表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イセアルーン戦記(仮)  作者: 白たむ
9/12

反撃

凱旋。

ティーガ街道の戦いにおいて、エクアラン軍を撃ち破ったという報せは瞬く間に国中を駆け巡った。

即位したばかりの女王が指揮を執った、というのも驚きのひとつであっただろう。

帰還の日、王都の主要通路は人で溢れ、女王を称える歓声が響き渡っていた。


しかしまだ戦いは終わっていない。

帰還したその日の内に、セアは諸侯に軍議の召集をかけた。

議題は、継戦するか否か?


ほんの十日ばかり前のことであるが、随分と昔のことのように感じられた。

その時とは多少内容が変わり、減った顔もあれば増えた顔もある。

消したのは、マルティーニを始めとする一部の高位貴族。

増えたのは、騎士隊長格の面々と今回編成された民兵の指揮官として抜擢された騎士が数名参加している。


あの夜、ベルティーニと共に出撃して命からがら逃げてきた高位貴族は命令無視の軍令違反として、今は蟄居を命じられている。

散々文句を言っていたが、本来であればその場で斬り捨てられてもおかしくない罪状だ、とテュレンスに脅しをかけられた為最終的には押し黙った。

生き延びた傘下の騎士達は、一時的に女王直属の部隊として編成されることとなった。

帰還を為しえなかった五名の高位貴族に関しては、軍令違反を理由に後継をとらせず家そのものを取り潰すつもりであるが、今はまだそのときではない、とセアは思っている。

ちなみに蟄居している二名も同様の措置を行う予定であった。


貴族達の意見は真っ二つに割れた。

主戦派の急先鋒はアンドレア子爵であった。

奇襲の後詰として一隊を任せられた、という自負なのか、若さからくる気負いなのかは分からないがその目には功名の色がある。

穏健派の筆頭はリーブズ候、第一王子の乱で大きく被害を受けたリーブズラントを領地とする高位貴族が立っている。

それに続き、アルローニュ伯、アンカイア伯等総じて見れば「第一王子の乱で被害を大きく受けた貴族」が並んだ。


逆に、王都真南のベルグラント近辺に領地を持つアンドレア子爵を始め、更に南の国境地帯を治めるレアン伯等王都から遠い貴族の元気が良い。

王都近郊の主要都市であるイスタンラントとベルグラント。

イスタン侯はどちらかといえば穏健派であるが、ベルグ候は主戦派・・・と。

比較的若い貴族達が主戦派であり、年老いた貴族が穏健派に多いようでもある。


現在のところ左右の将軍を始め、女王直下に位置する面々は中立を保っている。

面白いのは初の試みであった民兵団の指揮官が全員主戦派に立っていることであろうか。

騎士や貴族だけでなく、民が国防に参加し貢献した、ということに士気が沸き立っているらしい。

当初の約束通りに俸給を支払った点も一役買っているだろう。


一番力を持つはずのフォード候は、セアに議長を押し付けられたためになし崩し的に中立となっている。

が、心情的には穏健派よりと考えた方が良いであろう。

というのも、彼は領地そのものを所有しているわけではないが、代々の功績により政治の中枢部に立っている。

基本的には内政官であるが、様々な情報を入手出来る立場にあり、外交面における不利な情報をいくつか入手していたからだ。


「エクアランは疲弊しています、今叩こそ徹底的に叩き、過去の遺恨の全てを洗い流す時なのです!」


対峙する高位貴族の目には全く怯まず、アンドレア子爵が言った。


「しかしアンドレア卿、疲弊しているのは我が国も同様。元々国力では分があるのだ、無理をせずに力を貯めてからでも遅くはないだろう」


髪も髭も、既に白い部分の方が比重が大きくなっている貴族が言う。

そろそろ隠居を考える年齢であるはずだ。

周辺に座る貴族達が無言でうんうんと頷いている。

白い貴族、リーブズ候が続けて言葉を発した。


「それにエクアランも兵力の増強を急いでいると聞いている・・・、そうで御座いましたな、陛下?」

「うむ、即席兵として民を徴兵し始めた、と報告が来ておる」

