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イセアルーン戦記(仮)  作者: 白たむ
2/12

軍議

小分けしました。

「報告します!エクアラン本隊が国境を突破!」


軍議の間へと早代わりした謁見の間の緊張感が高まる。

エクアランが本格侵攻を開始したのは間違いが無くなった。


―エクアラン侵攻―

北東に位置する隣国エクアラン王国。

山と河と大森林に三方を囲まれており、天然の要害とでも言うべき国土を有している。


領土としてはウェインランドの2/3程度であるが、接するウォルバン山脈に良質な鉄鉱山を有している為古くから軍備を強化してきた国である。

エクアランが領土を拡張しようとすれば、平野部で国土を接しているウェインランドと必然的にぶつかりあう形となる。

ここ最近は目立った争いも無く、表面上は平和であったが。

ウェインランドの内乱を機に一気に決着をつける腹なのだろう。


前日の夜、国境周辺にエクアランの軍勢が駐屯しているという報告があり、朝には先鋒が国境を破り侵攻を開始したという報せが届いた。


国境とは言うが、そこは両国の緩衝地帯となっており兵力は無い。

実際の防備は歩兵速度で二日あたりのウェインランド、ティーガ砦を中心として引かれている。


緩衝地帯を挟みにらみ合っている二つの砦。

ウェインランド前線砦ティーガ、エクアラン前線砦シャマソ。

この二つの砦の丁度中間地点が、現在のところ線引きされている境界となっている。


今朝方の報告でエクアラン先鋒およそ二千の歩兵が国境線を越えた。

そしてその二時間後、対応策を練る為軍議を開いた今まさに本隊侵攻開始の報せが届いた。


敵軍の発見が遅れたことや、諸侯の招集の遅れ等全てが後手後手に回っていた。

だが、ほんの数日前までの内乱状態では隣国への警戒が薄くなっても仕方のないことではある。

何がなんだかわからない、と言った表情で駆け付けた諸侯ではあるが深刻な表情をしている者は居ない。

どうせまた小競り合いで終わるであろう、とタカを括っているのである。


「なんと・・・、エクアランもついに重い腰を上げましたか」

「懲りない連中ですなぁ、また我が騎馬の力を見せ付けてやりましょうぞ」


挙句は笑い声を立てる始末であった。

そこにエクアラン本隊侵攻開始の報せが届くと、なに?と訝しげな表情になりエクアラン本隊の兵力を確認するとたちまちの内に顔を青ざめさせた。


「先鋒二千に加えて一万だと・・・?」

「バカな、一万二千など彼奴らの全力ではないか!?」


ここに到ってようやく事態の深刻さを理解する諸侯。


「さて、もうお分かりだろうがこれは今までの小競り合いの域ではない。我が国の内乱にかこつけ、エクアランもついに博打を打ってきたということだ」


集まった諸侯の中では最有力とされる貴族、フォード候が皆を睥睨する。


「ふん!全力で来るのなら丁度良い!返り討ちにして逆に侵攻し返してやろう!」


鼻息荒く拳を打ちつけた肥満気味な初老の貴族はベルティーニ伯。

先王の側近のうちの一人であったが、第一王子のクーデター後は真っ先に第一王子派にその身を投じている。


「ベルティーニ殿の言う通りです、目にもの見せてやりましょうぞ」


ベルティーニの隣に座る、対照的に痩せぎすな貴族が追従する。


