決戦
指摘ありがとうございます。
貼り直しました、申し訳御座いません。
「前方にウェインランド軍の陣を確認!」
「弓隊前へ!」
号令と共に弓隊が前列に押し出た。
「構え!・・・放てーっ!」
彼我の距離は千メートル以上ある。
当然のことではあるが、弓矢の射程はそこまで長くない。
両軍の中間地点でポトポトと矢が落ちるが、時折そこに大穴が開いた。
鏃に石を結わえ付け、隠されている落とし穴を開けてしまう為の所作だった。
雨のように矢を降らしながらエクアラン軍がじわじわと前進する。
対峙するウェインランド陣営に動揺が広がったように見える。
こうも簡単に罠を破られるとは思って居なかったようだ。
ウェインランド陣は偵察の報告の通り方陣を組み、迎撃体勢を整えている。
前列に弓、後列に長槍であろうか?騎馬や魔術師らしき姿は見えない。
彼我の距離が六百メートル程に達した時、前衛指揮官であるバブルズの声が響く。
「重装騎馬隊前へ!」
矢合わせなどする気はない。
駆け抜けて、食い破るだけで敵陣は崩壊するだろう。
弓隊が一定の間隔を開けて下がり、隙間から次々と騎馬が吐き出されていく。
騎乗している騎士は勿論、軍馬にすら馬用の鎧を着せた重装となっている。
エクアランが密かに準備してきた乾坤一擲の必殺部隊であり、良質な鉄鉱山を有するエクアランであるからこその芸当だ。
逆に馬の数と質ではウェインランドに劣る為、少ない騎馬隊を最大限活用する為重装騎兵という形が取られた。
その威容は、触れる者全てを跳ね飛ばしそうな迫力があった。
そして、死を呼ぶ合図が下される。
「突撃開始ーっ!」
バブルズの号令と同時に突撃太鼓が打ち鳴らされ、重装騎馬が一斉に突撃を開始した。
その数は千。
千五百程度の数で布陣しているウェインランド軍など、最初の突撃で壊滅する。
力強く駆け抜ける重装騎兵を見守っているエクアラン軍は、誰もがそう信じて疑わなかった。
が、数秒後。
先頭を駆ける騎士達が次々と落馬する。
「なんだ!?」
落馬した騎士は、密集陣形で突っ込んでくる後続の騎馬に踏み潰され絶命する。
「弩か!」
前衛を指揮するバブルズが正体に気付く。
およそ三百程の敵陣の最前列が巨大な弩を構えているのが見えた。
弓に比べ、直線的な破壊力が非常に高い弩は、騎士の鎧を易々と貫通した。
「怯むな!突撃しろっ!」
周囲を駆ける騎士に向かい、バブルズが再度号令をかける。
弩であれば装填に時間がかかり、弓のような連射は出来ない。
突撃の速さが災いし、余計な斉射を浴びることになったが、敵陣到達までに撃てる回数は二射。多くても三射であろう。
千の騎馬の内、半数でも辿り着けば敵陣は壊滅する。
虚を突かれて無駄な被害を出してしまったが仕方ない。
重装騎馬の為速度は遅いが、重装甲故にあと数射程度ならば耐えられる。
身を低く構え、そう考えながらも突撃を続けるバブルズの周囲でまた数人の騎士が落馬する。
「なに?」
最初の斉射からまだ十秒と経っていない筈だ。
なのに何故矢が飛んでくる?
そう考えている内に再度矢が飛来し、次々と騎士が転げ落ちる。
既に周辺に付き従っている騎士は半数以上が姿を消していた。
突撃を続けるべきか?退くべきか?
