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21 似非図書委員の悩み 前編(side:近衛)

 義理の姉の留学が決定した。普段A学園の寮に入っている彼女が、何を考え、何になろうとしたのかは分からない。けれど、その決断力と行動力には恐れ入ったし、それを支えてやった魅上さんを少しだけ見直した。大事な人を手放すには勇気が必要だったろうにな。


 俺にとって義姉は強烈な光だった。ひどく惹かれて……憧れた。けれど、魅上さんのようにそっと両手で掴んで抱きしめてやるなんて出来ない。

 それは、俺の手は義姉のためにあるわけじゃないと思うから。

 そういう「好き」じゃなかったのだと思うから。


 空を見上げた。雲ひとつない青空がどこまでも広がっていた。

 この空も、向こうの世界の空も変わらない。太陽が1個か2個かの違いなど、地上で生きる自分たちにはさほど影響のないことだ。翻って地上に目を向ければ、建物から住人まで何もかも違うように見える。


 夏休みという長期休暇を利用して向こうの世界に渡った俺は、まずまずの戦果を上げた。

 今回はドラゴンの巣に忍び込んだ盗賊を退治するという依頼だったが、盗賊との戦闘中に親ドラゴンが帰ってきて大変だった。なんとか逃げたが、逃走中ちゃっかり盗賊に目印となる匂い玉をぶつけていた良一の機転は俺には出来そうもない。まあ、そんなこんなでギルドランクもそろそろBになろうとしている。


 依頼完遂のお礼にと、依頼主の小さな娘から貰ったポムポム(リンゴのような味のする黄色い果物)をかじりながら久々の家に戻ると、リビングで義姉が見覚えのある本を読みながらソファに転がっていた。

「将、おかえり。また日に焼けて黒くなったのね」

「ただいまー」

 冷蔵庫から残り少なくなったサイダーを取り出して、そのまま口を付けて飲めば、半分気の抜けたような甘さが口に広がる。


「春日さん、わざわざ本の返却に来てくれたよ。ちょうど入れ違いになってしまったわね。携帯で連絡取れたら良いのだけれど、池に落としちゃったからなぁ。……って、こらこら。笑ってる場合じゃなかろう!」

「いやー、そそっかしいなって思って」

 アースドラゴンのタマも、貰ったポムポムを上手くキャッチできなくて池ポチャさせてしまったからな。意外とシンクロ率が高い。


「お礼忘れずにね」

「ん。学校が始まったら言う」

 春日は昨年と変わらず春日のままだ。善良で少し間抜けな、普通の人生を歩んでいくのだろう。そう思って、それが日常で、何も変わらないはずのこの世界の日常で、そんな日々が続いていくなんてことを信じていた。


 少しばかり、こんな時期に返しに来たことに対する疑問も浮かんだけれど、

「この本面白いね。悪いかと思ったのだけど、読み始めたら止まらなくて」

 どうせまた図書館で会えるだろうと高をくくって、

「ちゃんと返せよ」

「了解。似非図書委員さん」

 借りた本も返せるだろうと勝手に思っていた。


「返却期限、守れよな」


 ――まさか、借りた本を返す機会がなくなるなんて、このときは全く想像できなかったのだ。




 学校が始まってから立ち寄った図書館で、春日が転校したことを知らされた。

 いつもの屋上で座ってフェンスにもたれかかり、返却しようと思って持ってきた本を取り出すと、風が吹いて本を揺らした。


 屋上から見える空はいつもと変わらないんだけどなあ。

 屋上から見える春日の教室には、もう面白い奴がいない。

 メールも電話も繋がらない。

 でも、寂しいとかそういう気持ちは湧かなかった。なんだかあんまりにもあっけなかったから、実感が湧かないのかもしれない。なんだかぽっかり穴が開いたように物足りないと感じるだけで。


 春日と一緒になったというもうひとりの図書委員は、誰かと交替するわけでもなくサボりつづけているらしい。だから、春日が抜けたことで人手不足なのだと図書委員長は言っていた。

 もう一人の図書委員がサボっている話を聞いて、良一の奴は

『手を出される心配がなくて安心じゃね? てかさ、お前硬派気取りすぎだろ。自分と話したら変な噂になるとかいって、ほとんど二人しかいないときにしか話さないとか、ふざけんなよって俺は言いたい』

 などと言いたい放題だったが、あのときはそれが一番良いことだと思っていたのだ。


 おっちょこちょいで危なっかしくて、言ってることも文法も滅茶苦茶になるときがあって、行動は行き当たりばったり。まあ、理性より本能で動くことが多そうだ。仲間内で重用しているアースドラゴンにタマという名前を付けたのも、人懐っこくて落ち着きがない春日珠樹という人物を想像してしまったからに他ならない。

 タマは食べ物をくれた人にホイホイ付いていくから、春日も同じじゃないかと心配になってしまう。


 でも、一緒にいると思わず笑ってしまう。自然と笑顔になってしまうんだ。

 春日の明るい笑顔につられるからか。

 隠し事も後ろ暗いこともなく、家族の幸せを十分知っている幸せを……まるで俺も一緒に、一緒に体験しているような気分になった。


『それで、お前が怖がってることってなんだよ』

 いつも斜めからひょいっと助けてやる……そんな役回りを意識して演じつづけてきただけに、主人公になるのが、そして相手を不幸にしてしまうかもしれないことが怖い。


『将は見た目によらず優しいからな。だからって、いつものポーカーフェイスで隠しつづけていたら相手には伝わらない。現に春日さんはお前が彼女のことをどう思っているかなんて全く知らないわけなんだろ? 俺が将のこと『名前で呼んでやれよ』っていったって冗談だと思ってたぐらいだし』

 軽そうに見えて、意外と人を見ている彼の言葉は的を得ていることが多い。

 ギルドの受付嬢を飯に誘っては断られている良一を、他の冒険者グループが「格好悪い」と野次っていたが、俺はそんな格好悪いことすらできねーんだ。

 これじゃ笑われても仕方ないなと、苦いため息が出た。

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