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18 アースドラゴンと彼女の類似点(side:相良)

 新校舎は旧校舎とほぼ並行に建てられているため、屋上から階下がよく見えた。

 将は時々サボって屋上で寝そべっては、旧校舎の方を眺めている。視線の先にあるのは2年生の教室だけど、将の教室じゃない。

 フェンスに寄りかかったまま目を閉じる。その姿は羨ましくなるほど楽しそうだった。


「なんて顔してんだか」

 自販機で購入したコーヒー牛乳を片手に話しかけてみれば、

「ん? 俺が自由に昼寝してる頃、他の奴らが馬鹿みたいに勉強してるのは気分がいいだろ」

 なんて不真面目なこと言っていたけれど、そんな理由だったらあんな顔しないと思う。

「将は性格がねじくれてるからなー。天邪鬼野郎め」

 悪態をついてみれば、彼はさも可笑しそうに静かに笑った。

「そりゃあ否定できないな」

「否定しろよ」


 ――不思議だった。

 余裕を含ませて微笑むその仕草。大雑把に見えて、細やかな気配りをする奴だった。自分がなりたいと願っていた自分に近いものを持っていた。勉強も運動もできて、背丈もあって、ユーモアもあって、そして底抜けに優しい。


 俺と将を含めた5人は昨年、図書館で「ある大きな事件」に巻き込まれた。まあ、それは今も現在進行形なのだが。事件といっても警察が絡むものではなく、なんともファンタジックな事件……いわゆる異世界ショートトリップを繰り返すという、当事者以外誰にも打ち明けることの出来ない怪事件である。

 そんな異常事態にも将は飄々としていて、最初はこいつが黒幕なんじゃないかと本気で疑った。結局杞憂に終わったが、モンスターなんか現れちゃったりしているのに、冷静に罠で足止めして仕留めるなんて常人じゃありえないだろ、普通。


 そんな奴がフェンスにもたれかかって文庫本を読む姿を見てると、こいつが恋愛なんてするのかと真剣に思ってしまう。執着という文字がこれほど似合わない人間も珍しいと思うのだ。

「アウトドア派なのか、インドア派なのか……」

「どっちも悪くない。が、読書は趣味の一つだな」

 趣味なのか。「好き」なことについて素直に口に出すのは珍しいなと驚けば、食えない天邪鬼はクククと笑った。

 こいつのことだから本当のことなんだろうな。

 だから次の言葉は半分からかうために、ただ偶然に口から出た言葉だった。


「お前さ、世界中で一番似合わない図書委員になれるぜ」

 ただの偶然だったのに。

 一瞬時間が止まった。余裕で流していた将の時間が止まった。


「あ、ああ。まあな」

 ややあって返ってきた返事は、ひどく不自然で……曖昧なものだった。




 次の日、将が真面目に図書委員をやっていたことを女子の噂で聞かされる。

「それがびっくり、女子とペアだったのよ。春日さんて子」

「そうそう。サボっちゃうのかなって思っていたんだけど、結構真面目にやってて、おかげで本を借りる人も増えたって話」

 本の案内が面白くて、ついついオススメの本ばっかり選んで借りちゃうんだよね。

 そう話した女子は図書館便りに紹介されていたお勧めの一冊を読んだと言っていた。

「ふぅーん。春日さんってどんな子? 可愛い?」

「えー、ふつーだよ。ふつー」


 直接将にも聞いてみたら、余裕にも奴はあっさりと肯定して見せた。

「一応真面目に仕事したぞ」

「いや、お前絶対サボってると思ったし」

「だったら地下書庫の鍵なんて貰ってないだろ」

「あー、そうか。うーん、でもなぁ、将は女子と二人で委員とかやるイメージがなくて。苦手そうっていうか、向こうから怖がられそうっていうか」

 普通の女ならなおさら萎縮してしまわないだろうか?


