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イセアルーン戦記(仮)  作者: 白たむ
3/12

最前線

小分けしました。

「先鋒より伝令!抵抗らしき抵抗も無く、ティーガ砦に到着し布陣を完了したとのことです」


エクアラン本陣。

そこはウェインランド国境を抜けて二日後。

あと数時間進軍すればティーガ砦を指向出来る位置である。


野営の準備を始めている本隊を横目に、若い将軍が伝令からの報告を受けている。


「あぁ分かった。砦の様子はどんなものだ」

「はっ、未確認情報ではありますがウェインランド貴族のベルティーニとマークル他数種の旗印が入場するのを確認したとのことです」


それを聞き彼は微かに眉をひそめた。


「援軍が到着している、ということか?」

「敵の偽証の可能性もありますが、恐らくは援軍であるとのご判断で御座いました」


先陣を率いるバブルズは有能な武将である。

彼がそう判断したのであれば、敵の援軍が来着しているのは間違い無いだろう。


「分かった・・・、今夜はゆっくりと休むがいい」

「はっ!では失礼致します、ルータス将軍」


去っていく伝令を見送りながら将軍、ルータスは軽く溜息をつく。

二十九歳という若さにして、数々の軍略と謀略を学び将軍職に就き、「エクアラン随一の智将」と異名をとるルータスは、この遠征の参謀役として随行している。


「遠話で確認を取れればいいのだがな・・・」


言い置いて一際豪華な天幕、エクアラン皇太子の天幕に目をやった。

実質的な指揮権は大将軍に任じられた、彼の直属の上司であるグランダー将軍にあるとはいえ、あの皇太子では無謀な突撃を指示しかねない。


「ベルティーニとマークルが居るということはイスタンラントからの援軍と見るべきか。だとすれば二千程度の増員は覚悟しなければならないな」


当初の情報ではティーガ砦には千五百の兵が駐留していた。

それが倍以上になれば、落とす為の労力と被害も格段に跳ね上がることは間違いない。

難攻不落と呼ばれるティーガ砦は、攻城の常識である三倍どころか落とす為には5倍の兵力が必要である、とさえ言われている。


ほぼ事実であると確信してはいるが、あの混乱の中、短期間で援軍が来着していたのは頭痛の種であり「信じたくない」というのが本音であった。

ルータスは遠話が使えないことを多少恨みつつ、皇太子天幕へと足を向ける。


-遠話-

魔術の一種であり、遠話結界と呼ばれる球状結界の範囲内であれば特定の魔術を行使することによって遠く離れた人物と会話や映像のやり取りを出来る魔術である。

各国の戦略・謀略には情報が命であり、どんな小国でも遠話結界を張れる程度の魔術勢力は確保している。


だが、当然ではあるが情報漏洩に対する手段も講じられている。

妨害結界、と呼ばれる遠話結界の構成式を中和する魔術がある。

これを使用することによって、妨害結界が張られた範囲内では遠話魔術が使えなくなるのである。

と言っても便利な点ばかりではない。

固定式の陣を中心として張る遠話結界と違い、妨害結界は基本的には流動的な陣を用いる。

その為範囲は極端に狭くなり、精々が一つの戦域を覆うだけで精一杯となる。

無論、固定陣の方が範囲は広がるのだが、陣を中心に円状に広がる構造上出元が探知され易く、襲撃の的になりやすい為固定陣で張られることは殆ど無い。

固定式では絶えず変動する戦線についていけない、というデメリットもある。

そして、全ての遠話が使用不可能ということは当然のことながら自軍の遠話も使用が制限される。


先鋒は既にティーガ砦に到着し、妨害結界を張っている為遠話は使えない。

大規模な戦闘行動の際はほぼ例外なく妨害結界が張られ、部隊間の連携は伝令の手に頼られることになるが多い。


魔術というのも案外不便なものだ、と一人ごちながら天幕に向かい声をかけた。


「失礼致します、ルータスで御座います」


「入れ」


