第一話 ファンタジー妄想少女
どうも、この作品を書かせていただきます、オコニクと申します。
オコニクって、変な名前ですよね、ほんと。
わかる人にはわかる名前な気がします。
ローマ字にするとokonikですから。
自己紹介はそれくらいにしといてですね、
この作品を読もうと、ページを開いてくださりありがとうございます。
とりあえず、更新が長引かないように、なんとか、頑張って、頑張りたいとおもいます笑
「ああ、もう来た…ッ!」
僕は真夜中の道をひたすら走っていた。夜の冷たい空気が呼吸をするたびに肺をひりひりと痛ませる。
息も絶え絶えに裸足のままで地面を蹴り、石を踏んだときの痛みすら我慢してただひたすらに走っていた。
流れていく汗が目に入り、視界をぼやかせる。
「お待ちください!危険です!早く戻って!」
じいやが、声を荒らげて僕を呼び止める。
でも、今は止まれない。せめて、あれをしないと、止まれない。止まってたまるものか。
身体を無理やり動かして、足を前へ前へと風を切るように突っ走った。
「やっと捕まえましたよ、さあ、帰りましょう」
気づけば僕は捕まっていた。
普通なら歳のとった爺に僕のような若者が捕まるわけがない。だけど、僕には常人の体力がない。
悔しいけどそれは仕方のないことなのだ。
僕はじいやに家に連れ戻され、僕の部屋に入れられる。
僕はさっき、家出をしていた。
別に、家に嫌気が差したからとかではないし、これが初めてのことでもない。何度もしていること。
最近は、あることの準備のため、家出をしている。
「にゃー…」
ベッドで横になっている僕にクゥが寄ってくる。クゥは全身黒色をした猫で、この前に家出をしたときに、道でぐったりとしていたので拾ってきた。
今はここまで元気になって、僕の唯一の友達となった。
寄ってくるクゥの首もとを手で撫でる。すると、喜んでいるのか、にゃーともう一声と言わんばかりに鳴いた。
「今日の収穫は少しだけだったよ、クゥ。でも、あと少しで目標は達成されるんだ」
クゥはゴロゴロと布団の上で転がった。
「今日はもう寝ることにしよう」
クゥにそう呟いて、明かりを消す。
「マディバ…」
マディバ、明かりを消すための魔法。僕はそれを使い、それから布団で全身を覆う。
クゥは僕の隣りで気持ち良さそうに横になった。そのままクゥと一緒に眠りに落ちた。
次の日の朝、僕は妙な温かさで目を覚ました。
すると、僕の横に寝ているのはクゥではなく、一人の少女だったのだ。
「な、ななな、なんで!?どうして!?え?」
状況が掴めない。少女は白くて綺麗な、あまり見たことのない服を来ていて、すやすやと眠っている。髪は黒茶色で長髪で艶艶とあまりにもきれいすぎる髪の毛だ。
(まさか、じいやの目論見か!?)
じいやは昨日、僕を追いかけて来た爺のことだが、とても優しい人で、僕の面倒をいつも見てくれている。世話役ということだ。
僕の年齢は18歳だ。じいやは良い年頃だという理由で、必要以上にお見合いの相手を紹介してくる。
今までは、お見合い相手がくるたびに断って来た。
お見合い相手も、じいやに言われたのか、何かしらのパフォーマンスを用意して来たが、全部、丁寧にお断りした。
だから今回もこんな新展開で僕の気を引きつけようとしてるのではないかと考えた。
そのとき、少女が目を覚ました。
「……こ、ここは」
「ごめんだけど、僕は今、結婚する気とかそんなことはさらさらないし、お付き合いする気もない。
わざわざ来てくれたのにごめんね」
目を覚ましたところで、さっさと蹴りをつけ、断らせてもらった。しかし、少女の返答は僕の思っていたこととはまったく違ったものだった。
「何を言ってるのですか?すみませんが、ここはどこでしょうか?」
何を言ってるのですか?だって?こっちが聞きたいくらいだよ。
「ここはパーサー王国だよ。冗談はもう良いから、ほら、出てった出てった」
僕は呆れながらも少女の身体を起こす。
「…成功したんだ…!成功、したんです!!」
「え?何が、成功したの?」
いきなり喜び出し、ガッツポーズをする少女に、少し戸惑う。
少女はきらきらと輝いた目で答えた。
「平行世界超越装置ですよ!…って、あ、あなたに言っても仕方ありませんか。それよりも報告しなければ…!」
少女はベッドからサッと起き上がり、隣りに置いてあった大きな箱を開けて中を探り出した。
僕はその姿が少し興味深くなり、それを見守った。今度の見合い相手のパフォーマンスがさぞかし面白いものになるのではと思ったからだ。
「あれ、おかしい…」
「どうしたんだよ?」
いままで喜んでいた表情が焦りに変わっていくのを見て、聞かずにはいられなかった。
少女は小さな声で言った。
「装置が、故障してる…」
「装置?」
なんのことを言ってるのかさっぱりだ。だんだんと、イライラしてきた。パフォーマンスならしっかり準備してきてほしいものだ。
すると、少女は、僕の目の前まできて、髪の毛をかきあげながら言った。
「あなたには信じられないかもしれませんが、私はパラレルワールドを越えて、この世界にきました」
(パラレルワールド…だって?)