「であればこそ、尚更早期決戦を行わなくてはならないのでは?」


アンドレアの隣に座る壮年の貴族、レアン伯が腕を組みながら同意した。


「徴募された平民の訓練が終われば兵力に差が無くなってしまう。卿の言う通り、今だからこそ攻めるべきではありませんかな」

「それは我が国も同様ではないか、陛下が徴募しておられる平民は万に達するそうな?平民共が戦えるようになれば兵力差は益々広がり、我が国の圧倒的

有利になるであろう」


アルローニュ伯が薄ら笑いを浮かべている。

それに続き穏健派貴族達が次々と賛同の声を挙げた。


「しかし、我が国の士気は高まっており敵は落ち込んでいる。これを戦機と捉えずして如何しましょうか!?」

「我が麾下の騎士団はいつでも出兵する準備は整っている。陛下のお声がかかればすぐにでもエクアランへの進軍を開始致しましょうぞ」

「猪ではあるまいし勢いだけで勝てるとでも思っておられるのかな?」

「先日の戦では陛下の策により敵を打ち破った・・・、しかしそれも地の利あっての勝利。敵国に攻め込むとなれば一筋縄でいかないだろう」

「その為に奴等に立ち直る隙を与えず攻めるべきだ、と申し上げているのです」

「攻めるのが今である、と言うのであれば講和をするのも今であることは分かっているのかな?大勝を納めた今こそが和平の好機。ずるずると

戦を長引かせては国が疲弊することになる」

「講和など結んでしまえばエクアランはここぞと兵力を増強し、それこそ過去最悪の戦役が勃発することになりますぞ!」


平行線であった。

表面上は国の状態を憂いた、主戦か穏健かの討論ではあるが実際にはかなりずれている。


例えばアルローニュ伯。

彼の領地は第二王子討伐戦の激戦区、メール川至近に位置しており、ウェインランド内で最も荒れた地といって過言ではない。

従って、彼の領地から徴募された平民というのは非常に少ない。


セアが徴募した民は、女王直轄地の領民も居れば貴族領の領民も含まれている。

当然のことながら、徴募し従軍している間は領内に戻ることは出来ず領内の力が疲弊する。

第一王子の乱によって領内が疲弊している貴族は徴募された民の数も少なく、従軍期間が長引いたところでさして痛くは無い。

が、元気な貴族-主戦派-は領内の民が多く従軍している為に、長く取られれば長く取られるほどその力を落としていってしまう。

かといって停戦をしてしまえば、同じように民を徴募し兵力として育成を開始したエクアランに遅れを取ることになる。

戦が長引くのは宜しくない、しかし停戦などもってのほか。

主戦派が短期決戦を主張する背景であった。


主戦派のジレンマはそれだけではない。

兵力として育成したのであれば、いざと言うときの自らの私兵として使えば良いようなものではあるが。

セアが民兵団を組織した際に「平民なぞと肩を並べて戦えるか!」と反発した手前、今更「平民は我々で管轄するのでお返しください」とは言いづらい。


穏健派は穏健派で、主戦派の内情を見抜いた上で持論を譲らない。

そんな穏健派の狙いが見え透いているからこそ、主戦派も頑迷に短期決戦を主張するしか無かったのである。

どんな時でも、貴族達は勢力争いを忘れない。

まぁ、国内のパワーバランスが非常に重要なことだけは間違いが無いが。


本来であれば、そんなパワーバランスの頂点に立つべき人物。

フォード候が挙手し、宜しいでしょうか?とセアに伺いを立てている。

セアが無言で頷くとフォード候が口を開く。


「議長を任されているため発言は控えるべきであるが、フォルシュアとの国境線がまた騒がしくなってきているとの情報がある」


一同がざわついた。

エクアランと姻戚関係にあり、同盟国家でもあるフォルシュア王国

エクアラン本国ではまだ情報を掴んでいないようであったが、彼の国が北西の国境線を侵し侵攻を開始したのはエクアラン本軍敗退の前日の出来事であった。

内乱によりウェインランド守備隊の戦力が低下している、という情報を得たフォルシュアは東部にあった兵力6000を投入し国境を突破、国境の要害トリスト砦に向かっていた。