多少の間をおいて、天幕から声がかかった。

ルータスは一呼吸を置き、護衛の騎士の間を抜け天幕へと入り込む。


そこは戦場とは思えない空間であった。

地には毛の長い絨毯が敷き詰められ、香炉では香が炊かれ独特な香りが漂っている。

更には天幕の内側に飾り付けられた金銀財宝の数々・・・。


その中央に、これまた戦場に似つかわしくない豪奢な玉座に腰をかけているのがエクアラン皇太子だ。

左右には見目麗しい侍女―下級貴族の出であるが―を侍らせ、巨大な扇で風を送らせている。


―この無能者が。


ルータスは内心毒づきながら跪き、皇太子とその背後に立つ初老の男性に向けて声をかける。


「伝令より報告があり、先陣がティーガ砦に布陣したとのことで御座います。また、ティーガにはウェインランドの援軍が来着している模様で、その数は3000を越える兵力になっているかと思われます」


この報告を聞き、顔を顰めたのは背後に立つ初老の男性。

戦場経験の無い皇太子の代わりに、実質的な部隊指揮を行うグランダー将軍である。


「ははは、死に損ないが無駄な努力をするではないか!その程度この大軍の前ではひねり潰すのに造作もあるまい!」


皇太子の言葉は軽い。


「殿下、恐れ入りますがティーガ砦は難攻不落の要害。兵力が倍増したとなれば落とすのにかなりの犠牲を強いられることとなります」


グランダーが背後から声をかけるが、皇太子はたちまちの内にムッとした表情になり声を荒げる。


「それを考えるのが貴様の仕事であろう!無駄なことを言う暇があるのならば策のひとつでも出したらどうだ!?」


罵声を浴びせられてもグランダーの表情は揺るがない。

グランダーは下級貴族の出であるが、代々武人として王家に仕えて来た歴史がありその胆力は並ではない。

それに、慣れてしまったのもあるだろう。


「申し訳御座いませんでした、殿下。・・・それでは私はルータスと共に今後の戦術を練って参りますが退出しても?」

「ああいけいけ、万が一にでも敗北等は許さんぞ。この私の名前がかかった大戦だからな」


勝てば自分の功績、負ければ配下の責任。

王族としては典型的ではあるが、配下としては唇をかみ締めるしかない。


「畏まりました、それでは失礼致します」


深く頭を垂れたグランダーに続き、立ち上がったルータスが続いて頭を垂れる。

そして、天幕の入り口をくぐりかけた二人に背後から声がかかる。


「おおそうだ、朝までは天幕の中に誰も入れるんじゃないぞ。報告があれば明日の朝にしろ」


皇太子の目が、これまた無駄に豪華な寝台にちらちらと向けられている。

既にこの夜の行為で頭の中は一杯であろう。


御意、と一言だけ残し二人は天幕を後にする。

ルータスは、入り口に立つ護衛騎士を見ながら「護衛はそのままでも良いのか」とチラリと思ったが、天幕に防音魔術がかけられていることを思い出し思わず苦笑いがこみ上げた。


グランダーも同じようなことを考えていたのか、二人は目を合わせて嘆息した。

もっとも、グランダーの場合は防音魔術を張られている理由が、防諜の為ではなく夜の行為の比重が大きいことに対してだ。


「それで、王都の近衛はまだ動いていないのだな?」

「はい、数時間前の情報では王都からの出兵は無いようです」


グランダーが、その黒々とした髭を撫でる。


「援軍の出兵の速さは見事、次はどう出てくるか?」


当初の予定では、ウェインランド援軍来着の前に砦を包囲。

やってくる援軍を逆に各個撃破するというのが大まかな方針であった。


「これまでの傾向からすれば騎馬による陽動と奇襲、もしくは誘い込んだ上での魔術師による一斉砲撃等ですが」

「掴んだ情報では騎馬も術師も相当数を減じているようだ、同じ作戦を取ろうとしてもそう上手くはいかないだろう」

「はい、ですので後考えられるのは誘き寄せて伏兵、延びた兵站を断ち我が軍の指揮を挫くか・・・。後は火計や水攻め等の奇策ですが、斥候からの報告によればその兆候は見られないとのこと」


