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儚い選択

作者: 反兎


 −−−彼が死んだ。

 彼が死んでから私の時間も止まった。どれだけ自分がこうしているのかも解らない。何人もの人が私を心配して連絡をくれたり様子を見に来てくれたりしたが、もう誰も来なくなった。

 やっと静かになった。そう思っていたが…、そうでもない−−−


「ほら桃。季節ものだぞ」

 居間で横になってボーと空を眺めていたら誰かが来た。来た人物を見たが誰だか思い出せない。勝手に家に上がって来た人物は男で、桃が入った袋を笑顔で見せつけている。

(この人誰だったっけ−−?)

「ちょっと待ってろ。今剥いてやるからな」

 男は勝手に台所に行って勝手に何かしている。私は今だに彼が誰なのか思いだせない。

「ほら、甘くて美味しいぞ」

 男は切った桃を乗せた皿を私のすぐ側に置く。桃の甘く柔らかい匂いが漂ってくる。

「食べないの?」

 男は私の横に座って桃を摘んでいる。再度男を見るが誰だかどうしても思い出せない。私には親もいなければ兄弟もいないはず。

 じゃあ、この人は誰だろう−−?

「ほら、あーん…」

 男は桃を食べさせようとする。私は素直にそれに従った。

「美味しい?」

 匂いと違って甘いが少し渋い。桃の味だ。それ意外ない。

「桃の味」

「何だよ、それ!」

 意外な答えを聞いて男は楽しそうに笑う。その笑顔を見ると私は少し心が和やかに感じる。

 男がまた食べさせようとしたが私は首を振って「いらない」と示した。桃はそこまで好きではない。

「もういらないの?桃は切ってすぐ食べた方が渋味も少なくて美味しいよ。まだまだいっぱいあるのに…これじゃあ捨てないといけないな〜。あぁ、勿体ない…」

 横目で私を窺いながら男はわざとらしくそう言い、桃を一つ摘んでは大袈裟に「甘い」やら「美味い」を強調して言った。あまりにもしつこいので私は起き上がって桃を食べた。男を見ると満足げな顔をしている。何だか男の思い通りになるのは癪だったが、これは桃をムダにしない為だ。

「季節ものは食べるといいらしいぞ」

「でも桃を食べ過ぎると口が痒くなるから嫌だ」

「確かに、俺も痒くなる。残りはジャムかアイスにするか−−」

 確か、この男は春には蕨や竹の子を持って来てここであく抜きをして料理しては私に無理やり食べさせた。それにたくさん生えていたからとつくしをビニール袋にいっぱいに取って来て、あのヒラヒラを散々取らされたのを思いだすと私は少し憂鬱になった。

「−−あ!桃たっぷりのかき氷を作ろう」

 そう言ってすぐにでも買い出しに行きそうだった男の服を私は掴んで止めた。思いたったら即行動タイプだ。

「もういい!今はお腹いっぱい。だからかき氷は明日にしよう」

「相変わらず少食だな」

(あんたが大食いなんだよ…あれ…?)

 何で私はこの男が大食いだと知っているんだろう。まあ、名前は思い出せないが知り合いなのだしそんな事を知っていてもおかしくはない。

 私は横になって両手を広げた。

「ゆっくりしよう」

「そうだな。今日はあんまり暑くないし風が気持ちいいもんな」

 男もそう言って横になった。

 横になると畳みの匂いがする。この匂いを嗅ぐと何だか落ち着く。窓を全開に開けているので心地好い風が入ってきては、それと同時にチリンチリンと風鈴が鳴っている。

 私はこの感じがとても好きだ。


 男の手が私の指に微かに当たっている。私は変に固まってしまう。別に何かされるとは思ってはいないが、右手を動かしにくくなってしまった。下手に動かすと嫌がっているように思われるかもしれないし、そう思うと変に力が入る。それに何だか変な感じだ。やけに右手だけ脈打っている。

 さりげなく男の方を見てみると男は気持ち良さそうに寝ていた。あっけにとられた私は変な緊張がとけ、男の顔をまじまじと眺めた。

 彼を見ると懐かしい気持ちになるような気がする。一緒にいると落ち着くし何より一緒にいる事に違和感を感じない−−−、それなのに何で彼の名前を思い出せないんだろう?

 彼を見ると心が安らぐのに、何で彼を思い出せないんだろう−−−

「あなたは誰…?」

 少し経ってから男の口が動いた。

「思い出したい?」

 寝ていると思っていたら男は起きていたみたいだ。私の方を向いて視線が合う。目が逸らせないというより逸らしたくない。

「思い出したい…」

「じゃあ起きて」

「え…?」

 私は起きている。彼が言っている事が私には理解できずに困惑していると彼が私の手を握った。

「俺を思い出したいなら起きて」

 彼の優しい微笑みを見ると私は首を左右に振っていた。

「どうして?」

「わからない…」

「俺の事思い出したくない?」

 私はまた首を振る。彼の事を思い出したい−−−、けど何故だか体が拒絶する。そんな私を見て男は笑いながら言う。

「どっちなんだよ」

「わかんない…」

「この優柔不断が」

「…うるさい…」

 握っていた手を彼は指をからめて少し強めに握る。そして思い詰めたような目で私を見る。

「俺は思い出してほしい」

 彼のはかなげな微笑みを見ると、私はもう何も言えなかった。

 私は自分の意思を伝えるように彼の手を握り返し、天井を見上げて深呼吸し堅く目を閉じた。すると彼の手の温もりと感触がハッキリと伝わってくる。それが全身に伝わり体の力が抜けて浮遊している感じがする。

 意識がなくなる前に彼の「ありがとう」という声が聞こえた気がした。


 目が覚めると少し暗い真っ白の部屋にいた。体がいいように動かないが、私の右手には彼の手の温もりと感触がまだ残っている。

 そして私は彼を思い出した。

 あんなに愛した人なのに…、何故思い出せなかったのだろう−−−?

 何だか複雑な気持ちでいっぱいだった。私にとってどっちが良かったのかなんて解らない。


 それでも私はやっと彼を思い出せた。





『儚い選択』を読んで下さってありがとうございます。

思っていたのとは違う作品になったんですが…、これで良かったような気がします。

ニートをしているせいか私の時間は止まったままで…(まあ、最初に止まっていた時よりは2歳老けました(笑))

その生きているけど生きていない感を書きたかったんですけど力不足です(笑)


いつもの事なんですが自分の作品のジャンルがいまいち判りません。

そして毎度の事ながらの駄文に誤字脱字はご愛嬌という事でo(^-^)o



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