考える間にも騎士の数は減っていく。
慌てて左右を省みれば、既に重装騎馬の半数以上が斃れているようだ。
散会せよ、と叫ぼうとしたバブルズが、敵陣が既に目の前にあることに気付く。
距離としては二百メートルほどであろうか。
この距離であれば突っ込める、後続の歩兵の為に道を作らねばならない。
そう判断したバブルズが再度前を見据えた時、敵が動いた。
それまで後列に待機していた長槍部隊が一斉に前列に押し出してきた。
騎馬の接近により弩兵を下げ、白兵戦の準備にとりかかったのだろう。
勝った、と笑ったバブルズの表情が次の瞬間驚愕に変わる。
突如。
丸太をくみ上げた長い馬防柵が、前列を覆うかのように出現していた。
巨大な杭を思わせる先端は重装騎兵の方向を一直線に見据えている。
更にその隙間から複数の槍が突き出た。
慌てたバブルズが馬を止めようとするが、驚いた軍馬が棹立ちになりバブルズが振り落とされる。
幸いにも後続に踏み潰されることを免れたバブルズの目には、同じように次々と落馬し斃れる騎士の姿が映った。
余りの光景に気を取られたバブルズにも、矢は等しく飛来する。
立ち上がろうとしたところに数本の矢を受け、再び倒れ込んだバブルズの眼はまだ前を向いていた。
丸太を組んだだけの馬防柵。
それが果てしなく巨大な壁に見える。
肺をやられたのか、呼吸が上手く出来ない。
「・・・かはっ・・・後は・・・頼みました・・・ぞ・・・」
暗転していくバブルズの視界が捉えたのは、騎馬を失い徒歩で馬防柵に駆けていく騎士の姿。
自らが鍛え上げてきた部下の後姿が、ひどく頼りないものに見えた。
そして、バブルズの意識は闇に覆われる。
重装騎兵が次々と斃れるのを見、己の失策を悟ったグランダーは矢継ぎ早に指示を下す。
「第一隊から五隊まで、盾隊を前列に四列の縦隊で進軍せよ!弓隊、槍に続いて進軍、騎馬の突撃に併せ射撃せよ!」
弩の連射速度が異様に早い。
敵の切り札か、と歯噛みするグランダーであったが騎馬隊を見捨てるわけにはいかない。
多少の被害は覚悟してでもここを抜いて、早期決着を付けなければならない。
弓攻撃に対しては縦隊防御が効果的である。
重装騎馬の被害は大きいが、複数の盾を押し出した歩兵による防御陣を組めば敵陣に取り付ける筈だ。
「六隊七隊、両脇に散開し的を外しながら進め!本陣・後衛共に徐々に前進、敵陣を押し潰す!」
いくら弩の連射が早くとも、対峙する数の差は圧倒的である。
多少の被害が出たところで数を生かして押し包めば決着はつく。
かなりの数を減じているとはいえ、重装騎兵は敵陣の目前まで迫っている。
一旦踊りこんでしまえば弩兵は恐るるに足らない。
そこで、突如として出現した柵がグランダーの目に飛び込んできた。
「なんだあれは?」
「・・・即席の馬防柵のようです。恐らく地面に埋めてあったものを起こしたのでしょう。それにあの連射・・・複数の弩を使い回し回転率を上げているのか?確かにその方法ならばあの早さも納得出来る」
「待ち伏せは完璧と言うことか・・・!」
頷くルータスの顔は苦渋に満ちている。
予め柵が見えているのと居ないのとでは事前の心構えが全く違う。
突然目の前に障害物が現れれば誰しも多少の動揺はするものである。
馬防柵の出現に戸惑った重装騎兵が手綱を誤り、同様した軍馬が棹立ちになり次々と騎士が転落する。
転落を免れ、なんとか馬をなだめた騎士も多いが後続の騎馬に押され大渋滞を引き起こした。
騎馬隊の指揮官であるバブルズが斃れ、既に指揮は行き届いていない。
柵を回避して両脇に回り込もうとした一隊は弩の斉射に貫かれ、柵を飛び越えようと駆け出した騎馬も居るが重装であるためそれは叶わない。
柵に取り付き、潜む弩兵に槍を突きたてようとする騎士は、柵の隙間から繰り出される槍衾に逆に貫かれる始末であった。
「見事!だがまだ負けたわけではない!あれを突破すれば良いだけの話だ、気を引き締めろ!」
前線を進む歩兵は、複数の盾を重ね弩からの防御としている。
その効果もあり、それ程の被害を出すことなく敵陣へと迫りつつある。
弓隊も間もなく射程内に入る。
味方歩兵が取り付くまでの間だが、弓での支援があれば敵陣は乱れ、弩による迎撃も上手くは行えまい。
頃合だ、と判断したグランダーが全軍に突撃命令を下す。
ちっぽけな敵陣を一呑みにすべく、未だに10000を数える軍勢が一斉に襲い掛かった。
