策
「ふむ、ベルティーニとマークルの行方が知れず、か。まぁ大方の予想通りかの」
呟きつつセアは手にしていた書状を畳んだ。
ティーガ砦における、貴族軍の独断専行の翌朝。
そこは王宮の中庭を一望出来るテラス。
眼下では多数の兵士が訓練を行っている。
「やはり彼らは先走りましたか」
背後にはクラウスが佇んでいる。
「功を焦っておったようじゃしのぅ。あと昨夜の内にティーガは完全包囲されたそうじゃ。あれを陥とせば王都の喉首に刃を突き付けるも同然、今頃は激しい攻城戦の最中であろ」
それを聞いて僅かに苦い表情を浮かべるクラウス。
同僚が劣勢の中で奮闘している様を思い浮かべ、内心ではすぐにでも駆け付けたい気分である。
それを察したセアが振り向きざまに言う。
「そう焦るでない・・・。無闇に戦ったところで消耗戦になるのが関の山、そうなれば兵力に劣るこちらが劣勢にならざるを得ぬ」
再び中庭に目線を戻した。
「我らは今出来ることをすれば良い、それが結果的には皆を救うこととなる」
セアの視線の先には訓練を行う兵士達の姿がある。
しかしその動きはとてもではないが良く訓練されたとは思えない物で、パッと見で不慣れであることが良く分かる。
それもそのはず、彼らは先日まで剣すら持ったことの無い平民であった。
二日前の朝。
王都を始め、付近の都市や町、遠話の通ずる村落等王都を中心とする広範囲に同様の触れが出された。
その内容とは、要約すればこうなる。
1.志願兵の募集
2.身分問わず
3.年齢問わず
4.期間に応じた報奨と働きに応じた報奨有り
5.徴募に応じた者への一時的な租税免除
文末にはセアリィ・ウル・ウェイン・ティーダの名がある。
一時的なものとはいえ、女王の名の下での募兵制の発布であった。
ただし、実施するにあたっては貴族の猛反対があった。
身分を問わない、ということは都市部で生活している平民や自作農を含め、貴族領地で使われている農奴達すら条件の範疇に入るからである。
平民なぞと肩を並べられるか!という反発から、平民にまともな戦いが出来るわけがない!という否定まで多種多様な反対論が出た。
ウェインランドは古くからの封建制を執っている。
戦場とは王と諸侯に剣を捧げた騎士が駆けるものであり、平民、ましてや農奴が戦場に出向くことなどあり得ず、神聖な物を汚されたという気になるのである。
しかしセアは「この危急存亡の時に細かいことなど言っている余裕なぞ無いわ、文句があるのなら後で聞くから今はつべこべ言うでない!」と一蹴。
それでも尚食い下がろうとする貴族も多かったが。
「ほぅ、なればエクアランの大軍を其方らのみで撃退するのじゃな?それであれば妾は何も言わぬ、好きに戦うがよろしい」
更には。
「エクアラン貴族も褒賞の土地が欲しかろうて、そう易々と討ち果たせるとは思えぬが・・・」
とまで言っている。
暗に、内応しても所領を安堵されるとは思うなということである。
幾人かの貴族が内心ギクリとしていたが、表情には出なかった。
「先程も言うた通り、国家の存亡の危機じゃ。言いたいことがあるのならば勝利した後に存分に聞く。むろん、良く働いたものにはそれなりの恩賞を与えようぞ」
そんな諸侯を見渡しながら、セアが締めくくる。
集まった諸侯は、お互いの顔を見合わせるのみで返す言葉も無かった。
触れを出してまもなく、目に見えた効果があらわれる。
王都はもちろんのこと、近隣都市や村落から続々と応募があり瞬く間に一万人を超える人数が集まった。
その中には減税目当てに送り出された子供や老人も居るため、全部が全部兵力として使うことは出来ないがそれでも武器を取って戦える人数は軽く8000を超える。
募兵に応じた民は、各地に駐留する騎士の元に割り振られ訓練を開始している。
王都に於いても総数六千の民が集まり、王直属の平民軍として編成された。各地でも続々と平民が集っているという。
と言っても細かな部隊分けはなく、騎士一名につき二名の民兵が配備されたり、他方を見れば百人単位で騎士隊長に率いられている場合もあった。
騎乗の経験があるものは更に別の部隊へと振り分けられたり、集まった民はおよそ五種類にわけられた。
特異な編成方法ではあったが、とりあえず異論を挟むものはいない。
それでも所々で反発していた諸侯は「当然主戦力は騎士である」と、セアが付け加えたことにより「平民は我々の盾にでもするのだろう」と思い直し黙っていた。
その時の光景を思い出しながらセアが笑う。
「全く、妾が本当にそのような使い方をするわけがあるまいて・・・」
民兵の訓練光景に満足したセアが身を翻した時、一人の騎士が駆け込んでくる。
「ティーガ砦より伝令で御座います!」
言いつつ差し出されたものは薄っぺらい一枚の紙。
先程セアが読んでいたのと似たようなものだ。
ご苦労、と騎士に声をかけ書状を一読する。
「明け方よりエクアランの攻勢が始まるも、我が方士気旺盛にて砦維持に支障無し」
という文句から始まり、敵兵の布陣や陣容等が事細かく記されている。
「短期で陥とす気満々のようじゃの。やはりそう長くは練兵を行えぬか・・・」
呟きつつもセアは懐から一枚の紙を取り出す。
「これをティーガへ、戻ってきたばかりじゃが飛べるかの?」
「はっ、多少の疲れは見えますが問題は無いかと」
