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14/23

14 50円分の幸運

 ジングルベルのメロディが流れる。

 昼食時を過ぎたせいか、商店街の通りに人が増えだした。普段はあまり混まないような宝飾品店に入っていくカップル、映画館へ流れていく家族連れ、片手にクレープを持って笑いあう女友達同士。その誰もが一度はちらりと噴水の近くにいる4人に目を向ける。


 春日と別れた近衛兄妹は、魅上達と合流した。回転寿司を食べたと聞いた二人は、似たもの同士だなぁと苦笑を禁じえない。そういう自分たちはジンギスカンだったと白状すれば、二人も「ああ……」と同じ目をした。魅上に至っては「焼肉……?」と呟くが、心の中では(神聖な日に何血なまぐさいもの食ってんだ)と突っ込んでいるに違いない。

 寿司もいい勝負だ。


 環と魅上は道で出会ったときとは段違いにすっきりした顔になっていた。最近疎遠になっていたようだが、二人で話せたおかげですれ違いが解消されたのかもしれない。将はそう検討をつけると、小さく息を吐き出した。

 姉がしょんぼりしている姿は見たくない。たとえ相手があの頼りない魅上であっても、本人が良いというのであればなんともしようがないのだ。


「じゃあね。また正月には家に帰るね」

「うん」

 どことなく上の空の彼女に正美も首をかしげながら返事をしている。

 その様子がさっきまで会っていた春日によく似ていたので、将は思わず吹き出しそうになる。


「姉さんをよろしく」

 笑いを噛み殺したせいで悪人面になってしまった将に、魅上は盛大に顔を引きつらせた。

 そう遠くない未来に、近衛兄妹の大好きな姉を奪っていくのだからこのくらいは許してもらおうと、彼は考える。姉に対しては「良かったな」と素直に言える気がするのに、魅上に対していじわるしてしまうのは単なる身びいきなのかもしれない。


 そんな将の意図を感じてか、魅上は苦いものを噛んだような顔をして「ああ」と頷く。

「みかみんバイバイ」

 そんな彼に追い討ちをかけたのは正美だった。

 手を振り返しながらも力が抜けたようにがっくりしている姿を見て、将はなんとなくあの姉が放っておけない理由が分かるような気がした。

 見かけによらず面白い人なのかもしれない。


 そんなクリスマスの日。

 神様がいるかなんてわからない。世界が違えば、いや、国や地域が違えば、讃える神も異なるわけだが、それにかこつけたイベントに付随して己の世界が新しくなることがある。

 環と魅上の世界もしかり、将の世界もしかり。


 ――珠樹たまき。大丈夫だから


 落ち着かせるためとはいえ、彼が呼んだ名前は姉のたまきではなく、クラスメイトの春日の名前だった。

 まだ抱きとめた感触が残っているような気がして、将はそっと手を握ってみる。

「不思議な感じだ」

「将なにやってんの?」

 代わりに姉の環をそっと抱きしめてみるが、あの時浮かんだ気持ちとは何かが違う気がした。

「母さんからセーターの寸法測ってこいって言われたんだよ」


 ああ、違うな。

 ただそれだけは分かった。

 ――今の将には、それしか分からなかった。



*****



 年賀状を書いて、正月が来て、お参りをして……あっという間に冬休みは過ぎていった。賑やかだった年末に比べると、正月って本当に静かだよね。車もあまり走っていないし、テレビも特番ばかりで見たいアニメはお休みだし。

 私は学校に行くのが待ち遠しかった。

 借りた本はもう何十回読んだか分からない。


 読んだよ。

 読んだよ?

 読んだよっ!

 直接そう言いたくて、言いたくてウズウズしている私がいる。感想は他の人には話していない。

 だって、言葉に出してしまうと鮮度が落ちてしまうような気がするから。

 だから、早く近衛君に会いたいなーなんて。


 いつもなら渋々行く初詣も、今年は気合満タンで願ってきちゃいましたよ。

 いえ、神様に「両思いになれますように」とか「勉強が出来るようになりますように」なんてことは願ってませんよ? そんなのは自分の努力次第だからね。

 だから私はこう願ったのだ。

「今年も幸運でありますように」


 運は自分じゃどうしようもない。近衛君に出会えただけで昨年の私はご近所一のラッキーガールだったと思う。そんなわけでお賽銭をいつもの5円からちょっとだけ奮発して50円にしてみた。

 50円だけラッキーなくらいでいい。そんなに助けてもらったら悪いから。


 年賀状はやっぱり両親の方が数が多かった。

 私の手元に来たのは、瑞穂をはじめとした友達から来たたったの5枚だけ。当たり前だけど、近衛君からは来ていない。というか、そもそも住所を聞いていなかった。

 だけど、実は一番に「あけましておめでとう」って伝えたのは近衛君……だ。


 年末年始はあけおめメールで混みあうから、新年ジャストに送ったって届かないよーといわれてたので、新年に切り替わる10分前に送ってみる。23時50分に「あけましておめでとう!」ってシュールだな、とは自分でも了解済みなので突っ込まないで欲しい。

 ひどいフライングだったにもかかわらず、0時ジャストに近衛君からの返事は来てくれた。


「おめでと」

 タイトルは4文字。

「今年もよろしく」

 本文は7文字。


 それでも、一番初めに貰った「テスト」メールに比べたら随分文字数は増えた。

 あの頃より、もう少し話をすることが出来るようになった。

 まだ電話は緊張してかけられないけれど、「あの」近衛君にメールしたってだけでちょっとだけ幸せ。いや、すっごく幸せだーっ!


 きゃーって飛び跳ねたら、

「新年早々うるさい娘だねぇ」

 母親に怒られた。

「えへへー、新年おめでとー!」

 それに満面の笑顔で返している私を見て、皆あきれ返っていたに違いない。


 今年も良い年になりそうだよ! やったあーーー。

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