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イセアルーン戦記(仮)  作者: 白たむ
8/12

戦後

「陛下!お怪我はありませんか!」


クラウスが駆けて来る。

声には応えず、エクアラン騎士が去った方角を見つめているセア。

弓を放った場所から一歩も動かず、ずっと佇んでいた。

城内から伴っていた近衛が周囲を警戒している。

人数は出立した時の二十名のまま、一人も欠けることなく揃っている。


「うむ。・・・すまぬのぅ、敵将を取り逃がしてしもうたわ」



セアが無傷であることを確認し、安堵のため息を吐き出すクラウス。


「ご無事で何よりです」

「うむ」


セアは上の空であった。

流石に疑問に思ったクラウスが尋ねる。


「・・・何か御座いましたか?」

「なんでもない」


初めてセアが振り返った。

目にしたクラウスの姿は、全身の至るところに血をこびりつかせ、鎧の所々に斬撃の跡であろうへこみや裂け目を作っていた。


「なんじゃ、血まみれではないか!?どこか怪我でもしたか!」

「え、あ、いえ。返り血です、私は大した怪我などは」


駆け寄ってきたセアに顔を覗き込まれしどろもどろになるクラウス。

身長差があるため見上げる格好になるが、その為必要以上に距離が近くなってしまい傍目からみれば抱きついているように見えなくもない。

じっ、と見つめてくるセアにどう対応すれば良いのか逡巡していると。


「そうか?それならば良いが・・・」


たっぷりと10秒以上はその姿勢で居ただろうか。困惑するクラウスを余所に、当のセアはあっさりとクラウスから離れていった。


「其方がここに来たということは、もう敵兵は残っておらんのかの?」


深追いはするな、という命令を受けていたため逃亡する敵将軍を追わず、周辺の残敵掃討を行っていたがあらかたは片付いている。

臣下の顔に戻ったクラウスが報告する。


「はっ、ただ今確認中でありますが敵三千以上を討ち取った様子です。捕虜や捕獲はまだ分かりませんが、かなりの数になるかと」

「勝った?」

「大勝です、お見事でした。陛下」


そこまで聞き、大きく息を吐き出すと藍に飛び乗った。

往くぞ、と声をかけ街道に、戦場跡へと向かい馬を走らせる。

丘陵を駆け下り、短い平野を抜け街道へ。


すれ違う騎士達はセアの姿を認めると敬礼を持って迎えた。

駆けながら、「これが、戦か」とセアは思う。

見渡す限りにエクアラン騎士であったものが倒れ、ウェインランド騎士と思われる屍体も所々に転がっている。

覚悟は出来ていた。

が、実際に目にすればそんな覚悟がちっぽけな物であったと理解出来てしまう。


自らの采配で、人が死んでいる。


大森林の奥で暮らし、初めての身近な死は母の死であった。

第一王子の内乱で多くの人が死に、その第一王子もセアの目の前で果てた。

が、生々しい戦場の跡はセアに痛烈な打撃を与えた。


いつの間にか立ち止まっていたようだ。

傍らには追いかけてきたクラウスが馬を並べている。


「クラウス。これが戦か?」

「陛下?」


訝しがるクラウスにセアが言葉を続けた。


「私の命令で、大勢の命が失われてる」


クラウスには返す言葉が見つからない。


「私が、対抗すると決めたばかりに、みんな、命を落としてる」


一言一言かみ締めるように絞り出す。


「私が降伏の道を選んでいたら死ななかった?みんな幸せに暮らせた?」


声は静かだったが、その内には激情が渦巻いているのだろう。


「私さえ抵抗しなければ」


セアの言葉が途切れた。

魂が抜けたような表情で一点を見つめ続けている。

暫く迷ったクラウスであったが、意を決して口を開く。


「確かにそうかもしれません。戦わず降伏していれば、この騎士達は命を失わずに済んだでしょう」


セアが顔を上げた。


「しかし、降伏が幸せをもたらすとは思えません。敗戦国の民は虐げられ、奴隷のような扱いをされる例も多々あります。

例え陛下が降伏を選ばれたとしても、抵抗する騎士、貴族、そして民が居るでしょう。そしてその者達は結局命を落とすこととなる」