「春日は変わっているからなぁ。怖がりつつも近寄ってくるところが小動物っぽくて面白い」

 そんな疑問に将は苦笑しながらそう答える。

 どこか根無し草のような……ある種怖いくらいの潔さを持つこいつが頬を緩める光景に、俺は口元が引きつるのを押さえ切れなかった。


「それ、アースドラゴンを手なずけるときも同じこと言ってなかったか?」

 アースドラゴンは飛行こそ出来ないが、岩のようにがっしりとした硬い殻に覆われた恐竜のような生き物だ。重量感がある見た目とは裏腹に、意外と身のこなしが軽い。どこかの部族がアースドラゴンを移動用の手段として使っていると聞いた将は、群れからはぐれた1匹を餌付けしたことがある。

「確かにタマに似ているかな」


 恐ろしいご面相を持つアースドラゴンになんて名前付けてんだよ。と最初は思ったが、懐くとこれがなかなかに可愛くて働き者なので、今ではすっかり俺たちのパーティに馴染んでいる。警戒心バリバリの猫みたいに睨み付けてきた初期の頃すら可愛く思えてくるのが不思議だ。

 食事と将に撫でられるのが大好物。喜怒哀楽がはっきりしているので見ていて飽きない。 


「その子には聞かせられないな」

 でもまあ厳ついドラゴンに例えられて喜ぶ女子はいないだろ。それ以前に、異世界トリップしていますなんて非現実的な話、そもそも信じてもらえるはずがない。

「あー、タマに会ったら意気投合するかも」

「えっ!? 本当に春日さんって子、普通なのか?」


 ムツゴ○ウさんか! とのけぞれば、「フツー、フツー」とあいつは笑った。

「優しい家族に恵まれて、気の合う友達がいて、笑って、怒って……抜き打ちテストにビビッて、本を読んで泣いて。そんな些細なことでめまぐるしく表情を変える奴だ」

 いちいち人の言うことに耳を傾け、真剣に聞く態度。

 感心してみせる間抜け面。

 相手を信頼しきった笑顔。


 ……そして、まっすぐな好意。


「好きなのか?」

 視線を本に戻した将に小声で投げかけてみる。

 けれど、食えない悪友は聞こえなかった振りをして、本の裏表紙を開いた。

「そういやこの本、春日に返せずじまいだったなぁ」


 本を返してしまえば接点が消えてしまう。かといって、明確な目的もなしに新しい接点を自分から積極的に作り出すほど、彼は勤勉な人間ではない。多分、彼が彼女に抱く気持ちはぼんやりしたものなのだろう。

 けれど、その呟きは『捨てて良いもの』なのか『捨ててはいけないもの』なのかの判断を付けかねているように聞こえた。執着心の薄い近衛将という人間にしてはとても珍しい現象で、なんとなく俺は藪を突いてみたくなった。




 図書館で会った春日さんは、昨年、将の隣の席にいた女子だった。何度かクラスに顔を出したのでかろうじて覚えている。かろうじて……というのは彼女の友達が可愛かったので、主にそっちを見ていたからなのだが。

 だから言葉を交わしたのは初めてになる。


 カウンターに座る彼女は大人しそうに見えたので、どう声をかけるか最初は悩んだ。正直言って、かなり脱色した髪とアクセサリーのせいで、大人しい女子には怖がられるのだ。向こうの世界ではあまり珍しくない色合いなので、埋没するのに重宝しているのだが。


 とりあえず口実に本を持っていく。さて、どうかな? と観察してみれば、彼女は臆することもなく普通に手続きしている。うーん、見た目は……

「ふっつーの女だよな、これのどこが良いんだか」

 あ、やばい。思っていることが口に出た。

 ちらりと彼女を表情を伺えば、盛大に顔面がこわばっている。ソーデスヨネ。


 そこから先は本当にめまぐるしく変わる表情のオンパレードだった。まさに将の言葉そのまま。

 特段印象に残る言葉をやり取りしているわけでもないのだが、素直に感情を表す彼女との時間は心地良かった。こう、つい意地悪してしまいそうになるというか。いじりがいがあるというか。

 ああ! タマだ! 擬人化タマがここにいる!

 気づいたら笑いが止まらなくなった。


 ああ、将が肩入れしたくなるのも分かる気がする。

 そういえば昨年早々にあいつの近くに女子が群がらないよう手伝わされたのだが、こういう事情があったのかと納得した。てっきり『俺に近寄るな』ということだと思っていたのだが、『彼女に近寄るな』のほうが近かったのかもしれない。それは独占欲というよりも、『野生の小動物です。禿げるのでストレスを与えないでください』が正解のような気がする。殺伐とした冒険者生活におけるアニマルセラピーみたいなものか。


「ああ。いいんじゃない」

 あのポーカーフェイスで何考えているのか分からない将のお気に入り。

 思わず笑みがこぼれた。

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