表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/23

7 出陣前から敗残兵へと成り下がりそうです

 ――春日珠樹、只今非常事態発生中。


「…………服が決まらない」

 うううっ! どうしよう。砂埃舞うサッカーの練習試合に気合の入った可愛い服は不釣合いだし、かといっていつも着ているような機能性重視の服は子供っぽく見えるから却下だし。

 A学園サッカー部の試合と聞けば、一部の人は「ああ、A学園の人格好いいもんね」というのだろうけれど、笑止ですよ! 鼻で笑い飛ばしてやりますよ。


 服が決まらない一番の原因は同行者です。これはきっぱり断言できる。

 その辺の男性モデルも裸足で逃げ出すような細マッチョワイルド系冒険者の隣に立つには、可憐系美少女か和風美人が良いと思いますが、どちらでもない私はどの方向を目指せばいいのでしょうか。

 ああ、同行者が気になりすぎてどれもこれもだめだぁ!


 ぺいっと水玉模様に可愛いレースがついたトップスを放り出し、ジーンズ生地のスカートに白のアンサンブルというベーシックな格好に落ち着く。

 結局のところ、いつも制服姿しか見せてないくせにいきなり女の子らしい格好をするというのも、いかにも「貴方を意識して可愛い服着ちゃった(はあと)」という魂胆が見え隠れするようで気が引けたからだ。決して似合わないからというわけではない……と信じたい。


 そうこうしているうちに朝ご飯食べてる暇が無いのですが!

 慌ててかばんを引っつかんで階段を駆け下りると、お母さんが呆れたようにため息交じりの非難の声を上げた。騒がしい娘ですまない。あなたの娘だから仕方ないよね!


「お母さんっ! 今、何時? 電車の時間調べておいてっ」

 手すりに掴まりながら最後の3段を飛び降りると

「ああ、今8時5分前だぜ」

 なーんか渋い美声が耳に飛び込んできた。

 あれっ!?


 玄関に目を向ければ、お母さんの後ろに……しなやかに均整の取れた体の格好良い男の子が立っている。

 あ、お母さん……何目をそむけているんですか。そういう私も天井を仰いでますけどね。

「ああ、近衛君の幻影が見える」

 思わず現実逃避に走ってしまった。


 目の前の少年と言うには少し大人びた少年が自分の頭を指差してニヤリと笑みを浮かべる。

「春日、髪の毛爆発してんぞ。ついでに朝飯もちゃんと食ってけ」

 お母さんのエプロン姿から朝ご飯が出来ていると想像したらしい。台所の方からカタカタと火にかかったままのお味噌汁の入った鍋の蓋が鳴ったのが決定打だった。


 見られた。見られた。見られたあああああああ。

 涙目になっていたら腹の虫も情けなさそうに「ぐう」と返事した。なんて正直なんだろう。

 そんな私を見て、近衛君も楽しそうに笑っている。

「も、もう。とりあえずそっちに行って。お母さんお茶出してー」

 髪の毛を押さえつつリビングを指差すと、我が母は『イケメンキタコレ』と言わんばかりの輝かしい顔で巨大な猫をかぶりつつ、「ほんとにゴメンナサイねぇ、粗忽者で」を繰り返しながら引っ込んでいった。


 瑞穂(我が友)よ、私の家を待ち合わせ場所にした意図がようやく分かりましたが、貴方の親友は無様な姿を晒し、出陣前から敗残兵へと成り下がりそうです。


「じゃあお邪魔します。ほら、春日も準備してこいよ」

 とほほ。頭を抑えた格好のまますごすごと洗面所に向かう私に、近衛君は笑いを抑えるようにして、

「待っててやるから」

 優しく言った。


 反則だよ。

 どこまでいい男なんだか。




 ようやく頭もちゃんとセットして朝ご飯も食べた頃には、すっかり約束の待ち合わせ時間などとうの昔に過ぎてしまっていた。それでも言葉どおり近衛君は文句一つ言わず、急かすような言葉も言わず待っててくれた。

 罪悪感に押しつぶされそうです。失言の次は失態。これはもう笑うしかないでしょ。笑えないけど。

「はー、なんで近衛君みたいにスマートに生きられないんだろ」

 道を二人で歩きながら、でもなんだか顔を合わせられなくって少し斜め後ろを歩く。予定していた電車は当然のごとく行ってしまって、試合開始に間に合わないこと請け合いだ。


 目の前の近衛君が止まる。

 おずおずと近づくとまた歩き出す。

「別にスマートでもなんでもないと思うけどな」

「でも私すっごく格好悪いとこ見せちゃって、すっごくへこむ」

 だんだん後ろに下がり気味になる。

 ああ、気分はバックバック。

「確かに格好悪いといやぁそうだけど、」

「なぬ?!」

 そこで言葉を区切って近衛君ががしっと私の腕を掴んだ。


 案外しっかりとしてる腕だなぁ。腕立て伏せ日課にしてるんだろうか……じゃなくて!