セアが顔を向けてくる。


「どちらを選んでいても、ここに倒れている以上の者達が不幸になることは間違いがありません」


じゃあどうすれば良かったの、とセアの表情が問いかけてくる。

クラウスはセアの瞳を見据えた。


「全ての者が幸せに、とは理想であり偽善であると思います。人が生きていく以上争いは避けられず、平和は多くの悲しみの上で成り立っているのですから。

・・・ですが、悲しみを減らすことは出来ます。少しでも多くの幸せを与え、少しでも多くの悲しみを取り除く。そして、それを行えるのが為政者であり

良き君主であるかと思います」


何を思っているのか、表情からセアの内心を読み取ることは出来なかった。


「私は一介の騎士であり、命じられたことを行うまでです。剣を捧げた君主の為に戦い、愛すべき隣人の笑顔を守る為国に尽くす。

その為に戦っていますし、戦の先にあるものくらいは見えているつもりです。ただ悲劇だけを産み出す戦いと、その先に得るものがある戦い。

今日のこの戦いには、意味があった。私はそう信じております。この悲劇の先に多くの笑顔があると」


「笑顔が・・・?」


「はい。私には戦を正当化することなど出来ませんし、戦は起こらないのが最も良いのであろうとは思います。ですが、人として生きる以上避けられないのであれば、

笑顔を作るために、戦をすれば宜しいのです。多くの悲劇の上で多くの笑顔が出来上がる。それさえ見えていれば、それが分かる戦であれば、少なくとも私は納得して戦に赴き、

命を賭けることが出来ます」


聞く人が聞けば、詭弁だと一笑に付されるかもしれない。

が、クラウスはそれを信じている。

信念と言ってもいいだろう。


「大丈夫です、陛下。私は、陛下を信じております。その先にあるものを示してくれると」


先王に捕われ、それからずっと身近でセアを見てきたクラウスだからこそ言える言葉でもあった。

再び俯き、暫く押し黙っていたセアであったが、不意にその肩を震わせ始めた。


「・・・っふ、ふふふ」


笑っているらしかった。

まさか壊れたか、と案じるクラウスを置き去りに、セアの笑い声は次第に大きくなっていった。


「ふふふ、あは、あはははははは!」

「陛下!?」


ついには大声で笑い始めたセアの肩に、馬を寄せたクラウスが支えるように手を回した。


「戦の先にあるもの、か。そんなこと考えたことも無かった!」


セアは笑顔であった。


「ありがと、クラウス。何か吹っ切れたような気がしたわ。・・・自分でも単純だとは思うけどね」


女王の顔に戻る。


「戦なぞどう足掻こうと所詮は人の殺し合い、正しいことであるなどという主張は出来ぬ。であれば、例え戦を起こそうとも、起こる前以上の

幸せを作り上げれば良い。そしてそれが出来るのは為政者たる妾だけ・・・そうじゃな?」


無言で頷くクラウス。


「ならば良い!妾はこの手で出来ることを全霊を以って行おうぞ!」


クラウスが馬を降り、臣下の礼を取る。

それに習い、周囲の騎士と民兵達が次々と膝を折った。


「皆の者、今日は良く戦ってくれた!妾の命があるのは皆のおかげじゃ!妾は決めたぞ、妾は、己のの理想たる世を作り出す!」


静まり返った戦場に、セアの声だけが良く響く。


「その為には其方らの力が必要じゃ!悲しいこと、苦しいこともあるやもしれん。じゃが、その先にあるものを妾は見てみたい!妾に、力を貸してたもれ!」


力を貸して欲しい。

そのようなことを言う君主がどこにいるのだろうか。

君主であれば、ただ一言の命令で臣下は死地にすら赴かなければならない。

しかし、その斬新な響きは耳にした者全てに心地よい風となって吹き抜けた。


女王陛下万歳!


最初の一言は誰だったであろうか?

一人が二人になり、二人が四人になり、と。

その唱和は次第に大きくなり、いつしか全軍を巻き込む大合唱となっていった。


=============================================================================================================================