そこまで言い置いてからルータスが一呼吸置く。


「ともあれ、時間を稼ぎ準備を整えようとしているのは明白。まずは一刻も早くティーガ砦を無力化するのが先決かと」


グランダーが頷いた。


「そうだな、どう攻めるにせよティーガが残っているのは厄介だ。・・・ティーガをどう陥とす?」

「それに関しては腹案が御座います」


指揮所にたどり着いた二人は、空が白々と明け始めるまで策を練っていた。


=============================================================================================================================

―ティーガ砦―

一部小高くなった丘の上に建てられ、対エクアランの最前線に位置する砦である。

長年の増築に接ぐ増築により、その規模は既に要塞といえるところまで巨大化している。


単純に建物内だけでも収容人数は一万名、攻めるに難く守るに易い土地も多く、屋外陣地を構築すれば五万を越える兵力が駐留出来ると言われる大要塞となっていた。

実際にそんな大兵力が展開されることはほぼ無いので、実際には無駄な増築であるとも言えるが。


周辺は深い空堀が掘られ、幾重にも張られた馬防柵が林立し見るものに近寄りがたい印象を与える。

漆喰で固められた壁には弩の為の銃眼であろう穴が大量に開けられていた。

普段は下ろされている跳ね橋は上げられ、要所要所には弓や弩で武装した騎士が警戒に当たっている。


そのティーガ砦の頂点、周辺を一望出来る鐘楼の上に全身鎧を纏った二人が佇んでいる。

片方は使い古されたと思われる、くすみの目立つ鎧を着用している。それが逆に歴戦の勇士であるという印象を抱かせるが、着こなしといい口を覆う髭といいパッと見は山賊の頭のようでもあった。