「まぁ待てベルティーニ伯、マークル伯。今この場で息巻いても仕方があるまい。まずは現状を把握することが先決であろう」

「むぅ、確かにその通りですな!して、どのようなことを!」

「そうですね、そこを話さなければ行動は起こせません」


じっ、とフォード候を見つめる二人の伯爵。

この二人の伯爵は、「国王陛下の狐と狸」と言われ、時勢で勢いを持つものに擦り寄ることに非常に長けていた。

ある意味では貴族の鑑と言えるかもしれない。


その変わり身の速さに内心呆れつつ、フォード候が壇上を見る。

視線の先にあるのはセアの向かって右手側に立つ、いかつい大男である。

クラウスと違い、こちらは兜こそ着けていないものの、全身鎧でしっかりと身を固めていた。


「して、直属軍の様子は如何なものであろうか?パウル将軍」

「現在再編中ではありますが、ティーガとランクスの各砦に千五百、トリストの砦は先の被害が大きく残存兵五百。あとは王都に二千弱ですな」

「なんと・・・、半数以下か・・・」

「傷病兵も含めれば総計九千程度にはなりますが、まぁ使い物にはならんでしょうな」


普段無表情であるが、パウルの表情にはハッキリとした陰りがある。

そのことだけでも、どれ程に深刻な状況なのかを物語っている。


「そこに我が臣下を含め・・・、皆手持ちはどの程度の戦力がある?」


フォード候に問いかけられ「私は五百を動員出来ます!」「我輩は三百ですな」等と諸侯から声が上がる。

封建制を執るウェインランドでは、王直属の騎士団とは別に諸侯にもそれぞれの臣下と兵力が存在する。

聞こえてくる数字をさっと暗算し、公の表情が益々暗くなっていく。


「諸侯の軍で総数五千とは・・・」


全軍を合計すれば一万三千と、エクアラン本隊を超える兵力にはなるが何も相手はエクアランだけではない。

アーガスタ大陸ほぼ中央に位置するウェインランド王国は、東西こそ森林と山脈に囲まれているが南北には複数の国家と国境を接している。

そしてその情勢は、決して安穏としたものではない。

それ程大きくない大陸ではあるが、各地で群雄が割拠ししのぎを削り、興亡を繰り返している。

乱世、と呼ばれる所以であろう。

大国による領土の拡大、というものは過去何度もあったが、領土を広げるにつれ内部分裂や他国の包囲を受け滅亡の途を辿り、未だ統一国家というものは存在していない。

そんな情勢で、国境最前線の防衛線であるランクスとトリストの防衛を怠るわけにもいかず、かつ領内の野盗や徘徊する魔獣への対策もあり全兵力を一同に会することはほぼ不可能であった。



王都周辺にある、即座に軍事行動を起こせる兵力はおよそ五千。

ティーガ砦の兵力と合計してもエクアラン本軍の半分程度である。

あと二日後にはティーガ砦にエクアラン本軍が到着し、ティーガが陥ちれば王都までは数日もあれば到着してしまう。


「ティーガに兵力を送り持久戦に持ち込みましょう」

「いやいや、それよりも王都に兵力を結集して篭城戦をすべきだろう」

「こんな状況下で篭城ですと?援軍の来るアテも無いのに自殺願望でもお持ちですかな」

「各地の兵力を結集させ野戦で一挙に壊滅させる手も御座いますぞ」

「そうですな、決戦後に即座に各地に兵を戻せば大事は起こりますまい」

「ほう、ではその大事が起こってしまったらどうするおつもりか?王都に近い領地をお持ちでしたら良いかもしれませんが、辺境に位置する我等は足元の心配で戦どころではありませぬ」

