序章
初作品です・・・至らない点当多々御座いますが、ご一読頂ければ幸いです。
「はぁぁぁぁぁ・・・さぁてどうしたものかしらねー・・・」
盛大なため息と共に呟いて、セアは手にしていた分厚い書物を放り出し天蓋付きのやたらと豪華なベッドに身を投げ出す。
その横跳ねた書籍がページを開いたまま転がった。
「大雑把なことしか書いてないだもんなぁ」
それに使われているのは紙。
一般的に出回っているような紙ではなく、上質の紙が分厚く束ねられている。
出回っている、と言っても紙は高級品の部類に入りそう簡単に使えるものではないし、平民の間では羊皮紙が未だに広く使われている。
開かれた頁には、この辺りでは見たことも無いような文字が羅列されていた。
「あー、もうなんでこんなことになってるのよ・・・」
それに応える者は居ない。
自室は自分以外に誰も居らず、だだっ広い室内にひとりである。
が、多種多様な調度品が部屋を飾っているが、少々寒々しいと感じることも多い。
寝転んだまま天蓋を見上げセアは思う。
自分は大森林の奥で暮らしていた筈だ。
それがいつの間にこんな豪華な部屋に寝泊りをして、絵本に出てくるお姫様のような暮らしをすることになったのか?
ごろっ、と顔を横に向けたセアの目に先程のものとは比べるべくもない薄っぺらい冊子が目に飛び込んでくる。
森の中で熊に襲われた母と娘、それを助けた勇敢な剣士。
お礼に、と暫く森の中で暮らしていく内に母親と剣士は互いに惹かれあっていく。
実はその剣士はとある国の王様で、王様に望まれた母親は王妃として迎え入れられ、娘はお姫様となって幸せに暮らしました。
あらすじとしてはこんなもので、いかにも陳腐な内容のある意味笑い飛ばしてしまうような内容である。
それが自分のことでなければ。
冊子に書かれている娘は自分のことである。
勇敢な剣士って誰のこと!?
大体、熊なんてどこから出た話!?
・・・とセアとしては内心絶叫したいところではあるが、残念なことにこの冊子は貴族や庶民の間に出回ってしまっている。
もっとも、識字率の低い庶民の間では吟遊詩人が歌うことによって広まっている部分が大きいが。
王族や有力貴族でもない母を王妃として迎え入れる為、当時の王が行った国民の人気取りの一環である。
確かに効果はあり、『女の子』つまりはセアの人気が上がった。
薄幸の美少女とでも捉えられたらしい。
薄幸の美少女が、幸運に恵まれて幸せになる。
絵本や昔話では典型的な話である。
得てして登場人物は美男美女で描かれ、村娘の憧れの的にもなりやすい。
更には、当人が美少女の名に相応しい容貌を備えていたのもそれを後押ししているだろう。
背中の半ばまで流れるプラチナブロンドの髪。
二重瞼が印象的な、茶色がかった大きな瞳からは可憐さと、その奥には理知的な光すら感じられる。
淡い微笑みで手でも振れば、そこらに転がっている男はころりと恋に落ちてしまうような風貌。
そんな理想のお姫様像を夢見た民からは、薄幸の美少女から深窓の姫と言ったイメージで見られている。
数年の時が経ち、身長も伸び女性らしい身体つきになってからは男性の人気にも拍車をかけている。
ともかく、結局二人を助けた王よりも助けられた二人の人気を上げる結果となったのである。
王としては目論見が外れ腹立たしいことではあるが、国民からの絶大な人気を得たことにより反対意見を唱えていた貴族らも表立って批判することは出来なくなった。
曲折的には目的を達しているといえば達している。
但し、出回った冊子を目にした貴族達の多くは失笑を浮かべることとなった。
「ガラじゃないんだけどなぁ、実際」
お姫様も楽なものではない。
王宮内は堅苦しく、礼節に厳しく、全く油断の出来ない場所であった。
貴族に接する社交辞令、貴族界での立ち居振る舞い、国民の前での偶像。
森で暮らしていた時間の方が長いセアにとって、それは苦痛以外の何者でも無かった。
それでも耐えられたのは母が居るため、であったが。
その母が居なくなってしまった今では?