将軍職を示す三ツ星勲章が飾られているが、それ以外に装飾らしきものは無い。

もう一方は下ろしたてと言われても信じそうな、光を反射しそうなほど磨き上げられたものである。

こちらは将軍職に次ぐ者の証、二ツ星勲章とそれ以外にもごちゃごちゃと勲章が飾られていた。


「ふん、聞いていたより随分と数が少ねぇじゃねぇか?」


口を開いたのは将軍、この砦の守将であるバルバロス右将軍である。

それに答えるのはバルバロス麾下の副将テュレンス、見た目は二十代半ばから後半と言ったところか。

縁の無い眼鏡と肩までかかる銀髪が印象的な青年だった。

彼はバルバロスの副将であるが、どちらかといえば参謀の色のほうが濃い。


「恐らくは何かの策でしょう、誘い釣りか迂回しての補給網分断か。もしくは更に迂回して本当にリーブズラントに向かったか・・・」

「夕べの密使か」


昨夜、斥候がエクアランの密使を捕らえ書状を奪った。

そこには「ティーガ砦は難攻不落であり、包囲無力化し敵の疲弊を待つ。迂闊に砦を攻略しようとせず、謀略を以って臨め」

と言う様な内容のことが書かれていた。


「ティーガとランクス以外の防備は手薄と言わざるを得ませんし、可能性が無いわけではないのが困ったところです」


眼下には今朝方到着した部隊が合流し、総数が倍以上に膨れたエクアラン軍の陣容がある。


「ここまで見え見えの展開だと更に裏があるのではないかと思ってしまう程ですが」

「そりゃぁ考えすぎじゃねぇのか?テュレンス、だから若ぇのに眉間に皺が寄っちまうんだよ」


言ってガハハと大口を開けて笑うバルバロス。

言われたほうのテュレンスはもう慣れましたと言わんばかりである。


「将軍こそ、たまには頭を使わないと益々老け込みますよ。もう見た目六十代と言われても信じられる程です」


バルバロスは四十半ばである。


「なっ、いくらなんでもそこまで老け込んじゃいねぇぞ!?」

「まぁ、余計なことをしなければ十日やそこらは持つはずです。そうすれば陛下が何かしらしてくれるでしょう」

「あの嬢ちゃんか・・・」


もう飽きました、と話を変えたテュレンスにバルバロスが複雑な表情を見せる。


先代国王の時代、今は無き王妃に頼まれセアに武芸全般の稽古をつけたのはバルバロスであった。


「姫様も難儀なことになぁ。バタバタしたと思ったらいきなり王様に祭り上げられて、お次は隣国の侵略ときたもんだ」

「将軍、一応今は国王なのですから陛下とお呼びしたほうが宜しいかと?」

「一応かよ・・・、まぁいい。公ではちゃんと呼んでるんだからいいじゃねぇか」


何か言いたげな表情であったが、バルバロスは口をつぐむ。

新王の采配に不安を抱いているのは何もテュレンスだけではない。

先王と第一王子、人格的には何かしら問題があったが武辺に於いては歴代の中でも上位であるという評判だった。

それに対し、武辺も無ければ智謀もあるようには見えないセアが頼りなく見えるのは当然のこと。


が、先日の軍議での采配はなかなかの物であったし、その後の指示も唸らざるを得ない内容でバルバロスをしてセアの評価はかなり上昇していた。


「ま、ウォーレンのクソジジイが居れば大丈夫だろ。俺らはやるべきことをやるだけだ。なぁ?テュレンス」

「どこまで楽観的なんですか・・・、やるべきことをやる点については賛同しますがね」


―五日間耐えよ


それが、つい昨日セアからあった指示である。

たったの五日で何が出来るのか?と思ったが、その後の作戦を聞くうちにある程度は理解出来た。

だが、その作戦の肝心要の部分である兵力の部分はどうするのか、という疑問には応えの無いままエクアランの先鋒が到着。

妨害結界を展開され、遠話魔術が封じられてしまった。


伝令での情報伝達は行っているが、敵の増援が到着している以上伝令の効果もなかなか上がらなくなるであろう。


配下は国王直属の第二騎士団千五百、そしてベルティーニやマークル、他数名の貴族が率いてきた貴族軍千七百の合計三千二百である。

兵力と蓄積されている物資だけ見れば、テュレンスの言葉通り十日程度はなんとか守り抜けるはずだ。


ただ、騎士たちの新王への不安や、貴族達の存在が行く手に暗雲となって立ち込めているかのようであった。


「おや?敵陣から・・・あれは使者でしょうか?」


テュレンスの呟きを耳にし、バルバロスがその方向を向く。


確かに一騎の騎兵が白旗を掲げて駆けてくるのが見えた。


「今頃使者だと?開戦の前口上でも言おうってのか」

「奇襲をかけておいてそんなわけないでしょう」


バッサリと斬り捨てて、テュレンスは鐘楼を下り始める。


「おい、冗談だっての。あー待て待て俺が先に行く」


バルバロスが慌てて後を追う。


どうやらまた一悶着起きそうな気配であった。

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二千の兵を分けティーガ砦に向けて送り出した後、エクアラン本隊はシャマソ―ティーガ間の街道を外れリーブズラント方面に向けた進路上にあった。

そろそろティーガ砦に使者が到着する頃合である。

その後の展開を計算しつつ、ルータスは馬を休め自らも地に腰を下ろして休息を取っていた。


「今頃ティーガでは大騒ぎしているのだろうな」


同じようなことを考えていたらしく、隣に座っているグランダーがニヤリとしながら言った。


「ええ、大騒ぎになることだけは間違いありません」


ティーガを攻めると見せかけ、実際には別の戦略拠点を落とし外堀を埋め王都の包囲網を完成させる。

典型的な陽動戦術ではあるが、確かに効果的な作戦ではある。


ちらりとグランダーの様子を伺ったルータスに、大きく頷き返すグランダー。

ルータスは全軍への伝令を走らせる。


ここまでは作戦通りだ。

後はどう転んでも良いようになるはずである。


「全軍進軍!」


伝令が数名「全軍進軍!」と叫びながら様々な方角に走り去る。


休息の時は終わり、ここからは本格的な戦闘行動になるはず。

ルータスは気を引き締めなおし、静かに前方を見据えた。


=============================================================================================================================