「国家の存亡のときにそんなことを言っている場合か!」

「講和を結んではどうだろうか?」

「馬鹿なことを言うな!一戦も交えずに講和など降伏に等しい!」


フォード候が沈黙したのを契機に、次々と諸侯が持論を叫びだす。


「そんな消極的なことを言い出すとは!どうやら貴殿は臆病風に吹かれているらしい!」

「力で解決することしか考えられないどちらかよりは余程マシかと思っておりますがな」

「その力の差すら理解出来ない頭の割りに、口だけは良く回るご様子で」

「口が回らなくては貴族はやっていられませんなぁ」

「口すらも回らず考えることも出来ないような者が貴族位にいるというだけで怖気がしますな」

「貴様!我を侮辱するか!」


持論のぶつけ合いが罵詈雑言となり、あちこちで罵声が飛び交い今にも取っ組み合いが始まりそうな雰囲気である。

第一王子と第二王子の内乱時、ウェインランド貴族の二大派閥である貴族派の殆どが第二王子を擁立し、第一王子の苛烈な粛清にあって滅びている。

幸か不幸か、国内を二分していた派閥状況は王族派に大きくパワーバランスを傾けている。

集まっている諸侯は軒並みが王族派であるが、そんな中でもどろどろとした貴族間の確執と因襲は抜け切らないものである。


あまりの収拾のつかなさに、たまらず公が叱責の声を発しようとした時。


「静まらぬか!皆の者!」


一括され呆然とした諸侯が声の主を見る。

そこには厳しい表情をしたセアが座している。


「誰かが言っておったな?国家の存亡の時と。そんな時に国内でいがみ合ってなんとする!?少しは落ち着かぬか、みっともない」


セアに対する多くの諸侯が抱くイメージは、「深窓の姫君」であった。

先代王妃の楚々とした態度から、その娘もこうであるに違いないという思い込みである。

事実、社交界では完璧な礼節を見せ、民の前に姿を現す時は完璧な美少女を演じていたのだから仕方の無いことではある。

セアの努力の賜物であった。

もっとも、王城で暮らすセアと接したことがある者からすればそんな思い込みは一笑に伏してしまうのだが。


そんな「深窓の姫君」に一括され、度肝を抜かれた諸侯がたちまちのうちに大人しくなる。

セアの私生活を知っている公が思わず苦笑を漏らしてしまう。

左奥に控えているクラウスは毅然とした表情を崩さないが、内心では笑っているだろう。


「其方らの意見、興味深く拝聴した。どの案も一理ありそれぞれに一長一短じゃ」


諸侯は先程の狂乱が嘘のように静かに聞き入っている。


「敵と己を知らねば策も練られず、戦には勝利出来ぬ。敵の利点とはなんじゃ?」

「それは・・・、兵力でしょう」


持久戦・篭城戦論を唱えていた、この中では比較的若い世代に位置するアンドレア子爵である。

家柄は低めであるが、領地で善政を敷き民からの信望が厚く、忠義に厚い家臣が揃い有力な騎士団を編成している。


「うむ、彼我の戦力差は一対二、その通りじゃ。他は?」

「エクアラン軍勢は良質の武具を有しております。重装騎士の突撃は侮れないものがありますな」


パウルが答えた。


「それと奇襲によるアドバンテージ・・・つまりは時間で御座いましょうか」


それにフォード候が言葉を続ける。


「そうじゃな、後は相手が国を挙げた大遠征で国内の防備をほぼカラにして出撃しておる。・・・要するに背水の陣を敷き兵どもの指揮は高い。エクアラン皇太子の親征であることも一因になっておるかの」