ろくに休息も取らず駆け続けた。

余りに駆けすぎ、鍛えられた軍馬ですら潰れそうな程だ。


駆けるうちに敗走する歩兵の最後尾に追いついたようだった。

逃げる歩兵を拾い上げ、なんとか部隊の体を為しつつティーガへと向かう。

そのうち、皇太子付の近衛騎士が馬を走らせ逆走してくるのが見えた。

恐怖がおさまらない皇太子は、ティーガを素通りし自国領であるシャマソ砦まで撤退したという報告があった。

が、撤退した軍をどうするかの命令は一切無い。

重い足を引き摺りながら歩を進め、悪夢のような決戦の翌日。

ようやくティーガを指向出来る位置まで辿り着いた。

既に日が落ち、辺りは暗くなり始めている。


「ティーガが見えて参りました。まずは兵を休ませ、その後に防衛の計画を練りましょう」

「うむ。恐らくは王都への召還命令が来ると思うが・・・。それまでに出来るだけのことはやっておこう」


追従する兵士の数は四千にも満たない。

相当数の戦死者が出、相当数が降伏し捕虜になったであろう。

バラバラに退却し、合流が済んでいない騎士も居るであろうが余りに少ないと言わざるを得ない数だった。


「全く、ひどい有様だな」


出撃時は一万を超えた軍勢が、たった二日の間に半数まで落ち込んでしまった。

指揮の誤りもあるが、それ以上に敵軍の作戦が狡猾であった。

二重三重の罠どころか、五重六重の罠を張って待ち構えられていたのだ。


「あそこまで見事な用兵をするとは、敵ながら見事でした」


軍師として、完全に策で負けたクラウスが力なく呟いた。


「気にするな・・・とは言えんが、勝敗は兵家の常だ。汚名は次で返上すれば良い」

「はい」


頷くクラウスであるが、次があるとは思えない。

これだけの大敗を喫して同じ職務に就けるわけが無い。

良くて降格、悪ければ斬首。

恐らくは後者である、とクラウスは思う。

だがまぁ仕方が無い。

敗戦の責任は当然取らなければならない。


砦の前まで辿り着き、見張りに合図すると跳ね橋が下りてきた。

整然、とは言えない足取りで次々と騎士達が砦に収容されていく。


「なに、このティーガさえ堅守していれば我等の優勢に変わりは無い」

「講和に持ち込む為にはどこかでもうひとつ勝利を挙げる必要があります。周辺都市の制圧が近道かと思いますが」


そこまで言った辺りでクラウスが異変に気付いた。

砦内の騎士達がキョロキョロと辺りを見渡している。

良くみれば、本来は警戒をしていなければならない筈の外壁にすら人影が無かった。


「将軍!様子が変です!」


同時にグランダーも気付いたらしい。

跳ね橋に乗った騎士達に警戒の声を挙げている。

その瞬間。


ガゴン!