もっとも、国境にあるトリスト砦はティーガと並ぶ防衛の要害であり、第二王子討伐戦によって減少した兵力もある程度は補充されていた。

更に、弓の扱いのみ徹底的に訓練されたリーブズラント付近で徴募した民兵1000が防衛に投入され、セアが連れて行った数十名を除き、虎の子である魔兵団も残存100余名の全てが

防衛にあたっていた。


そうとは知らずのこのこと接近したフォルシュア軍は、弓矢の嵐と魔術の集中砲火を受けた。

十分に引き付けられた後の一斉砲火は激烈であった。

思わぬ反撃を受け、算を乱したフォルシュア軍であったが、崩れた陣形を立て直す暇もなく、トリスト守将であるラインハルト将軍直率の騎馬1000に討って出られ、縦横に食い破られた

挙句、ほうほうの体で撤退している。

深追いを禁じたラインハルトは、フォルシュアの残した兵糧や武具と少数の捕虜を砦に収容し、再度守備を固めていた。

そんなフォルシュア国境において、国境付近で再度兵が集結しているという密偵からの報告があった。


「それに、南部から大量の賊徒が侵入しつつあるとも報告が来ている。・・・これは諸国連合の牽制である可能性が高いがな」


ウェインランド南部は諸国連合、と呼ばれる国家集団の一角バーソン公国と国境を接していた。

かつて、アーガスタ大陸南部を席巻した巨大王国。

太陽王と呼ばれた一人の英傑が各地を切り従え、一時は大陸中央部まで手を伸ばした軍事国家であった。

しかし太陽王の死後、お決まりの後継者問題により内部対立を起こし崩壊、いくつかの国に分裂した。

その内、北部を治めていたバーソン公が独立し、建国したのがバーソン公国であった。

そのバーソン公国は、巨大王国の遺産である大陸最南端に位置するグライスト帝国の台頭により、同じく巨大王国の遺産である近隣国家と同盟を結び対抗。

それが、現在の諸国連合である。

帝国との戦いにより、近年の中央部への軍事侵攻そのものは無いが、謀略戦程度は頻繁に仕掛けてきていた。


「その報告は我輩も受けております。・・・が、目下それ程の影響は御座いますまい」


レオン伯が忌々しそうに言った。

国境に近い彼の領地が真っ先に賊徒の影響を受けそうなものであるが、今のところは南部前線であるランクス砦から定期的に掃討を行っており大事には至っていない。

ランクス砦はセア直轄の騎士団によって守られている。


「しかしいつまでも同じとはいかぬだろう。賊徒が一斉に蜂起すればさしものランクス騎士団とはいえ手こずるのは目に見えておる」


ウェインランド王国ランクス地方。

過去の戦歴において、この地を併合する以前から存在していた騎士団がある。

ランクスの地を守ること、に主眼を置いた集団であり、その地を治める貴族・豪族に代々忠誠を誓ってきた異色の存在だ。

今はウェインランドの一地方であり、国主であるセアに忠誠を誓っているが、ヘタに転べば敵対しかねない独立勢力という一面ももっている。

が、ランクス地方の統治方法さえ間違えなければ忠実な臣下であり、頼りになる手駒であった。