だが、自分で決めたことだ。
最期まで、全力で、やり切ってやる・・・。
セアはもう一度溜息をつくと、ベッドから身を起こす。
そろそろ時間の筈だ。
コンコン、と。
それを待ち構えていたかのようにノックの音が響く。
「陛下、そろそろお時間ですがご用意は宜しいでしょうか?」
若い男性の声がした。
幼少の頃より身辺の護衛を行っている騎士、セアにとって数少ない信頼が置ける人物の声だった。
それに対し、セア―セアリィ・ウル・ウェイン・ティーダ―は言葉を返す。
「ん、大丈夫」
言いながら立ち上がり、騎士の待つ部屋の外へと向かう。
外には居たのは金髪に黒味がかった瞳を持つ、この辺りでは珍しい風貌の青年だった。
目付きは鋭いが、今は優しい光が宿っている。目付きを含めても全体的には優男風の顔立ちではあるが。
全身鎧を略式装着し、傍らにはロングソードを下げていた。
城内で帯剣を許されるのは近衛騎士の証であり、王の自室まで来られるのはそれだけの力があるということか。
「お待たせ」
言い置いて、立ち止まりもせず歩き出したセアが問う。
「揃ってるの?」
「はい、フォード候以下の主だった貴族は集合しております。遠方の貴族はもう少々時間がかかるかと思われますが」
フォード公は今は無き先代王妃の縁戚にあたる貴族で、現在のところは実質的に貴族達の取りまとめ役的な立場にある。
急いだ方が良いかもしれない。そのまま無言で歩き続ける。
早足であった為、すぐに目的の場所が見えてきた。
重厚な両開きの扉を前にして、行くわよと言いかけ、開きかけた口を閉じた。
ここからは女王として居なければならない。
「では行くぞクラウス、ついて参れ」
突如として口調を変えた主君に、苦笑ともとれる微笑を浮かべた騎士―クラウス・アーツ・スロヴィアス―が追従する。
「畏まりました、陛下」
謁見室の大広間に繋がる扉を勢い良く開け放ち、セアが足早に入室しクラウスがそれに続いた。
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王妃崩御。
その報せは瞬く間に国中を駆け回った。
血に塗れた即位といい、何かと悪いイメージの付き纏う王に比べ、名家の出でありながら気取ったところがなく、気さくな性格で、そして美しい王妃は民から良く慕われていた。
極端な圧政に走ろうとする王をやんわりとなだめ、その都度国の方向修正を行える程の器量をも持っていた。
王妃は王との間に2子を授かったが、第一王子は王の血を濃く受け継いでいるようで粗暴で冷酷な面がある。
第二王子は母の血を濃く受け継いだのか、大人しくともすれば内向的なとてもでは無いが王として民を率いれる器では無かった。
この王と王子でも、王妃が居れば大丈夫。
そんな希望を持たせる、現存ウェインランド王家唯一の良心とでも言うべき存在。
その王妃の死は、多くの民に悲しみと絶望を与えた。
王妃が居なくなってしまってはこの国は一体どうなってしまうのか?
先の見えない苦しみと、果てしない悲しみに国中が暗く沈んだ。
数ヵ月後。
王は突如として、国の西に広がるスィーリ大森林へと足を踏み入れる。
大森林の更に西方、アルグラン山脈の麓より続く広大な森である。
幾多の魔獣、亜人が住み着く魔境。
森の奥深くには数百年前に巨星が堕ちた際に出来た湖。
そこには太古より続く精霊の住処があるとも言われ、神聖視する者も居る。
そんな人跡未踏の地に。
王は僅かな供を連れて入り込んだ。
王は一体何を考えているのか?