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「頃合じゃ」
前線のウェインランド弩兵隊は撤退を始めており、柵には敵歩兵が取り付き引き倒しにかかっている。
弩兵の指揮官には、歩兵との距離が一定のところまで縮まったら戦列を下げるよう予め指示をしてあった。
セアが片手を挙げると、数本の矢が天空に向かって放たれ、後方で太鼓が打ち鳴らされた。
高く打ち上げられた矢には笛がとりつけてあり、魔女の鳴き声のような甲高い音を立てながら飛んでいく。
同時に、軽く挙げた手を勢い良く振り下ろしながらセアが叫ぶ。
「射てぇーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
セアの号令一下、伏せていた射手がエクアラン軍に弓矢の雨を降らせる。
間道を抜けたクラウス麾下の騎馬隊が、長く延びた戦列に飛び込み瞬く間に反対側に駆け抜けた。
更には点在する林から現れ、遅れて突入したパウルの騎士隊が騎馬の空けた穴を押し広げていく。
騎馬隊の動きは速い。
駆け抜けたと思った次の瞬間には反転し、一塊になって再度突撃している。
先頭を駆けるクラウスが槍を掲げると、エクアラン騎士は怯んだかのように後ずさった。
ウェインランド軍勢の猛攻はそれだけで終わらない。
逃げていた弩兵が突然振り返り一斉射を行い、その後ろからアンドレアの騎馬が入れ替わりに駆け寄せ、弩を追っていた歩兵の先頭を蹴散らしながら進んだ。
それだけで留まらず、再度装填を終えた弩兵が両脇に散開する歩兵に向けて斉射を開始した。
セアが率いるのは、射手と魔術師によって構成された中・遠距離の支援部隊であった。
陣取った丘陵地からは戦場が一望出来、眼前には既に柵が組み立てられ民からなる槍兵によって固められている。
クラウスの騎馬隊の数度の突撃により、エクアラン軍は四つに分断される形になった。
先頭集団はアンドレアの騎馬によって蹴散らされ、二つ目と三つ目の集団はクラウスの騎馬に翻弄され、パウルの歩兵によって取り囲まれた。
両脇の遊軍も、取って返した弩兵と麾下の魔術師の砲撃を浴びて散り散りになった。
敵兵がバラバラと丘陵地目掛け寄せてきたが、目標を変更した魔術師の集中砲火と、柵を飛び出した近衛騎士の槍にかかりあっさりと倒れ伏す。
混戦となり、手を休ませていた射手に再度指示を出す。
「目標エクアラン本陣、構えよ!」
言いながら、自らも愛用の弓を構えた。
「射てぇっ!」
無数の矢が放物線を描き、エクアランの四つ目の集団・・・即ち本陣へと雨霰と降り注ぐ。
その周辺にはまだ味方の軍勢が攻め込んで居ない為、格好の弓の的となっていた。
魔法により業火を纏わせたセアの矢が着弾と同時に炸裂し、巻き込まれた騎士がバタバタと倒れていく。
エクアラン本陣は大混乱に陥った。
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退き鐘は既に鳴らしてあった。
しかし、分断され連携の取れなくなった部隊に組織的な動きなど出来るわけがない。
一部の騎士だけが先立って後退し、辛うじて持ちこたえていた戦線が崩壊するという場面すらあった。
「ええい、騎馬を走らせて命令を伝えろ!急げ!」
近衛として待機していた騎馬が泡を食って前線に向け馬を走らせる。
無事に辿り着けるかどうかは分からないが。
ルータスの思考は、何故?と言う言葉で占められていた。
嵌められた、ということは理解出来た。
東の街道への誘導も、決め手とした伏兵の気配も全てが罠だったのであろう。
しかし、どうしても解せないことがある。
密偵からの報告によれば、敵の稼動兵力は精々が五千程度。
しかし正面の弩兵や伏兵の数を見れば、その数は軽く超えているのが分かる。
いくら民兵が混ざっているとはいえ、たった数日の訓練で正規兵並の動きが出来るようになるわけがない。
が、現実にエクアラン軍は伏兵によって分断され、包囲され、殲滅されつつある。
「ここはもう危険です、将軍も撤退を!」
叫んだ騎士は炸裂した火炎魔術の爆発に巻き込まれ、倒れた。
随伴していた数名の魔術師も、最初こそ魔術での反撃や防御を試みたが魔術師そのものの数の差により狙い撃ちにされ、既に立っている者はない。
既に本陣にも弓矢が飛び交い、騎士達は盾をかざして身を守るので精一杯になりつつある。
「盾を!将軍と殿下を守るんだ!」