「ええい!エクアランのアホどもが舐めくさりおって!目に物見せてくれるわ!!」


ティーガ砦の作戦室で吠えているのはマルティーニ伯。

見れば他の諸侯も騒ぎ立てていないだけで顔を赤くしたり青くしたりと多様であった。


「お待ちくださいマルティーニ伯。このような見え透いた挑発に乗っては参りません」


冷静なのはバルバロスとテュレンスくらいのものである。


「挑発だと!?だがこれは誇り高きウェインランド貴族を侮辱しているのだぞ!それとも貴様らのような下級貴族の出の身には貴族としての誇りすら無いというのか!!」


憤りというものは無いのか!と言葉を続け、ゴホゴホと咳き込むマルティーニ。

白熱しすぎたのだろう。

マルティーニの咳がなかなかやまないのを見、マークルが言葉を続けた。


「確かに挑発に見えなくもありませんが、文面から察するに敵は我々の来着を感知していない様子。であれば、ティーガの要たる守将、つまりはお二人への内応の要請であることは間違いありません」



『ティーガ砦守将 バルバロス右将軍閣下へ


バルバロス将軍、貴殿に敬意を込めこの一書を呈します。貴殿の武勇は天下に鳴り響き我々の尊敬を集める御威光を放っておられます。

私も貴殿と同じ将軍職にあるものとして、いざ戦闘となれば、貴殿が勇猛果敢な戦をされ多大な戦果を挙げることでしょう。

然しながら、彼我の戦力差は歴然にして、我が軍が猛攻をかければ苦戦は免れないにしろ、ティーガ砦の陥落は必然。

この上貴殿が戦闘を継続し、有能な1500名の騎士を絶望的な死に追いやる事は、甚だ意義のない無益な事と私は信じます。

王都を守る貴族は無能揃いで貴殿の武勇の足元にも及ばず、そのような輩に貴殿程の勇士が命を賭けられる理由は何も無い、と私は思います。

高潔な指揮官である貴殿に対し、速かに砦を開城し、我が軍門に下られることを切に願います。

明日朝、砦より500歩の位置に我が軍の軍使を待機させましょう。

同様に、貴軍からも五名の軍使と白旗を以って同地へと差し向けられるよう、切に望みます。


エクアラン大将軍 バルダス・デン・グランダー』



バルバロスの武勇を褒め称え、エクアランに降れという内容の文面である。

これ自体はどこにでもある降伏勧告であるが、その中の一文に援軍としてやってきていた貴族のことごとくが激怒していた。


「よりにもよってこの我輩を無能呼ばわりとは!フォードやアンドレアの若造ならまだしも、言うに事欠いてこの我輩までも無能だと!!」


また怒りが湧き上がってきたのか、マルティーニが再度気炎を上げた。

その様子を見て、内心では呆れ果てながらもテュレンスが言葉を続ける。


「敵もバカ正直な文面を送ってくるわけがありません。恐らくは諸侯の皆様方の来着を察した上で挑発し、誘き寄せようとしているのです」

「ほう、では仮にそうだとしてたかだか四千程度の兵でこの砦を抑えきれるものですか?誉れ高い、第二騎士団の兵が討って出ればその程度の敵兵は軽く蹴散らせるのではありませんかな?」


いきり立つベルティーニと違い、マークルは飽くまでも落ち着いた口調である。

狐、と揶揄されるだけあり無駄に小知恵だけは働いている。


「そこに我等が加われば、一蹴するのに苦労はしますまい」

「それは敵の罠でしょう。恐らくはどこかに兵を隠しているか、何らかの秘策があるはずです」

「昨日捕えた密使によれば、本隊はリーブズラント攻略に向かったそうですがな?」

「その密使こそが罠であると言っているのです。あのような重要な書状を持った密使が容易く捕えられるはずがありません」


マークルの顔に嘲りが浮かんだ。


「先程戻った斥候の話によれば、エクアラン本隊は南西へと進路を向けているとのことですが・・・、それは如何しますかな?」


いつの間にそんな情報を・・・、とテュレンスが一瞬鼻白む。

優勢に立った、とでも思ったかマークルが畳み掛けるように言葉を続ける。


「リーブズラントはウェインランド第二都市であり交易の要、ここを抑えられるのは戦略的に大打撃となりましょう。

それに、リーブズが陥ちればトリストの砦が孤立無援となりアールス王国からの脅威にも晒されることとなる。

リーブズランドから王都までは平原が続くだけ、そこを通られれば数に不利な我が軍は散々に蹴散らされ王都陥落の憂き目にあうのではありませんかな。

それこそ王国存亡の危機!この危機を乗り越えられずして王国貴族たる資質は御座いません!