人々は噂し合うが、仕舞いには「王は王妃を亡くした辛さで大森林で後を追う気である」等という噂すら飛び交った。
十日程の時が流れ、王は既に死んでいるという噂に真実味が出始めた頃。
王はひょっこりと王都へと戻った。
その傍らに絶世の美女と、それに良く似た少女を伴って。
数日の間、王と共にやってきた二人の話が人々の口から途切れることは無かった。
一体何者なんだろう?
あんな綺麗な人今まで見たことない!
大森林から連れ帰った、ってことだよなぁ・・・
優しそうな人だったよね
一緒に居た女の子も可愛かったなぁ
親子なのかな?
王はあの二人をどうする気なんだろう
王が帰還し、丁度一月が流れた時。
王は、新たに王妃を迎え入れる旨を民に示した。
その3日後。
盛大な結婚式が催されることとなる。
民の関心は、新しい王妃は一体何者なのか?という点に尽きる。
王が大森林から連れ帰った女であることは間違いがない。
では何故わざわざ大森林まで出向き、危険を冒してまで連れてきたのか?
それは王自らの口で明らかになる。
―大森林の奥に暮らす、精霊の末裔を王宮に迎え入れれば国は益々の発展を遂げるだろうという神託。
その神託に従い、新王妃を迎え入れた―
と。
王の隣で儚げな笑みを浮かべている王妃の姿は、民からすれば新たな希望。
そして、前王妃にも劣らない素晴らしい王妃であると錯覚させた。
周囲の熱気に煽られ、民は次々と王を称える。
ウェインランド王国万歳!
ヴィライゼ5世様万歳!
熱狂渦巻く結婚式は過ぎていった。
その夜。
王の寝室で。
王妃がぽつりと呟いた。
「これで、あの娘には手を出さないで頂けるのですね・・・?」
母親は娘を人質に取られ、娘は母親を人質に取られ強引に連れられてきた。
これが真実であった。
それから。
王妃はあらゆる手を使い、娘-セアリィ・ウル・ティーダ-を守る為奔走する。
自分が居なくならない限りは娘は自由になれない。
しかし、自分が居なくなったあとに娘は自由になれるのか?
あの貪欲な王のことだ。
そんなことは絶対に有り得ないと王妃は結論付ける。
王が娘を見る目に、下賎な欲望が混ざっていることに気付いていた。
ここ最近益々美しく成長した娘は、ただ立っているだけで人の目を惹きつけてやまない魅力がある。
それに、自分と娘の身体に流れる精霊の血。
精霊の末裔、ということを王は信じていない。
ただ自分の血筋に威厳を付ける為にその言葉を利用した。
そして、王妃の持つ魔導士としての血を取り入れようとしただけだ。
魔導士。
世に溢れる魔術とは、媒体を用い世を司る四大精霊の力を具現化する理。
自らの身体に流れる魔力を用い、その理を行う者。
即ち、魔術士。
だが魔道士は全ての魔術士が必要とする媒体を必要としない。
魔術士が杖に込めた魔力で杖の先から炎を引き出すとすれば、魔導士は内なる魔力により指先から炎を引き出すことが出来る。
魔道と魔術。
似て非なるもの。
その性質の差は天と地。
優秀な魔導士として数えられるのは、歴史を紐解いても驚くほどその数が少ない。
故に、その素質は貴重という言葉では足りない程の価値がある。
魔導士の血を引いた王家は数在るが、その全てがほぼ例外なく繁栄を遂げている。
王が欲したのは魔道の力。
王妃は己に出来うること全てを行う覚悟をする。
人からの好意を得る為、散り際の華の如き儚さを見せ。