歴代の王も大陸南部への牽制として、ランクス騎士団への支援や兵員の派遣等をマメに行っていた。


「そうですな、広域での蜂起になれば被害は免れん。戦に勝っても国力の低下を招くとなれば本末転倒でありましょう」


リーブズ候に続き、アンカイア伯が畳み込むかのように言う。

だからこそ短期決戦を行うべきである、と再度主戦派が主張するが、結局のところいたちごっことなる。

喧々諤々の論争が続き、いい加減皆が疲れ果てた頃、誰が問うたかセアへの質問が投げかけられた。


「陛下におかれましてはどのようなお考えで御座いますか?」


持論のぶつけ合いに疲れ果て、言うことが無くなり始めた逃げ道であったかもしれない。

先の大勝をもってして尚、小娘にこのような重要な決定を下せるはずがない、という思いもあった。

疲れたから、とりあえずこの場を納めて次回持ち越しにしてもらおう、というのが本音の問いかけである。


「戦じゃの」


が、いとも簡単にセアは答えてしまう。

場が静まった。

穏健派はもとより、自らの意見を肯定されたはずの主戦派でさえも。


「良い機会じゃ、この際面倒な遺恨など全て洗い流してしまえば良い」


続けて放たれる言葉を理解するにつれ穏健派は顔色を失い、主戦派には喜色が現れた。


「さすがは陛下!われ等の主君たるに相応しいお考えで御座います!」


思わず、と言った感じにアンドレアが立ち上がった。


「し、しかし陛下。今我が国の情勢を鑑みて・・・」


リーブズ候が言い募るが、片手で制しながらセアが言った。


「皆の国を想う気持ち、痛い程に良く分かった。女王として嬉しく思う。が、この機会を逃してはまた古き因襲に囚われたにらみ合いに戻るだけ、

先の戦は大勝に終わった。が、どちらにせよ両国痛手を受けておる。この時勢じゃ、疲弊したところに漁夫の利を狙う勢力なぞそれこそ腐るほどいるであろう。

であれば。この際両国を統一し、纏まって乱世へと立ち向かうのが最善じゃ、と、妾は思うがの」


必要なのは革新じゃ、とセアが締めくくった。


今度は主戦派すら押し黙った。

彼らにしてみれば、前線の砦と都市を陥とし有利な条件での講和を結ぶ程度にしか考えていなかったのである。

エクアランを滅亡させ併合することが難しいことくらいは、拮抗する国力を見れば少し考えれば分かる。


「あー・・・失礼ではありますが、陛下。私共の議論はご理解頂けていますでしょうか・・・?」


恐る恐る、と言った感でレアンが尋ねた。


「本当に失礼じゃの・・・。全て理解した上に決まっておる」


何か問題でもあるか?と言わんばかりの表情のセアに、レアンに返す言葉は無かった。


「まず兵力面だったかの?密偵の報告によればエクアランの正規軍は既に半数を割っておる。士気もほぼ地に落ちているのぅ。対して我が軍は

諸侯の軍勢に加え、妾の騎士団も徐々に兵力を回復しておるからの。全てあわせれば万は超える」


おかしい、と数名の貴族が首を捻った。

エクアランとの決戦前は王直轄部隊は王都に2000程度しか居なかったはずではないか?

