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16 ちぐはぐな人達

 このまま時間が止まってくれたらいいのに。

 このまま雪が凍り付いて、閉じ込めてしまってほしいのに。

 降り積もった雪はいつかは溶ける。春は必ずきてしまうのだ。




「私も近衛君と図書委員やれて楽しかったよ」

 ――最後の図書館当番の日、私はそう言うつもりだったのに。

 春が来て暖かくなった図書館には、なぜか大量の貸し出し希望者が殺到して、それどころの話ではなくなってしまったのだ。そんなラッシュに半狂乱で対応しているうちに、気がついたら


 ……家にいた。


 なんてタイミングの悪いことなんだろう、というか季節を待たなきゃ言い出せない私も馬鹿だと思う。自己嫌悪に陥りつつも思い浮かぶのは、過ぎた時間は戻らないってことだった。

 でもまあなんとかなるさ、などと気軽に考えてしまう辺り私もおめでたい人間なのかもしれないけれど。

「だから珠樹はぽやーんとしてんのよ。そんだけ好きなら、さっさと告白しちゃえばいいじゃん」

 それを知った友人は私以上に悔しがって残念がっていたのだが、しかしだね、釣り合ってるのかと考えるたび、私の心にブレーキがかかってしまうのだ。


「馬鹿馬鹿しい。釣り合うも何も、あんたにも近衛君に負けないくらい魅力があるんだから」

 心強い友人は優しいので励ましてくれる。でも、

「だって、見てて可笑しいし!」

 ねえ、それって誉め言葉?


 そんな漫才のような生殺しのような春休みも明けて新しいクラスが発表された。

 けれど、近衛君の名前が書かれたクラスに、私の名前は載っていなかった。

 穴が開くほど見つめてみたが、印字された名前が動くわけでもなく。なんでこんなに離れるんだかってほど、離された。


 新しい風景はひどく頼りないものだった。強烈な存在がいないとはこういうことなのかと、少し拍子抜けしてしまったのは仕方のないことだと思っている。

 私は新しいクラスでも図書委員に立候補して、希望の職務を手に入れた。もう一人の図書委員は昔の私と同じく閑職希望だったとみえて、全く姿をあらわさない。


 別にそれほど忙しいわけでもないので、気にすることなく存分に図書館に入り浸っているのだが、こうして考えると、近衛君は(どこかで仕事もせずに本を読んでいたけど)いつも……いつも、図書委員に付き合ってくれていたんだと……しみじみと思う。


 机に頬を引っ付けてみる。


 カウンターから見える窓。

 ――近衛君が夏場によく腰を掛けて立ち読みしていた。


 見上げれば見える半2階のテラス。

 ――本を尻に敷いて座ってた。


 長い長い本棚。

 ――このどこかで昼寝しているかもしれない。


 でも、彼はいない。

 春が来てどこかに行ってしまったように、ふつりとその姿を見ることはなくなった。噂によれば、授業もそこそこに金髪の男やラテン系の派手なお友達(?)と屋上でたむろしているとか……。

 そういえば金髪の人って、放課後によく教室まで近衛君を迎えに来ていたよね。「サボり魔」だなんて近衛君のことを評していたけれど、帰宅部の彼がサボるも何もあったものじゃない気がする。はっ! もしかして不良チームとか?


 放課後の裏の顔を思い浮かべようとしてみる……けれど、近衛君の家族に対する接し方を思い出すと、

どうにもしっくりこない。確かに真面目ではないのだけれど、そういう擦れ方はしていないような気がするのだ。

 つくづく良く分からない人だと思う。


 大人びた雰囲気なのに、時折見せる笑顔が子供のようで。人を寄せ付けない一匹狼のようなオーラを纏いながら、なんだかんだと頼りにされる兄貴体質で。日に焼けている上しっかり筋肉がついているのに、帰宅部で。そっけない文房具を机の上に出したと思えば、精巧なつくりの懐中時計やブレスレットを身に着けていたりする。