人からの信頼を得る為、あらゆる人間に誠意を以って接し。
人からの助力を得る為、多くの人間と関わり、人脈を広げていった。
いつしか。
多くの人間から慕われるようになった王妃は、娘に力を与えるため心血を注ぐ。
有能な大臣から政治を学ばせ。
優秀な騎士から武術を学ばせ。
勇敢な将軍からは軍略を学ばせた。
親から子へと受け継がれた祖先の英知。
そして、一冊の本。
終わりは唐突に訪れた。
新王妃として民の前に立った、全てが変わったあの日。
それから五年後。
王妃は病に倒れ、王宮医師の懸命な努力も虚しくこの世を去った。
真実として精霊の血を受け継ぐ彼女であるが、人の血との混血により永劫の時を生きられるわけではない。
更に、濃く受け継いでいる精霊の血は、下界の風を常に拒絶している。
人と比べれば永い時を生きた彼女であったが、その生は短命であった。
母が世を去った日。
娘、セアは母の言葉を思い浮かべる。
毎日にように聞かされた言葉。
―貴女は自分の好きなように生きなさい―
皮肉にも、母が居なくなったことによりセアは自由を得た。
掛け替えの無いものを無くして得た自由。
静かに涙を流しながら、セアは眠りの淵へと落ちていく。
王妃の国葬の翌日。
セアの私室に王が現れた。
世の全てに絶望していたセアは、王が入ってきたこと気付いても何の反応も示さない。
王はつまらなさそうに舌打ちをすると、力なく座り込むセアの正面に立ち。
突然その身体を押し倒す。
我に返ったセアが王の身体を押しのけようとする。
だが、壮年の真っ盛りである王の腕力に細腕で敵う訳が無い。
組み伏せられたセアは必死の抵抗をし。
気付けば。
肩口を浅く斬り裂かれた王が、荒い呼吸でセアを見下ろしていた。
その視線には蔑みが混ざっていた。
王が母を愛しているとは、自分を愛しているとは思っていなかった。
しかし、ここまでハッキリと聞いてしまうとは。
―私は、お母様の身代わり・・・?
―この男に身体を捧げて、この男の為に生きることになるの?
もう何も考えたくない。
セアは両腕で顔を覆い、自らの殻に閉じこもるが如く意識を沈めた。
セアは幽閉された。
対魔術防御が徹底的に張り巡らされ。
屈強な騎士が常時扉の前を警戒し。
窓から外を見れば、遥か彼方に地上が見える。
そんな場所に。
幽閉ではあったが、室内では自由であった。
食事は決まった時間に運ばれた。
それも決して粗末なものではない王族が食べる食事が。
気心の知れたメイドが世話をしてくれたことはセアの心を多少軽くした。
幼い頃から身近に仕えてくれている、幼馴染のお世話係のような存在。
その彼女の口から、最も聞きたくないことを聞かされてしまう。
王は、セアを新王妃として迎え入れる心づもりである。
冗談もいい加減にしろ、と叫んだがその声が誰かに届くことは無かった。
しかし、それは真実であった。
結婚式までセアはこの部屋に幽閉され、式の後も恐らくは半幽閉の扱いでの暮らしになる。
自ら命を絶とうとし、母の言葉を思い出し踏みとどまる。
そんな毎日が続き、以前にも増した空虚さの中。
セアはただ生きるだけの人形になった。
そして。
第一王子の反乱が勃発する。
国王の興味が王妃、つまり精霊の血に向かっていることに気付き。
国王の跡継ぎが、新王妃との間に産まれるであろう子に継承されるのではと疑いを抱き。