各地の駐留兵を入れたとしても万に届くことは無いはず。


「エクアランからの鹵獲品に治癒の品々が多量にあっての。とりあえず近場の騎士に与えたのよ」


表情を読み取ったかのようにセアが続けた。

治癒の品々、とは魔術の賜物、治癒ポーションのことだ。

第一王子が無計画に備蓄全てを使い果たしたが、エクアランの遠征部隊の輜重隊から大量に回収出来たのである。


いつの間に・・・といった表情の諸侯であったが、セアは事も無げに言った。


「一触即発の時じゃからのぅ。手っ取り早く兵力を回復させる為に手近な妾の直轄に優先的に割り振った。希望があるのならば分配を行うぞ」

「しかし陛下。万を超えると言えど各地の防衛に割り振れば実際動ける兵力は数千に満たないのではありませんか?」

「その為の民兵であろ。防衛であれば十分な威力を発揮する」


徴募された民兵は防衛の為の訓練を優先的に行い、それは今でも同様である。


「民兵であっても、特化さえすれば尖った牙となる。それは皆も承知の上じゃろう?」


徴募した民兵団は地域と役割に応じて複数の隊に分けられていた。


「確かに・・・、弩兵隊の動きは見事でありましたな」


直接的に弩兵を援護し、敵中突破を行ったアンドレアが言う。

実際のところ、エクアランの正面に位置し囮となった1500の兵は、その大半が民兵であった。

弩は構造上直線的な貫通力が高く、弓よりも射程が長い。使い慣れない者でも照準が付けやすく誰が使っても同じ威力が出る。

しかし、慣れている者が使っても装填に時間がかかり連射速度が遅い為、射撃戦では長弓の連射に負けることもしばしばあった。


そこをセアは特化した調練により強引に解決した。

つまり、射手・弦を引く者・矢を装填する者、の三名で一組とし、三本の弩を使いそれぞれが同じ動作のみを繰り返せる形とした。

弩の扱いに慣れていない民でも、同じ所作を丸一日繰り返せば早くもなる。

エクアランの軍師ルータスは、三者による弩の三段射撃と判断していたが当たらずとも遠からず、といった感じである。


槍を構える民兵には、地中に埋めた馬防柵を引き出し組み立てる訓練を行い、あとはひたすら槍を突き出す訓練を施した。

更にセアが率いた支援部隊も、近衛の騎馬と魔術師を除けば全てが民兵であった。

弾幕であれば点で狙いをつけなければいけないわけではなく、ある程度の面に向けて放てる技量さえあれば十分。射手の護衛についていた槍兵はもとより、

この戦に参加した射手はほぼ全てが民兵である。

他にも、騎乗の経験がある者には大森林付近を駆け回らせたり、伏兵の騎馬の後方につけてひたすら戦場を駆け抜けさせたりと様々な使い方をした。



「適材適所、じゃ」


セアがニヤリと笑った。


「まぁ、調練途上故攻囲戦には出せぬがの・・・。各地の防衛に民兵を宛て、主力である騎士で攻勢をかける。トリストとランクスにも同じように民兵を

投入し防備を固めるぞ。・・・出来るな?」


中央に設置されている水晶の片割れ、北東トリスト砦との遠話水晶に向けセアが言った。


「はっ。お貸し頂いた民は士気も高く、真剣に調練に取り組んでおります。麾下の騎士団と魔兵団があれば万の軍勢にも耐えてみせましょう」


水晶から、それまで黙していた若い男性の声が響いた。


「うむ、其方の働きには期待しておるぞ、ラインハルト」

「畏まりました、陛下の御為に!」


跪いている姿が今にも見えそうな口調であった。

ラインハルト将軍。

ウェインランド国王直下の騎士団を率いる将軍の中で、左将軍パウル・右将軍バルバロス・前将軍ラインハルトの三名が勇将として中核を為している。

代々王家に忠誠を誓う武人の一族で、下級貴族ではあるがその武勇と軍略を買われ歴代の軍要職についている家柄である。

当代のラインハルトにしてもその名前に遜色は無く、一度戦に赴けばバルバロスを超える勇猛振りを発揮するという評判であった。

齢28になり、若き英傑として一躍その名前を轟かせている。


「して、遣わした魔兵団の様子はどうかの?」


先の戦の際フォルシュアの動きを警戒したセアにより、ウォーレンを筆頭とした魔兵団の主力がトリスト砦に入っていた。

魔兵団は、今は守将であるラインハルトの指揮下にある。


「先日の防衛戦に於いても戦功を挙げ、麾下の騎士とも上手くやっておりますが・・・」


愚直なラインハルトにしては珍しく口を濁した。

恐らくは魔兵団長であるウォーレンのことであろう、とセアは思う。

あの老人は何を考えているのか分からず、セアにしてみれば苦手な部類であった。

そんなセアを余所に、水晶からはまた別の声が聞こえてきた。


