。それよりも、今回呼び出したのはちょっとお前さんに頼みたいことがあってな。彼に学園とその周辺の案内をしてやって欲しい。前に話しただろう、封魔の子孫を召喚すると。彼がその子孫、名前は確か……ルートじゃよ」
「ルークです!」
レイが声を荒げて訂正する。俺は別にさっき即興で決まった名前がルートになろうが構わないのだが、彼女はどうやら自分がつけたルークという名前が気に入っているらしい。ペットか俺は。
「そうそう。そのルーなんちゃらに学園に入ったら最低限必要になる場所だけでも案内してやってほしいんじゃ。本来なら彼女が案内する予定だったのじゃが、ちょっと訳あってそれが出来なくなってな」
「……それくらいなら構いませんが」
「え……学園長、私が案内するんじゃないんですか?」
「ちょっとレイくんは私から伝える要件があるんでな。ちょっと長話になるから、それについてはあとで話すことにしよう」
「あ、はい」
学園長から案内役交代を知らされて、レイがどこか暗い感じになっているのはなぜだろう。
「では、早速行ってきてくれ。詳しいことはこれに書いてあるから、よろしく頼んだぞ」
そういって、一枚の紙と袋をオリスとかいう男──中性的というかなんというか女と言われても違和感がない容姿だが──に渡す。
「わかりました。では、失礼します。……ルーク」
ここでようやく俺に視線を向けて話しかけてきたオリスの表情にはどんな感情も現れておらず、俺には彼が何を考えているのか何も分からなかった。
「ふぅ。ようやく行ってくれたか。オリスの奴め。余計なことはするなとあれほど言っておいたというのに、何を考えているんじゃ……」
「学園長」
「おお、そうじゃったそうじゃった。レイ、君には改めて言っておく必要があるな。彼はこの世界にとって大変重要な人物だ。世界の運命は彼にかかっておる」
「それは私が誰よりも分かっております。私は帝国の担当である《導き手》として育ってきたのですから」
「そうだな。だが、それでも心配だった。そして今日彼を、ルークを見て儂は確信した。奴は危険じゃ。一歩間違えば魔王をも凌ぐ災害にもなりうる」
「……」
「儂はな、少し後悔しておるのだよ。彼を召喚してしまったことを。彼以外にも魔王に対する対処法がないわけではない。いざというときのための準備だって既にできている。だが我々は彼を呼ぶことを選んだ。この世界が救われる可能性がもっとも高い手段の道具として」
「……」
「だが今はそうは思わん。彼は飢えている。今は自身でも気がついていないだろうが、彼は戦いに……いや、恐慌に飢えた残虐な狼だ。儂にはそう見えた」
「……!」
「レイ。いや《導き手》レイ・R・アルヴァに命ず。ルークを監視し、逐次その情報を報告せよ」
「…………了解です、《俯瞰者》ミッグ・フラ・グラシェニレア」
次回は7/26の21時投稿です。