「昼までに届けられれば良い、敵に射ち落とされるようなことだけは無いように固めるのじゃぞ」
一礼した騎士が足早に去っていく。
「手紙のやり取りというのも面倒なものじゃの。くそじじ・・・魔兵団長殿に言うて結界に頼らぬ遠話魔術でも研究させるか・・・」
今朝方からやり取りしているティーガとの書状。
その速さの秘密は訓練された鳥獣であった。
結界内であればどこでも使える遠話魔術であるが(当然出元と受け側の媒体は必要であるが)、結界を中和させる妨害結界を張られるとその内では一切の遠話が使えなくなる。
その為、遠話に頼らない迅速な通信手段の開発が古来より行われてきた。
結果、ウェインランド王国の行き着いた先は「空を高速で飛行する鳥獣による伝令」であった。
二点間の往復、あるいは一点への帰還を行うよう調教された鳥獣に文書を結わえ付けて飛ばすのである。
これにより、馬でも二日かかる王都―ティーガ間の伝令が僅か数時間で行き来が出来るようになった。
ただ、発見されれば敵に撃墜され機密が漏れるという危険があるためそう多用は出来ない。
防御魔術を込めた符を持たせたり、不可視魔術をかけたりと様々な工夫を施してはいるが確実ではない。
セアが持たせた書状は実際のところ何も書かれていない。
これは予め決められていた符合で、「予定通りに決行」という意味がある。
万一敵の手に渡った際の保険であった。
もっとも、鳥獣の速度はかなりの物なので余程の腕達者で無ければ狙撃して射ち落とすことは不可能であろう。
「さて、あまり猶予も無いようじゃし早々に歓迎の準備を整えるとしよう」
テラスから室内へと戻りつつセアが言う。
「これで数は何とかなった。次に武装じゃ。報告にあった通りの数は集まったか?」
「はい、王宮の予備武具をかき集めました。・・・それと」
「それと?」
「斃れた騎士達の装備も順調に回収出来ておりますので予定の数量以上を確保出来ています」
クラウスの顔は浮かない。
「むぅ・・・、同僚の遺品を使うのに抵抗があるのは分かるが・・・。今この時は背に腹は変えられぬ。妾とて好き好んでやらせているわけではないぞ?」
「いえ、騎士の装備に関しては良いのですが」
「含みのある言い方じゃの」
「陛下が直接そのような命を下さずとも宜しいのではないでしょうか」
足りないのならば第一王子の乱による死傷者の武具を回収せよ、という命令はセアが下した。
命令を受けた騎士隊長は一瞬唖然としたが、次の瞬間には直立不動となり了承の意を見せた。
死んだ兵士の装備を流用することは戦場では良くあることだ。
場合によっては野盗紛いの連中に剥がれ、奪われることすらある。
騎士隊長が驚いたのは、かなり具体的な指示をセアが出したことと、その指示の内容がセアの印象に余りにも似つかわしくなかった、というのもある。
「陛下は命令を下されれば宜しいのです。作戦指導ならまだしも、あのような汚れ役は我らが・・・」
「んー、確かに妾のイメージとは違っていたかもしれんのぅ。まぁあれじゃ、女には裏の顔があるとでも思っておけば良い」
口に手を当て、ほほほと笑うセアにクラウスが小声で言う。
「陛下も一応妙齢の女性なのですから・・・、もう少ししとやかさと言うかなんというか・・・」
「ついこの間まで姫様姫様と呼ばわっていたに今度は妙齢の女性ときたか!それに一応とはなんじゃ一応とは!」
「姫様は姫様らしくしてれば宜しいのです、無理に背伸びをする必要は無いかと思われます」
「私らしくって何!?ははーん、さては女に理想を追い求めるタイプね?薄々そんなことじゃ無いかと思ってたけど」
「私は御身を心配して、というか姫様素に戻っておりますが・・・」
「あっ、今のナシ!」
等と暫くギャアギャアとやりあってから肩を上下させながらセアが呟いた。
「・・・で、何でこんな話になったんだっけ?」
「・・・忘れました」
コホン、と咳払いをひとつ。
女王の顔に戻りつつセアが続けた。
「今は戦時中じゃ、戯れは今度にしよう」
「昔を思い出して楽しかったですが」
じろっ、と睨まれたクラウスも騎士の顔に戻る。
「で、なんであったか・・・。そうじゃ、あの命に関しては免罪符のようなもの思うておけば良い」
「免罪符ですか?」
「うむ、まがりなりにも騎士の称号を受けた者が死者の装備を剥ぎ取るなどイヤに決まっておろう。じゃが、上から受けた命令だと思えば少しは楽になる」
騎士の剣はそのまま墓標になることもある。
残念ながらウェインランド騎士団の古きよき騎士道精神は薄れてきている。
だが、主君への絶対の忠誠を誓う騎士の鑑と言うべき騎士というのも確かに存在している。
そして、王直下の近衛騎士団にはそういう人材が多い。
「死んだ騎士達も、自らの剣が祖国を守るのに振るわれるのであれば本望であろう」
同様のことを騎士隊長にも言ってある。
そんな殊勝なことを考える連中がどれほど居るかは分からないけど、と内心で思ってはいるが。
「これで数と武装が揃った。後は時間じゃ」
「エクアランが全力で陥としに来るのであればティーガはもって数日かと」
「まぁそんなところじゃろう」
「それと、兵の数は集まりましたが練兵の時間が不足しています」
何を分かりきったことを、と言わんばかりにセアが言う。
「その為の策であろう」