 ちぐはぐだらけなのだけれど、彼はそういうものだと思っていたから何も聞けなかった。

 メールアドレスをもらったけれど、気軽にメールできないのと同じように、どこか越えてはいけない一線を感じさせる人だったように思う。


 ぼんやりしていると、ふと目の前に影が落ちた。

「貸し出しお願いしまーす」

「あっ、はい! 本をお預かりします」

 考え事にふけっていて、お客さんが来ていることに気づかなかったらしい。慌てて見上げると、そこには先ほど思い浮かべた金髪の男子が立っていた。


 短く刈り上げた金髪に、青い石の嵌ったピアス、背の高さは近衛君と同じくらいだけれど、ひょろりとした印象を受ける。でも器用そうだなと思うのは、指がとても綺麗だからで……。っと、いけないいけない、お仕事しないと。

 目の前に積まれたのは、どれもこれも重量感のある図鑑のようだった。本に損傷がないか確認し、裏表紙に貼られたバーコードを1冊ずつ読み取っていく。ちらちらと目に入る細くて整った指にはツタ模様と赤い石のついた指輪が嵌っていた。ジャラジャラしていてチャラいと思ったのは内緒である。


「5冊ですね。貸し出しカードか生徒手帳の提示をお願いします」

「はいよ」

 ポケットから無造作に出された貸し出しカードには『相良 良一』と書かれていた。そんなに『良』を強調しなくても……と心の中で突っ込んだが、親御さん的には今の彼を見てどう思うのだろう。チャラいけれど頭の中まで軽そうなわけじゃないと思えるのは、威圧オーラを放っていた旧隣人のおかげだろうか。


 そんなことを考えつつ、パソコンに名前とクラスを入力し、背表紙に取り付けられたポケットに入っているカードに貸し出し期限のハンコを押していく。その間、なぜか頭上から強烈な視線を浴びているような気がしたのだけれど、まともに目を合わせてはいけないような気がして作業にいそしんだ。それはもうロボットのごとく! 私は自動販売機だと何度も暗示をかけながら。


 こういう目立ってしまう人と係わり合いになると、ろくな目にあうはずがないと思う。

 近衛君とはじめて出会ったときもそう思って、でも怖いもの見たさで近づいてみたら、自分でも信じられないくらい惹き付けられてしまって、後戻りすらできなくなってしまった。良くも悪くも平凡な自分には荷が重い。


「カードありがとうございます。本の返却期限は2週間後になります。図書館の窓口か、返却ボックスに持ってきてください。ボックスは図書館入り口の右側に設置されています」

 綺麗に本を整えてから差し出すと、相良君はじーっと珍獣でも見つめているような顔をした。

 えっ、何か間違っています?

 もう一度本をみる。貸し出し禁止のシールは貼っていないし、処理し忘れた本もない。


「あの? なにか粗相でもありました……か?」

 ロボット対応……もとい自動販売機のような対応が気に障ったのだろうか。いやいや、でもほぼ初対面なんだしこんなものだろう。なぜこれほど凝視されなければならないのか分からず、ついあたふたと周りを見渡してしまう。誰か! 誰か、指摘して!


 心の叫びは誰にも届かない。はっ! もしや瑞穂にお近づきになりたい男の一人か。だがしかし、長年彼女の親友をやってきた私を舐めてもらっては困る。そうホイホイと男子を瑞穂の前に出すような真似はしないのですよ。友は売りません! ……ちょっと怖いけど。

「あ、あのっ」


「君、春日さんだよね? 去年将の隣の席だった」

「ふおっ?」

 どうやら凝視していたのは私の顔ではなく、名札だったらしい。

「違う?」

「違わないです」

 へらっと首を傾げる相良君は、その後さらりと爆弾発言を落としていった。


「ふっつーの女だよな、これのどこが良いんだか」

 え? 喧嘩売ってますか?

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