その為には正面の敵を打ち破り、リーブズラントに向けて進軍している敵軍の背後を突くのが上策!

このような簡単なことすら分からず、よくもまぁ参謀などやっていられるものですな」


はっはっは、と嘲笑をおまけにつけられ、普段冷静なテュレンスの額に青筋が浮かんだ。

それに気付いた、それまで黙していたバルバロスが口を開く。


「まぁ待て。罠だとしても降伏すると見せかけ軍使を送り油断を誘えば良い。場合によっては入城しようとする敵軍に討ってでることもあるだろう。とにかく、今しばらく様子を見るべきだ」


普段豪快であるバルバロスにしては妙に丁寧な口調であった。

序列上最高指揮官にあたるバルバロスに言われてしまえば、援軍として来着している貴族達は引き下がるしかない。


「行動を起こすとしても明日以降だ、それまでは城外に出ることは許さん」


断固とした口調で言い切られ、その日の軍議は終了した。


軍議後。

室内に残っているのはバルバロスとテュレンス、そしてバルバロス配下の騎士隊長の面々が数名である。


「あー・・・なんだ、その・・・。大丈夫か?」


バルバロスが恐る恐る声をかけた相手は他でもない、マークルと言い合っていた格好のまま微動だにしないテュレンスであった。

遠目に見守る騎士隊長らは異様な雰囲気に圧されて息を飲んでいる。


「何故でしょう・・・?」

「あ?」

「何故!あそこで!話を纏めてしまわれたのですかああああああああああああああああああ!!!!!!!」


ブチ切れた。


「あのまま言わせておけばこの手であの素っ首を斬り落としてやったと言うのにっっっっっ!!」


免疫のあるバルバロスはまだしも、話に聞いていた程度で実際に目にしたことの無い騎士隊長は無意識の内に後ずさりしている。

いや、こめかみがピクピクと痙攣しているのを見ればバルバロスすら引いているのかもしれない。


「おいおい、首を斬るて・・・。さすがにそれは出来んだろう」


冷や汗を浮かべつつバルバロスが否定するが、テュレンスは聞く耳を持っていないようだ。


「ほぅ、私にその程度のことが出来ないとでも?あのまま言わせたい放題言わせ、王国への反逆もしくは軍規に反する一言でも引き出せば問答無用で手打ちに出来たと言うのに?その程度のことすら私に出来ないとでも!?」


テュレンスの憤怒。

一部の騎士達の間では有名だが、普段は冷静で理知的に見える男だが一旦緒が切れれば凄まじい豹変をする。

その割りに、この状態になっても判断は的確で、数年前に国内に侵入した盗賊殲滅戦の際に苛烈な指揮をして瞬く間に盗賊を壊滅させたという経歴すらある。


ただ、周囲に居るものドンが引きしているのだけは間違いない。


「や、お前が怒る理由も分かるんだが・・・、戦争中に味方を斬るのは士気に関ってくるだろ?」

「あのような連中、今の内に斬り捨てて後顧の憂いを取り払っておくべきです・・・!」


言いながらも少しは落ち着いてきたらしく、イッてしまっていた眼光が次第に理知的な光を取り戻してくる。

いや、理知的な光は失われておらず、単純に狂気で塗りつぶしていただけかもしれない。


「ふんっ・・・まぁ良いでしょう・・・。あのような馬鹿が居なくても砦は守りきれます」


きっかけがあれば瞬間的に沸騰するが、その持続力はそれほど長くない。

きっかけが続けば沸騰状態も長続きする、とも言えるが。


「おう、じゃあ本題に入るぞ」


マトモな会話が出来るようになった!と内心喜びつつバルバロスが言うと、数歩どころか部屋の隅まで後退していた騎士隊長らが近づいてくる。


「お前ら・・・どこまで逃げてたんだこのやろう・・・」


バルバロスの呟きは誰の耳にも入ることは無かった。

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