「大丈夫です陛下!このあたしに任せておいてください!」

「ティア殿!今は御前会議中で・・・」


何やら元気一杯な声だった。

大丈夫が「だいじょーぶ」、陛下が「へーか」と聞こえた。

なんとなく、セアの脳裏にはラインハルトを押しのけて水晶を覗き込む少女の姿が浮かんだ。

声の主の正体は旧第二魔兵団長ティア・ローゼス、ウォーレンの孫娘にしてその素質を受け継ぐとされる魔術師。

年のころは19と非常に若いが、近隣国家では天才とその名を轟かせていた。

名前だけが先立ち、知的美人な印象を持たれがちだが、実態はなかなかなお転婆娘であった。

幼少の頃から王城で暮らしているセアの、幼馴染とでも言うべき存在の内のその一人でもある。

セアにとっては数少ない心許せる存在ではあるが、あのノリに今巻き込まれるのはマズイ。


「・・・コホン。魔兵団は長であるウォーレンに代わり、副将を拝命致しましたティア・ローゼスが指揮を執ってます。

陛下のご指示通り、今は面に対する戦術砲撃の訓練を重点的に行ってます」


関係者の間ではウォーレンを超える逸材、と呼ばれているだけのこともあり、こと魔術に関することは個人での技術から実戦での戦術まで全てにおいて秀でている。

それを理論ではなく、肌で感じて指示をしてしまう辺りが天才と呼ばれる所以でもある。

祖父ウォーレンが理論を重視した研究肌であるのに対し、孫娘は実践派。

幼い頃に父母を亡くし、それ以来祖父と共に王宮で暮らしてきたはずなのだが、その魔術性は正反対に育っていた。


「うむ、其方の活躍にも期待しておる。・・・で、く、ウォーレン師はまたアレかの?」


思わずくそじじぃ、と言いそうになったがその言葉はなんとか飲み込んだ。


「あ、はい。今度は腰が痛いー、とか言い出してます・・・」


筆頭宮廷魔術師ウォーレン・ローゼス。

様々な魔術を開発し、多くの後進を育て、ウォーレン塾とでも言うべき集団すら作り上げた魔術師。

既に100年以上を生きているというのは周知のことであるが、老齢を理由にあれこれゴネてサボろうとする困った一面もあった。

智恵は非常に回るのであるが、自分の興味の無いことには非常に腰が重いご老人である。

トリスト砦に出撃させるのも一苦労で、最終的にセアの「いいからとっと行け!でなきゃ庭の盆栽全て破壊する!」という半ば脅迫じみた声に押され出撃していった。

か弱い老人になんということを!とかぼやきながらも、騎馬でも二日かかる筈の行程を、出立した翌日には魔兵団を率い着陣する手並みは見事としか言えなかったが。

ちなみに盆栽であるが、土系統の魔術の応用で創った食虫植物やら、火と土の混合で創った一定条件下で爆発する実が成る木、とか物騒なものも混ざっている。


「まぁ良いわ・・・、イザと言うときは勝手に働くであろ・・・」

「そう思いますけど・・・、たぶん」


二人して深くため息をついた。

孫娘にして、あの祖父の扱いは困るものがあるらしい。

まぁ、祖父はそれを楽しんでいるようなフシもあるが。


ふと気づけば場が静まっていた。

フォード候が困ったような目でセアにちらちらと視線を送っている。


「と、トリストの砦の防備は問題あるまいて。ランクスは遠話が繋がっておらぬが、砦さえ守っておれば、あの騎士団であれば賊徒の数千程度を翻弄することは容易かろう」


我に返ったセアが、諸侯の微妙な目を意識から追い出しつつ続けた。


「賊徒に関してはそれとは別に手を打っておく。さて・・・これで問題は片付いたのかの?」


一同が再びざわつき始めた。

領内の問題、国境の問題、兵力の問題等それぞれを反芻し、互いに確認し合っているようだ。

暫くのざわつきの後、口火を切ったのは穏健派だった。


「なるほど。領内の防備につきましては得心が参りました。しかし陛下、先の戦とは違い今回は攻めの戦。地の利は敵にあるのではないですかな?」


アルローニュの顔には再び薄ら笑いが戻っていた。


「加えて、エクアラン前線であるシャマソの砦は我がティーガと並ぶ要害。それを抜くにはかなりの被害を覚悟しなければなりませんな」

「我等が万の軍勢を繰り出したところで、敵が同様に平民共を使っているのであればまったく油断は出来ないことになります」


民兵を使い、数で有利な軍勢を撃破したのは他ならぬセアであろう。と暗に言っている。


「古来、攻め方は守り手の三倍の兵力を有さなくては勝利出来ないと言われております。平民共を使えないのであれば兵力はやや優勢程度と見るべき。

それでもエクアランを制圧出来ると仰られますか?」


リーブズ候が言葉を締めくくった。

