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12 ×ジングルベル ○ジンギスカン

「将。もしかしてこの人が、さっきの……本読むのが遅い人?」

 ぐいぐい体重をかけてくる近衛君を払いのけることが出来ずに、動けずにいると可愛らしい女の子が目の前に立っていた。

 健康的に日に焼けた肌に、くるっと愛らしい瞳。スポーツでもやっているのか、きびきび動く仕草がとても似合っている。将来美人さんになりそうです。さすが近衛君の妹(仮定)! その遺伝子が羨ましいです。


 って、私の認識は『本読むのが遅い人』なんですね。そんなカテゴリ初めて聞いたわ。

「あーそうそう、クラスメートな」

 近衛君も適当な返事をしないでいただきたい。

「はじめまして。同じ図書委員をやってる春日です」

 にへらっと笑うと、

「はじめまして。このクラゲみたいな兄貴の妹やってる近衛正美です」

 彼女は礼儀正しくお辞儀した。ふおお、しっかりしているなぁ。私だったら年上の他人というだけで緊張しちゃって、なかなかちゃんと挨拶できないよ。


 すごいねー、えらいねー! なんて言ったら上から目線かなぁと思いつつも、まだ自重する年齢じゃないかと思い直してべた褒めする。最初は照れて「そ、そんなんじゃないからっ」と首を横に振っていた正美ちゃんも、途中からまんざらでもなさそうだった。可愛い。

 で、そんな可愛い妹とふてぶてしい弟を引率していた環お姉さまは、フェロモン魔神……げふんげふん、魅上先輩とご飯を食べに行ったらしい。クリスマスだから3人でご飯食べてきなさいとお金を渡された近衛兄妹は、『3人で食べに行った』というアリバイ工作のために私に声をかけてきた、というのがことのあらましである。


「じゃあ、昼飯あそこな。春日、いいか?」

「えっ? ああ、うん。何でも食べるよ!」

 いや、別におごってもらえるなら昼ご飯でも晩御飯でもついていきますが、なんか釈然としないんだよねぇ。もちろん私は嬉しいよ? 憧れの近衛君と、同じく目の保養の正美ちゃんに囲まれてクリスマスランチだもん。


 でも、近衛君はそれでいいのだろうか。だって、君。環お姉さまが好きなのに……噂の耐えない魅上先輩と二人きりにさせるなんて辛くないのだろうか。私が近衛君の立場なら「お前には渡さぬ!」くらい言いかねないよ。

 それとも環お姉さまが嬉しい方が、幸せなのかな?

 私なら言えるだろうか?

 ……言えない気がする。


 レンガ造りの建物に入ると、ぶわっと視界が曇ったような錯覚に陥った。チキン教信者がはびこるクリスマスの昼、同じ肉でも羊肉を選ぶ人は少ないらしい。っていうか、デートでおめかししてきた女の子を焼肉屋に連れてくる男子がいたらチョップしても良いよ。


「すいませーん、3人で」

「将! なんでジンギスカンチョイス!?」

 正美ちゃん、気づくの遅いって。

「空いてるから」

 とても簡潔なお答えをありがとうございます。そしてその言葉のとおり、私たちはあっという間に席へ案内され、あっという間に盛り付けられた肉の前に座っていたのだった。


「ジンギスカン用の鉄板って面白い形してるねー」

 なんか真ん中の部分が盛り上がって帽子のような形だと笑ったら、物知りの近衛君は肉汁を落として端で野菜を煮込むんだと教えてくれた。あと、本当かどうかは分からないけれど、昔、戦場で兜を使って羊肉を焼いたらしい。


 ……羊臭の染み付いた香ばしい兜は再利用したんでしょうか。


「鉄板が熱くなったら焼いてくれ」

「はーい」

「いや、二人ともなんでそんなに素なの? 春日さんもちょっとは将を働かせようよ」

 元気よく返事した私に少し慌てた正美ちゃんの反応にも、近衛君はどこ吹く風だ。

 そうですよ、正美ちゃん。家では甲斐甲斐しく働く貴方のお兄さんは、外ではか弱い一市民を顎でこき使う外弁慶なのですよ。嘘だけど。


「ま、いーじゃねぇか。ホラ、肉も焼けてるし。春日もどんどん焼いてるし」

「いやー、焼肉。久しぶりだし、おごってもらうならささやかな労働力の提供くらいさせてもらいますよ。今日は私、焼肉を焼く魔神になるからどうぞどうぞ」


 クリスマスの昼。

 私はジンギスカンを焼いていた。

「♪ジン、ジン、ジンギス○~ン チャ~ララ~チャ~ララ♪」

 そりゃもう鼻歌交じりに焼いていた。うん、肉の匂いがついても平気な格好でよかったなぁ。


「春日さんって、ほんっと変わってるね。いい人だけど」

「ま、見ててあきねーだろ?」

 にやりと笑った彼は、メニューを広げていくつか追加注文を入れた。





 あらかた肉を食べ終わった正美ちゃんと私がデザートを食べてる間、近衛君は本を読んでいた。文庫よりは大きいけれど、大きな近衛君の手にはすっぽり収まってしまう程度には薄い本だ。さっき買ったばかりだからか、ピカピカに見える。しかしインクの匂いはもうしなかった。いや、分からなかったというほうが正解か。


 いつもの静かな図書館とは違って、ここはあたり一面羊肉の匂いが充満している。肉を焼いたときに出る油分たっぷりの煙に燻された柱がまた微妙にいい味出していて、壁にはモンゴルだかアラブだか良く分からない羊のじゅうたんがどーんとかけられていた。

 そして店内には異国情緒あふれる音楽が……かかってはいない。まあ、肉汁がじゅうじゅう音を立てては流れ落ちていくので、食べている間は無音ということに気づかないのだけれど。でも、はっと気づけば、ここだけ切り取られたかのようにすごく静かだった。


 そんな環境の中、近衛君は本に集中できるとばかりにページをめくっている。正美ちゃんが突っ込まないということは見慣れた風景なのかもしれない。

 私の頭の後ろにはモンゴルの民族衣装が飾ってあって、近衛君の頭の上には馬頭琴やターバン、ブーツなんかも飾られている。イメージで衣装の幻影を近衛君の上にスライドさせてみた。


 ……似合いそうだな。

 日に焼けた精悍な顔にターバンなんて巻いたら、それこそ絵になるだろう。この人は世界中どの国に行ってもモテモテだろうなーなんて、考えて、自分が好きな人の価値を思い知って、ちょっとだけ……へこんだ。


 でも、柚シャーベットを口に運びながら、ちらちらと向かいに居るその姿を盗み見るのを止めることは出来ない。気になるものは仕方ない!


 不意に目があう。


 思わずシャーベットを飲み込んでしまって、ついでに上に乗っかっていたハーブも食べてしまって「苦い!」って顔したら、また笑われた。


「ゆっくり食え」

 誰も取ったりしないから、と続けた近衛君に、慌てて「違うよ!」と否定しておく。そんなにがっついてませんってば。

「シャーベットだから溶けてきちゃって。ほら、熱源近いし」

 鉄板を指差しつつも、顔が熱くなっている自覚があるので……ここは自分を指差しておくべきだったかと、どうでもいいことが頭をよぎった。


「あー美味しかった。ごちそうさまでしたー」

 そんな私の横で正美ちゃんがちょこんと手を合わせてご馳走様をしている。おおう、行儀良いな。

 私も彼女にならってご馳走様をしておいた。

 すごくおいしかったので、心もお腹も満腹である。余は幸せであるぞ。

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