国王が新たな王妃、セアを娶ろうとしていることにより確信し。
自らの命を守る為、子が親に反旗を翻す。
クーデターは一夜にして終わった。
第一王子の手勢が王城を密かに封鎖し、国王は第一王子自らの手で処断された。
翌日、国王は敵対国の暗殺者の手にかかり崩御と発表し、自らが王位を継承することを宣言する。
宣言から三日後。
第二王子を掲げる貴族らが蜂起。
王都より北西、メール川を挟んだ王国第二都市であるリーブズランドの支城を拠点に第二王子派が勢力を拡大する。
メール側以西は第二王子派により制圧され、ウェインランドを二分する内乱の様相を呈した。
しかし、メール側以西の領土は全国土の1/4に過ぎず、王家直属の近衛騎士団を掌中に納めた第一王子派が圧倒的な優勢を見せる。
第二王子派蜂起から14日後。
メール川の戦いにおいて、第二王子派は大敗しリーブズランド城へと篭城する。
第一王子派は、数の差に物を言わせ昼夜を問わず激しい攻撃を仕掛けリーブズランド城は陥落。
第二王子は処刑され、その首を王都の大広場で晒された。
同時に第二王子に加担した貴族勢力に対し、抵抗した者は勿論、降伏し許しを乞う者すら容赦なく処断する。
先代国王の即位に劣らない、血に塗れた即位であった。
国内の敵対勢力を一掃し、第一王子の戴冠式と。
先代国王の意思を継ぐもの、と謳い。
第一王子とセアとの結婚式が同時に行われることとなる。
その夜。
第一王子の私室で、セアはベッドに横たわっていた。
目まぐるしく変化する情勢に頭はついていかず、もうどうにでもなれと半ば自暴自棄になっていた。
閉じたままの瞳から涙が零れる。
もう、受け入れるしかない。
成り行きに身を任せ、されるがままの道を生きていかなくてはならない。
扉が開き、第一王子・・・いや国王が姿を現す。
ニヤニヤと下衆な笑いを顔に貼り付け、ベッドに横たわるセアの身体を眺めている。
ゆっくりと。
セアが瞼を上げる。
顔を向けると、近づいてくる国王の姿が見えた。
既に上半身はむき出しで、下半身を大きく隆起させた下着を着けているだけである。
余りのおぞましさにセアは顔を背けた。
ベッドが軋んだ。
国王が擦り寄ってくるのが気配で分かる。
抵抗する気すら起こらず、顔を背けたまま固く目を閉じた。
その時。
轟音と共に飛来した何かが、国王の身体を突き抜けた。
余りのことにセアが目を開けると、そこには虚空を見つめたまま転げ落ちる国王の姿があった。
魔術による狙撃。
回らない頭の中で、セアの頭にはその言葉が浮かんだ。
恐らくは敵対勢力の残党―第二王子派か敵対国かは知らないが―による暗殺であろう。
魔術防御が張り巡らされた王城、とりわけ防御の硬いはずの国王の私室の結界を貫く程の魔術である。
直撃した国王は既に事切れているだろう。
ぼんやりとした頭の中で、次は自分の番だとセアは思う。
何故か悲しみは無かった。
また母に会えるのかもしれない。
そんな想いが脳裏に浮かんだから。
母の願いは裏切ってしまう。
会えたら、最初に何て言おう。
分からないけど、まずは優しく抱きしめて欲しい。
自らの死を間近にして、セアは久々に安らぎを得た。
だが、いつまで経っても第二波が飛んでくる様子は無い。
それどころか音を聞きつけた衛兵や近衛魔術士が駆けつけてくる。
え?
いつの間にか護衛兵に周囲を囲まれたセアは不思議そうに首を傾げる。
何で?