「ほら、いくぞ」

「わわわ、速いよー!」

「放ってたら後ろ向きに歩き出しそうだからな」

 そう言って、近衛君はクスッと笑う。

 それでようやく私は、彼が私にあわせてゆっくり歩いていてくれたことに気がついた。


 少し彼の歩調が緩められて、私の歩調に戻る。小走りになっていた私の足も、また再びいつものリズムで前に出る。

「でもさ、春日。自然体で普通で正直なとこがお前の特徴だろ」

 少し顔をあげると精悍な横顔がまぶしくて、不覚にも顔が赤くなってしまった。うーむ、やっぱり反則だ。


「正直すぎて考え無しに話しちゃうとこが悪いとこでもあるんだけどね。だからさ、この前はごめんね。なんかお姉さんとのこと勘ぐったようなこと言ってしまって」

 斜め30度ほど明後日の方向を向いた状態だったけれど、ようやく私は謝ることが出来たのだった。


 それに対する近衛君の返答といえば、

「忘れてた」

 である。一体私のやきもきしていた1ヶ月はなんだったんだと悲しくなるよ。話し掛けてももらえなかったしなぁ、と呟くけば

「春日から”近寄るな”って拒絶オーラがでてたからだよ」

 と返ってきた。


 それが本当であれ、嘘であれ、そうやってさらりと流すことが出来る彼は、私の目から見るとやっぱり大人の人に見えてしまうのだった。

 掴まれた手が大きくて、思わず安心してしまう。

 日に焼けた肌が、まだ夏を残しているようで少し熱い。

 謝ることが出来てよかった……。心からそのことにホッとした。


「少しくらい俺は春日を見習ってもいいか」

 その声は小さすぎて踏み切りの音にかき消され、私には届かない。まあ、もっとも緊張で小さな声など聞き取る余裕のなかった私は、チケットをカバンの中に入れたか確認するので精一杯だったのだけど。




 A学園の練習試合は、やっぱりすごかった。

 確かに整った容姿の人が多かったし、金持ち校だからかどこか気品もあったりして、女子に騒がれるのも分かるのだけれど、それよりもサッカーに向ける情熱というかエネルギーがすごかったように思える。きっとずっと練習して、毎日サッカーのことばかり考えて生きているのだろうなぁ。そして、きっとサッカーが好きなんだろうなぁと思うと、こっちまでワクワクと楽しくなってきた。


 あ、でもだからといってA学園の人を好きになったかというと、それはない。

 確かに一番人気というか教祖様というか、色気駄々漏れの魅上先輩という人は格好良いなとは思うけれど、それ以上に隣の人にそういう意識は持っていかれてしまっているので、よそ見する暇がないというか。

「あっ、点が入った」

「へぇ……なかなかやるな」


 面白そうに呟く彼の姿に嬉しくなる。楽しんでもらえてよかった……なーんて乙女ちっくなことほざいてる私は、馬鹿みたいに映るかもしれないけれど。

「来て良かった」

「そうだな」

 その言葉が聞けて、大変満足です。


 にへらと笑み崩れると、近衛君は出来の悪い犬を褒めるようにぽんぽんと頭を撫でてくれた。

 今日は失態も数多く演じてしまったけど、かねてからの懸案だったこともちゃんと謝ったし、サッカーの試合は面白かったし、近衛君の私服も見ることが出来た。


 だから来て良かったなと思うのだ。

 このままこの気持ちを抱えて眠りにつきたい位に幸せだったと思うのだ。

 だから試合が終わった後、近衛君が「じゃあな」と手を振って去って行った時も、寂しいだなんて思わないようにすることにしたのだ。


 今日はいい一日だったのだから。


 たとえこれからあの素敵なお姉さんのところにいくんだなぁと分かっても、

「環さんによろしく―。今日はありがとー」

 って、できるだけ楽しかったような声を出すのはそんなに困難じゃなかった。


 また普通に明日が来る。

 また普通に話が出来る。

 そんなことを考えながら、ぞろぞろとファン集団が岐路につく道を一緒にたどる。


 今度は一人で。


「よーし。今日はご飯一杯食べるぞー」

 恋する乙女は、やせ我慢していつもの半分しか朝ご飯を食べなかったものだから……そう言い訳してダッシュした。


 何故だか無性に走りたくて仕方なかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