と派手な音を立て、砦内の鉄格子が落ちた。

幸いにも挟まれた騎士は居ないようであるが、砦の中と外で分断されてしまった。


「何だ!?」

「どうなってる!」

「ここを開けろっ!」


騎士達の悲鳴にも似た叫びが交錯するが、今度は跳ね橋が上がり始めた。


「うわあああああああ」

「たす、助けてくれ!」


先端付近に居た騎士は飛び退けるだけまだマシであったが、砦側に残された騎士は悲惨だった。

跳ね橋の上の数十人の騎士が雪崩を起こし、鉄格子との間で圧死する者や空堀に落ち全身を槍に貫かれる者も居た。

先端の方にしがみつく、というよりぶら下がっている騎士も跳ね橋の角度が急になるにつれてポロポロと落ち始め、無事な騎士を押し潰したり串刺しになったりした。


完全に跳ね橋が上がりきると、外壁に伏せていた射手が一斉に姿を現し斉射を開始した。

同様に、砦内でもそこかしこから射手が現れ騎士達に狙いをつけている。


「なっ、なんだ!?」

「あれは敵なのか!」

「もうダメだあああ!」


パニックに陥った騎士達が我先にと走り出す。

辛うじて統制を保っていたグランダーの周囲では、慌てて盾を構え降り注ぐ矢を防ぎ始めた。


「まさか・・・ティーガが既に敵の手に落ちているとは・・・」


呆然とするグランダーは、盾に守られながら半ば引き摺られるように後退していた。

矢に追い散らされ、ある程度の距離が離れたところで髭面の男が姿を現す。


「はーーーーはっはっはっはっはっは!かかったな小童共ぉぉぉっ!」


知らない人間が見れば山賊かと思うような風貌の男であったが、グランダーには見覚えがあった。


「貴様はバルバロスッ!何故そこにいる!」

「何故って聞かれてもなぁ。ティーガは俺らの砦だ、居ても不思議じゃねぇと思うんだが」


ふざけるな、とグランダーが手近に居た騎士の弓矢を奪い取り、流れるような動作でバルバロスに向けて放った。

が、片手にぶら下げた剣でバルバロスは容易く矢を弾く。日が落ち、見え辛いはずであるが良くもまぁ簡単に弾くものである。


「バカなことをせずにとっとと戻ってください。こんなことで守将が倒れては笑い話にもなりません」


テュレンスがひょっこりと顔を出した。


「いいじゃねぇか、あんな程度目を瞑ってても避けられらぁ」

「さて、ここまで逃げてきたということは陛下の策に散々にやられてきた、ということですね?」


バルバロスを無視してテュレンスが口上を述べた。

あっ、おい俺の台詞・・・とバルバロスが騒いでいるが、ひたすら無視してテュレンスが言葉を続ける。


「ティーガは我々の手にあり、内部の貴軍勢は既に投降の意思を示しています。無駄な争いは避け、大人しく降伏して頂けませんかね?」


事務的な、淡々とした、というよりも棒読みに近い口調であった。

どうせそんなことはしないだろう、と言ったなげやり感満載である。


「貴様・・・どうやってティーガを陥とした!軍勢を隠し持っていたとでも言うのか!」


やれやれ、とテュレンスが肩を竦めた。


「そんな軍があれば最初から明け渡したりしませんよ。ティーガは我々の砦。抜け道や死角は隅々まで把握しておりますのでね」


ティーガが攻囲戦が始まった夜。

敗走を装い砦を脱出した軍勢は、各々付近の森や丘陵地に潜みエクアラン本隊が出撃するのを待っていた。

そして、エクアラン本隊が出撃した後、緊急避難用の抜け道を通り密かに侵入し城門を開放、一気に攻め込んだのである。

文字通り寝込みを襲われたエクアラン守備隊は瞬く間に壊滅、生存者は全て降伏していた。


「お蔭様で、のこのことやってくる貴軍の輜重隊もしっかりと確保させて頂いております」


完敗であった。

グランダーの顔が憤怒に染まる。

いっそこのまま攻め上げ、再度ティーガを取り戻そうかと思った程である。

が、兵数はともかくとして、武器、士気、体力、兵糧の全てが足りていなかった。


「撤退だ!シャマソまで各自駆け抜けろ!」


叫ぶと馬を翻して駆け去って行った。

それを見たエクアラン軍が続々と逃げ散っていく。


「ふぅ、こんなものでしょうか。あぁ、追撃は要りませんよ。下手に兵力を割いて捕虜に暴れられても困りますし。陛下からは無理をするなと言われてますからね」


控えている騎士に指示を出し、テュレンスが一息をついた。


「あー、なんだ。俺の出番はもう終わりか?」


途中から全く存在感の無かったバルバロスが所在無げに伺っている。


「何を言ってるんですか、むしろ出番はこれからでしょう?捕虜に逃げる気も失せるような表情で凄んでいてください」

「俺は鬼か!?」


魔除けになればまだマシでしょう、と軽口を叩きながらテュレンスが階下へと降りる。


「あぁーっと、もうひとつ。捕虜の虐待とかは硬く禁じられているので注意するように。強制労働も無しだそうですよ。破ると怖いお仕置きが待ってますからね。

それとしっかり三食昼寝付にすること。・・・え?昼寝は冗談ですよ」


駆け出した騎士を見送ると、バルバロスも階下に降りてきた。


「さて、あとは陛下の軍勢を待つだけですね」

「おう、これだけやられちまえば暫くはエクアランも大人しくしてるだろうしなぁ」


がはは、と笑うバルバロスを横目に、テュレンスは思う。

世間知らずのお嬢様かと思えば中々やるじゃないですか・・・、これは少しは見直さなくてはいけませんね。と。

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ちなみにその頃。


「ところでクラウス、素敵な伝言をありがとう」

「!?」

語尾にハートマークでも付きそうな程満面の笑みをたたえたセアが言い、それを耳にしたクラウスがビクリとその身を震わせた。

世界を狙えそうな勢いで顔面に迫るグーパンを最後に、クラウスの意識は闇へと落ちる。

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-ティーガ街道の戦い-

ウェインランド軍 死者四百名 負傷者七百名 他、軍馬五百頭、武具無数、多量の兵糧を鹵獲

エクアラン軍   死者三千八百名 捕虜二千名 


僅か一日で終わった戦いは、ウェインランド王国に軍配が上がった。

ウェインランド-エクアランの因襲を撃ち破るきっかけとなった、史上稀に見る激戦であった。

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