全ての想いがこもった疑問であったが、応える声はない。
疑問だけが頭の中を巡り、駆け回り。
そして行き着いた先は・・・。
翌日。
宮廷魔術士の調べで狙撃魔術の発射元が特定され、王直属の魔術士部隊と近衛騎士団が拠点を襲撃。
後を追いに追い、暗殺者と黒幕の全てを捕えた。
第二王子派の生き残りの貴族が手勢の魔術師による大規模魔術を構成し、狙撃を行った。
貴族は処断され、実行犯である魔術士もその場で全員が処刑された。
そして。
セアは今、ウェインランド王国の戴冠式を迎えている。
王家直系の血筋がリーブズの乱で消え去り、傍流の血筋も先々代即位の際に根絶やしにされてしまっていた為、直接王家に関わっているのがセア以外に居なくなったのである。
血は繋がってはいないが、先代王妃の娘であり民からの人気があるセアは、混乱した市井を治めるのにうってつけの存在、とも言えた。
元は第一王子派であった貴族も、中立であった貴族も。
それぞれの思惑の元、セアの即位を支持する。
御前会議、と名をつけられた場で。
セアは。
自らの意思で。
王位継承を受け入れる。
そして今。
聳え立つ王城から突き出た白亜のテラスの上で。
セアの眼下にウェインランドの王都が広がり、見渡す限りに民が集まっているのが見えている。
様々な感情に彩られた無数の視線に晒されセアの背筋は冷たい。
この一月で起こった出来事は、民の心に王家に対する更なる不信を募らせた。
ウェインランド王家の一員であるというだけで疑念の表情を浮かべ困惑する民がいる。
国の行く末を嘆き、将来への不安を隠せていない民がいる。
しかし。
疑念を持ち困惑するのは「こうあって欲しい」という期待の現れ。
嘆き不安になるのは、「明るい未来」への希望の現れ。
総じて似たような表情を浮かべている民であったが、その中には確かに期待と希望があった。
ざわめいている民衆を片手を挙げて制すると、さざ波が広がるかのように静寂が訪れた。
私は・・・。
と言いかけ、セアは口ごもる。
自由に生きなさい、母の言葉を思い出した。
元々ぐちぐちと考え込むのは性に合わない。
ならば自由に、好きなようにやってやる。
母の生きた証を、私の生きる証をこの世界に刻み付ける。
自分の名前を、人々の心から忘れられない名前にしてみせる。
すぅ・・・、と大きく息を吸い込みセアは口を開いた。
―妾は、ウェインランド王位を継ぎ、王となった。
―さりとて、それは妾の力によるものではない。
―皆も知っておるように、先王が刺客の手に倒れ、王子らは内乱によって倒れた。
―血で塗れた惨劇の後、そこに立っていたのが妾であっただけに過ぎぬ。
―妾には何の力も無い!
―しかし、ここには皆が居る!
―国を愛する其方らの存在が力になる!
―妾のような小娘に国が統治出来るのであろうか?
―出来る!
―皆が力を貸してくれるのなら!
―妾は民に安寧を与えられるであろうか?
―出来る!
―皆が妾を信じてくれるのなら!
―妾は国を栄えさせ、民に豊穣をもたらせるであろうか?
―出来る!
―皆がひとつになれるのならば!
―妾はただの小娘に過ぎぬ。
―妾は、皆の存在があって初めて力を得ることが出来る!
―結集した、偉大な力を振るうことが出来る!
―国と共に!
―皆と共に!
―妾が皆を導く道標となろう!
―今こそ、国がひとつにならねばならぬ!
―団結し、困難を打ち破り、我らのこの手で未来を掴み取る!
―皆の力を、妾に貸してたもれ!
民の大歓声が上がった。
民を省みることの無かった先代までの王に対し、セアの演説は民にとって余りに鮮烈な物に映る。
未熟さが見える内容ではあるが、逆にそれが民心を掴むきっかけとなった。
―妾は、ウェインの名を継承し、セアリィ・ウル・ウェイン・ティーダとなり、ウェインランド王国国王となることを宣言する!
―皆、妾について参れ!
その夜、セアは赤面した顔でベッドの上で転げまわることとなった。
続きもまったりと執筆中です。
コンセプトとしては、ファンタジー版信○の野望(規模的には三国志か)。
戦略シミュレーションの剣と魔法版であまり見ないよなぁ、と思いつつこんなの欲しいと書いてみました。
今のところ戦術単位での話ですが、将来的には戦略単位でのお話となる・・・はずです。(こら)