三方を大自然の要害に囲まれているエクアランだからこそ取れる大博打であった。

勝てる要素が無いではないか・・・、諸侯が暗澹たる気分になる。


「逆に、我らの利点は何があるかの?」


場の空気など知りません、と言わんばかりにセアが問いかける。


「騎馬、魔術兵団、ですな」


パウル将軍の隣に佇む老人に目をやりつつフォード候が即答した。


エクアランはウォルバン山脈からなる鉄鉱山を複数有しており、良質な武具を揃えた重装騎士を主力としている。

対するウェインランドは、肥沃な大地により馬を産出し練度の高い騎馬隊を編成。

エクアランと戦端が開かれた際は機動力による突撃と撤退を繰り返しての攪乱戦術を主に用いてきた。


そして魔術兵団。

筆頭宮廷魔術師であり、近隣諸国では並ぶものが無いとされる魔術師、ウォーレンが率いる軍勢である。


「騎兵戦力も先の内乱でかなり消耗しておるが、魔術師の具合はどうなっておるかの?ウォーレン師」


セアの問いかけに、佇んでいた老人が目を開ける。


「申し訳御座いませぬが、麾下の魔術師も大分数を減じております。お恥ずかしい話では御座いますが、先の内乱に加え第一王子暗殺の一件で多くの魔術師を失って御座います」


内乱はともかく、第一王子暗殺の一件は第二王子派に流れた魔術師の手によるものであった。

最高術師であるウォーレンに加え筆頭術師達の手による防御結界を突破し、第一王子の暗殺を謀った魔術。

味方の結界であり、術式や構成をの抜け道をある程度知っているとはいえ、それは一人や二人の仕業ではない。

蓋を開けてみれば何のことは無い。

ウォーレン麾下の第三魔兵団の師団長を始めほぼ全員が第二王子派に寝返っていたのだ。

ウォーレン直下の第一魔兵団とウォーレンの孫娘が師団長を務める第二魔兵団が総力を挙げて討伐したのだが、2:1の戦力差があっても被害は甚大であった。


「ふむ、耳に挟んだ話では魔兵団もほぼ半数が壊滅しているという話だったかの?」

「お言葉の通りに御座います」


ウォーレンが深く頭を垂れる。


「まぁ良い、兵力を減じているとはいえ騎馬の機動力と魔術の長は我らの利点じゃ」


諸侯が頷く。


「これだけ分かっておれば、後は敵の利点を潰し互角かそれ以上の状況に持っていきさえすれば戦は必ず勝てる」


釣られて頷きかけた諸侯であったが、すぐに「それが出来るのならば苦労はしないだろう」という表情になった。


「一番重要なのは時間じゃ。時間と策さえあれば兵力は覆すことも可能、武具の差は騎馬と術師の使い方によっては如何様にも覆せる」

「では時間稼ぎを?」

「うむ、イスタンラントの軍勢をティーガ砦に差し向けよ、合計すれば三千には届くであろう?ティーガは難攻不落、三千の兵があればかなりの時間を稼げるはずじゃ」


イスタンラントは王都の真東に位置する城砦都市であり、昔は都市国家であったところをウェインランドが攻略し領地としたのが始まりである。


「仰せのままに。イスタンラントの諸侯は直ちに出陣、ティーガ砦へと向かえ!空いたイスタンラントの防備にはベルグラントの兵力の半数を向かわせる」


フォード候の指示に、数名の貴族が了承を意を告げる。

その中にはマルティーニとマークルの姿もあった。


「さて、バルバロス将軍。聞こえておったかの」


セアが間の中央に設置された水晶玉に向けて話しかけた。


「はっ!我等粉骨砕身し、砦を死守する所存!」


水晶の中に映っているのは、ティーガ砦を守る王国右将軍バルバロスであった。


「死守とまでいかなくても良いが・・・。敵の先鋒が取り付けば遠話も使えなくなろう、重きことがあれば迅速に報告するようにせい」

「承りました!」


威勢の良い声が謁見の間に響いた。


「これまでで何か不明点はあるかや?いざと言う時に役立たずでは話にならぬ、憚らずに申し上げぃ」


諸侯が顔を見合わせた。

口を開いたのは若きアンドレア子爵。


「陛下のご意向は理解致しました、しかし稼いだ時間を使い用いる策は如何するのでしょうか?」


我が意を得たり、と大きく頷く者が多い。

確かに、具体的な策はティーガへの援軍のみで他は一切話されていない。


「先刻は言うておらなんだが、我らの利点はもうひとつある」


それは?と訝しげな表情を浮かべる諸侯を見渡し、セアは言葉を続ける。


「地の利、じゃ。我が領土に不慣れな敵軍は必ずや惑わされよう」


確かに、これまでのエクアラン戦役では両国中間の緩衝地帯を中心に戦端が開かれており、最長でもお互いの前線砦までの侵攻しか行われたことが無かった。


「なるほど・・・、それは盲点でしたな。となれば地の利を生かした戦術を練るのでしょうか?」


フォード公の問いかけに、セアが軽く頷きながら答えた。


「うむ、伏兵じゃ」

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