「うろたえるな!盾を押し出せ、戦列を立て直しつつさがるのだ!敵の数は少数、一旦退いて立て直せば手出しは出来ん!」
指示を飛ばすも、連続して着弾する轟音に、敵味方の上げる喚声にかき消され本陣ですら隅々まで命令が伝わらない。
降り注ぐ矢が激しくなり、魔術攻撃も増えてきた。
前線を見るが、既に兵の半数以上が姿を消しているように見えた。
「将軍、我々も退きましょう。もう組織的な反抗は不可能です。ティーガへと戻り態勢を立て直し守りを固めましょう」
爆音により我に返ったルータスが言った。
本陣の前衛が突破され、敵の騎馬が乗り込んでくるのが見える。
こじ開けられれば歩兵が入り込み、陣が崩壊するのも遠くはないだろう。
そこに至り、グランダーも全撤退を決意した。
「・・・本陣撤退!この雪辱は忘れるな!」
「殿下!こちらへ!」
「ティーガだ!ティーガまで退け!」
ようやくルータスが皇太子の存在を思い出した。
見れば本陣の後ろの方で、近衛に守られつつ馬上にあった。
普段の態度はどこに消えたのか。
青ざめている皇太子の馬を曳き、馬首を翻した。
皇太子を囲んだ近衛の一団が見る見るうちに小さくなっていった。
「撤退を急げ!我々は殿軍だ!」
周辺の騎士を纏め、グランダーを中心に隊列が組み直された。
完全に負け戦となってしまったが、その闘志はまだ消えていない。
入り込んだ騎士を切り伏せ、密集陣形を取ると敵は攻めあぐねたようで攻め手の勢いが小さくなった。
敵兵を牽制しつつ徐々に隊列を後退させるが、局地的な戦闘は続いているものの、全体としての戦いはほぼ終わっているようである。
転がっている屍体は圧倒的にエクアランのものが多い。
周囲は旗本が残るのみで、他の部隊はあらかた撤退を終えているようだった。
グランダーは歯噛みをしつつ本隊への撤退命令を下す。
潮時である。
そこに、三重に張られた隊列を突破し、風のように突っ込んでくる騎馬の一団があった。
先頭を駆ける騎士が大音声を上げる。
「我が名はウェインランド近衛第一騎士団クラウス・アーツ・スロヴィアス!敵将、覚悟っ!」
「将軍が相手をされるまでもないっ!」
駆け出した騎士と騎士が交錯した。
一瞬の後、馬から落ちたのはエクアランの騎士。
クラウスはそのままの勢いで駆け込んで来る。
大槍を構えなおし、ニヤリと笑ったグランダーが応じた。
「良い度胸だ小僧っ!相手をしてやろう!」
「応!」
真っ向から振り下ろされた槍をグランダーが正面から受け止め、押し返し、払う。
互いに突き、払い、流し、受け、躱す。
50合ばかりも打ち合っただろうか。
突然、エクアランの騎士が戦いに割り込みクラウスの槍を受け止めた。
「将軍!お退きください!ここは我等が引き受けます!」
邪魔をするな、と騎士を睨みつけたグランダーにルータスが叫ぶ。
「再戦を期するのであれば将軍のお力は必須!この場は納めて仕切り直しを!残された騎士の為にも!」
散々な負け戦であり、ここで果てる覚悟で居たグランダーであったが。
部下の為、と言われ指揮官としての矜持を思い出した。
良い死に場所を見つけたと思ったが仕方ない。
「全員全力で撤退せよ!後ろを振り返るなっ!」
言うが速いか、馬首を巡らしティーガに向けて駆け出した。
槍を合わせていた騎士達も次々と離脱を始めた。
グランダーを追う為馬を翻したルータスの目が、敵の射手の陣地である丘陵を捉えた。
そこには、戦場に似つかわしくない白を基調とした鎧を纏った女が立っている。
構える弓は駆ける騎馬隊に真っ直ぐに向いていた。
「将軍!伏せてください!」
危険と思う前に口が動いた。
反射的に伏せたグランダーの至近を、視認することすら出来ない速度で何かが貫いた。
貫いた直後に烈風が吹き荒れ、幾人かの騎士がバランスを崩し落馬しそうになる。
幸いなことに二射目は無かった。
「なんだ、今のは」
応える声は無かったが、ルータスにはおおよその見当がついていた。
恐らくはあの女の放った、弓矢に魔術を上乗せした一撃。
常人であれば、あんな物に狙われればひとたまりもない。
恐怖したルータスが後ろを振り返るが、追撃は無かった。
馬を駆けさせ、次第に落ち着きを取り戻してきた。
よくぞあの乱戦を生き延びたものだ、と思う。
自分は武芸に秀でているわけではなく、武官ではあるが頭を使う側であることを自負している。
生き残れたのは幸運以外の何者でもない。
敗残兵となった一行は、ティーガ砦に向けてただひたすらに馬を駆けさせた。