主戦派は苦々しい表情を浮かべている。

確かに、正面からぶつかりあえば騎士を多く有するウェインランドに軍配があがるだろう。しかし敵は間違いなく防衛の形をとってくる。

兵力差を活かし堅実に攻めれば砦のひとつや都市のひとつは制圧出来るだろう。

が、穏健派の言う通り被害は当然大きくなる。

それも踏まえ、いざ開戦となれば前線の砦と周辺地域を制圧した段階で講和を提案するつもりであった。

しかしセアがエクアラン全土を制圧する、と言い切ってしまっている為、攻め手の兵力の不安が再燃するのだ。


主戦派、穏健派。全ての貴族の視線がセアに集まった。


目を閉じ、腕組みをして黙って訊いていたセアであったが、ゆっくりと目を開いた。


「まず、攻め手が三倍の兵力を要するのは城攻めにおいての話じゃが。誰が真っ向から砦を攻めると言うた?」


ニヤリと笑いセアが言う。


「・・・は?砦を陥とさないのですか?」

「陥とさない、とも言うておらん。要は砦を無効化出来ればそれで良いのじゃ。兵が砦に拠っているうちは強いが、離れてしまえば恩恵は受けられぬ」

「誘き出し、討つのですね?」


なるほど、と言った感でアンドレアが言った。


「それもひとつの手じゃ。挑発し誘い出す、古風な手ではあるが効果的であることはどこかの誰かが証明してくれたしのぅ」


一部の貴族が苦笑を漏らした。

ベルティーニらの独断による敗北は語り草になっているのだ。


「ほかにも手は色々とある。囮を見せて誘い出すもよし、負けて退くと見せかけ逆襲するも良い。兵は詭道なり、とはよく言ったものじゃ」


主戦派の顔には段々と興奮が浮かび上がってきている。


「いざとなれば包囲し、砦を孤立させ無力化させてしまうのもありじゃ。周辺を落とせば熟した果実のごとく地に落ちる、無理に仕掛ける必要もない」


穏健派の表情には苛立ちが、セアの背後に控えるパウルの顔には微笑みが。

水晶の片割れ、ティーガのバルバロスは腹を抱える寸前で、テュレンスはニヤニヤとした笑いを口元に貼り付けていた。

まぁ、こちらから見ることは出来ないが。


「正面から戦うのだけが全てではない。智勇を以って挑む。これからの戦はそうあるべきじゃ」


妾の戦はの、と小声で付け加えた。

こんな所で兵道を説かれるとは思ってもいなかった穏健派は返すべき言葉を失い、最後の切り札と言わんばかりにアルローニュが言う。


「陛下には勝算がおありのようですな、そこまで仰られるのでしたら何も言いますまい。が、敵も必死に智を振り絞ってくる筈、そう易々と計略に

引っかかってくれるでしょうかな」


あぁそれは・・・と言いかけたところでセアは口をつぐんだ。


「あー・・・、今回攻め手で来たエクアランの将軍らであるが。敗戦の責を問われて投獄された、という話があっての」


未確認ではあるが、とセアが言葉を濁す。

いつの間にそんな情報を、といった目でフォードが目を向けてきた。


「ほう。とすれば猛将と名高いグランダーに腹心のルータスもですかな」

「うむ、他にも細々と部隊長以上の殆どが投獄されているようじゃな」


多くの貴族の顔に浮かんだのは喜色であった。

手強い将が前線に出てこないのであれば、勝ち目は十分にある。


「とは言うて、さすがに馬鹿ばかりではなかろうて。見え見えの策に引っかかることは無いであろうが」


諸侯の間に暫くの沈黙が落ちた。

どうすれば自らの益になるか?とでも考えているのだろう。

沈黙を破ったのは穏健派の筆頭、リーブズ候だった。


「承知致しました、では我等はもう何も言いますまい。しかし、我が領地はフォルシュアとの国境に近い。この度の出陣は、我等国境の防衛に砕身致しましょうぞ」


じっ、とリーブズ候がセアの瞳を捉える。


「後顧の憂いを絶つのは必須のことじゃな、候の忠心嬉しく思うぞ。だが候ひとりだけでは心許なかろう。他にも数名国内の守備にあたってもらおうかの」


平然とした顔で貴族達を指名し始めるセア。指名されたのは全穏健派貴族を含む数名であった。

ギョッとした顔になったのは穏健派貴族達である。


「こんな陣容で良いかの?異議があるのならば今の内に申し立てるが良い」


指名を終えたセアが諸侯を見渡す。

誰も何も言わない、いや、言えないのか。


「よし、ならば此度の決議はエクアランとの決戦と相成った!貴公らの奮戦に期待しておるぞ!」


勢い良く立ち上がり、セアが言った。

それを合図にバラバラと退出する諸侯。

その表情は様々であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