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19 郵便屋さんの心配をしている場合ではないが

「て、転校するの!?」

 夏休みも半分以上が過ぎた頃、私はリビングで両親から転勤の話を聞かされていた。

「急なことで申し訳ないんだが、9月から引っ越そうと思っている」

「あんたが受験生だったらお父さんには単身赴任してもらうんだけど、今の時期ならなるべく早いほうが良いかなって」


 最初その言葉を聞いた時、鈍器で思いっきり横殴りにされた気持ちだった。不意打ちにもほどがある。

 当然、行きたくない! って思ったのだけれど、その言葉が口元まででかかった状態で……何故か近衛君の、一番離れたくない人の、言葉を思い出してしまった。


「俺さ、父親の顔あまりおぼえてねーんだ。本当の父親のいい思い出なんてない。新しい父さんはいい人で、母さんもやっと幸せな顔してるなって思うぜ? でもなぁ……まだ壊れてない家族があるなら、絶対大切にしろよ。春日は」

 きっかけは何だったのか、もう記憶はおぼろげだけれど、やけに重い言葉が残っている。能天気な私の家族を、彼は羨ましいと言った。多くを語らない近衛君だから、その裏には多くの意味や感情が込められていたのだろう。


 感謝の気持ちと、後悔。

 だから、私はその言葉と、思い出を大切に胸にしまって、わがままを無理やり飲み込んで、

「……うん。分かった」

 そう返事した。


 夏休みももう少しで終わる。暮れゆく夕陽を見つめながら、もうやらなくても良くなった夏休みの宿題を解く。

 ジリジリと焦げ付くような夏も後わずか。

 ジリジリと焦げ付くような学校生活も後わずか。


 新しい学校はどんなところだろう。

 できれば蔵書が豊富な図書館があってくれればいい。そう願う。

 できれば、少し背の高い人が腰掛ける窓があればいい。そう願う。

 できれば……図書館に関わる仕事ができればいい。そう希望する。

 たとえ場所は変わっても、風景や空気は変わっても、本は変わることなくそこにいる。伝えたいことを伝えるために。たとえ、相手が誰であったとしても。

 

 そういえば、相良君を通して貸し出しされた近衛君の本。

 一緒に連れて行きたいけれど、返さないといけないよね?

 そう無理矢理理由をつけて、私は近衛君の家に行くことを決心した。


 月が出る。

 ねえ、Cランクレンジャーの近衛君よ。結局私に貴方の考えていることは全然分からなかったけれど、それでも私に与えた影響は大きかったって知ってたかな。




 ――数日後


 本日は快晴なりー。唐突にやってきた台風が去るまで待つことになってしまったけれど、私は早速行動に移しましたよ。環お姉さまの実家が大きい道場と整体をやっているという情報があったので、頑張って探し出しました。近衛君の家! そう、私の現在地は今、近衛君の家の前でございます。いや、正確には塀の前か。


 というのも、とにかくでかい。広い。入口が行方不明なんです。どっ、どこだー!

 ぐるっと囲っている塀には細やかな彫りが施されており、角地にあるためか門が3箇所もあった。そしてインターホンもそれぞれの門についており……ややこしい。表札が違えばまだ間違えることはないのだけれど、すべて『三輪』。ぐぬぬ、郵便屋さんは間違えずに投函できるのだろうか。どのポストに入れても同じところにつながっているのだろうか、などと要らぬ心配をしてしまう。


 うかつに突撃して、間違っていたらどうしようと思うと、インターホンを押そうとする人差し指が影分身をはじめた。おおお、残像が見える。

 あらぶる指よ、静まりたまえ! 間違ってたらゴメンナサイして、近衛君のおうちを聞きだすのよっ。

 右手を左手で押さえつけ、ガクガクしながらインターホンのボタンへ持っていく……そのときだった。

 がらりと大きな門の横に備え付けられた通用門から、厳ついガタイのお兄さんが出てきたのは。

 

 ヒイッ! と喉に張り付く声を飲み込むと、その後ろからぞろぞろと某世紀末覇者のようなご面相の方々が次々と湧き出してくる。

 不審者じゃありませんよ、私は。家の周りをうろうろしてみたり、インターホンを両手で押そうとしてみたりという怪しい行動はあるかもしれませんがただの一般人です。戦闘能力はありません。ましてや道場破りではありません。ただの図書委員です。ただの図書委員ですから! 大事なことなので2回言いましたので、どうか駆除しないでください。


「ごっ……ごめん……なさい」

 毅然と「ごめんください。ここは近衛君の自宅でしょうか」と聞く予定が、蚊の鳴くような声で謝罪してしまった。どうしよう、戦う前から負けています。膝が笑うってこういうことかと実感するほど震えている私を見て、厳ついお兄さんの一人が首をかしげた。


「大丈夫か? 道場へ入門……っぽくないなぁ、治療受けに来た人? お前ら誰かこの子知ってるか?」

「しらねー」

「環様の知り合いとか?」

「おお、環様」

 いえ、環お姉さまの知り合いだなんてそんなおこがましい存在ではないのです。と、脳内ではばっちり返事のシュミレーションが出来ている私も、現実では噛みまくりだ。

「ああああああ、あの、近衛君、近衛君に届け物が……」


「近衛? 誰? お前ら誰か知ってるか?」

「しらねー」

「将のことじゃね?」

「あー、将か」


 何とか近衛君の名前を出すと、筋肉集団は頷いてくれた。通じたことにホッとして、ガタガタ震えながらも相槌を打ったのだが……

「あいつ、家にいたか?」

「しばらく練習にも顔出してねーよな」

「合宿か何かで留守にするって聞いたけど、戻ってたっけ」

 どうも自宅にはいない可能性が濃厚になってきた。なけなしの勇気を出して遠路はるばる訪ねてきたというのに、そんなオチですか! と涙目になれば、ぎょっとしたお兄さんが「と、とりあえず確認してやるから泣くな」と慌てて戻っていってくれた。

 見かけによらず、親切である。


「あ、名前は?」

「拙者、春日珠樹と申す」

 思うんです。テンパっているときって、本当にとんでもない言葉が口から飛び出すよねって。

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