どこかで聞いたことがある言葉だ。
「なんだって…?」
「あ、そうでした。パラレルワールドというものを知りませんか。パラレルワールドというのはもしもの世界で、あなたが想像できる世界、またはもしもの数だけの世界のことです」
「あっはははははッ!」
僕は思わず笑ってしまった。本で読んだことがある。パラレルワールドというものを。
「面白いね、キミ。でも、それは科学というファンタジーだよ?変な本の読みすぎじゃない?」
この世界では魔法が礎となっている。僕の読んだ本では科学という技術を用いて進歩した世界を忠実に書かれていた。
「なるほど、この世界では科学がファンタジーですか。では、証拠でも見せましょうか」
(証拠?)
少女はまた、大きな箱を探り、あるものを取り出した。
「これはなんだかわかりますか?」
少女は大きな箱から手のひらサイズの小さな箱を取り出して、僕に見せた。
これは見たことがない。なんだろうか。
「知らないようですね。これは、マッチというものです。
私の時代ではマッチなどは最早必要の無くなったレトログッズですが……と、まあ、それはよしとしましょう。
マッチは塩素酸カリウム、硫黄、硫化アンチモンなどからできていて、ここの部分で擦ると…」
少女はそのマッチとやらについて意味のわからない説明をしたあとに、その箱の中から一本の棒を取り出し、それを箱の側面に擦り付けた。
途端にその棒は火を吹き、燃えだす。
「わっ!なんだその魔法は…」
僕の知っている魔法でも棒の先端だけを燃やすことなんてできない。少女は確かに右手に棒を持っている。
火の魔法を使ったとしたら、棒ごと全て燃やしてしまうことになる。
もし、自分の思った通りの部位を燃やせる魔法があるならばすごいとしか言いようがない。
そして、少女はそのマッチを手元で振り火を消してから、自信ありげな顔で言い放った。
「これが、科学です」
「え?何かの魔法ではないの?」
マッチの火のにおいが空気中に漂う。
「そこまで疑うのでしたら、あなたの……ええと、お名前は?」
「ユーマ。ラキテル・ユーマ」
「ユーマさんですか。では、ユーマさんの知っている科学は如何なるものですか?」
俺の知っている科学は…確か、飛行機とか…
でも、飛行機ってかなり大きいと本に書いてあったのだけど…
この箱の中にそれが入ってるとは考えにくいし。
いや、逆に出せないような物を言ってやれば、この少女は困って何も言い返せなくなるのではないか?
「飛行機…なんてものなら知ってる。たしか、鉄の塊が人を乗せて空を高速で飛ぶんだっけ?」
僕は、にやけるのを堪えながら少女に言った。
「飛行機、そうですね。あれはものすごく科学の力を使っています。
でも、さすがに私は飛行機を持っていません」
やっぱりか、と心の中でほくそ笑む。明らかに出せそうに無いものを言ってやると、このファンタジー妄想少女は困った顔をするのだ。
「これなら、どうですか?」
少女はそう言うと、今度は箱からなにやら薄っぺらいものを取り出した。
「なにそれ、魔法古紙?これまた高価なもの持ってるんだね」
「魔法古紙…とやらは知りませんが、これは紙と呼ばれるもので、ここにペンで文字を書き込むのです。が、今回はこれをこうします」
少女はその場でしゃがみ込んだ。紙を地べたにおき、それを器用に折りたたんでいく。
紙はみるみるうちにコンパクトになっていき、やがて少女は立ち上がった。
「完成です」
「……それは?」
「紙飛行機です」
「これが、飛行機?」
少女の持っているそれは僕の想像していた飛行機とまるで違うものだった。
まず鉄の塊でもなければ人が乗れるような大きさでもない。
どこからどうみても飛行機には見えない。
「ふざけてる?」
僕はつい、そんな言葉をぶつけてしまった。 少女は何一つ顔色を変えず、説明を始める。
「確かにこれは実物の飛行機ではありません。
しかし、原理はほとんど同じです。簡単にいえば揚力を発生させて飛ぶのです」
「ようりょく…ねえ」
そんなこと言われてもそこまでファンタジーに詳しくないからわかるはずがない。
だが、その紙飛行機と、実際の飛行機と、原理は同じなのは確かなのだろう。
「でも、そんなものが飛ぶわけないよ。きっと、ストンと真下に落ちる」
「見ていてください」
少女はそう言って右手に持っていた紙飛行機をそっと空中へ放った。
「なっ…」
予想していたのとは反対で、紙飛行機は部屋中を優雅にゆったりと飛び続けた。
少女はそれを見てから、僕のほうを向いて、誇らしげに言った。
「信じてもらえましたか?私は科学の進んだ、パラレルワールドから来たのですよ。その科学の力で」
まだ飛び回っている紙飛行機を僕は目で追いかけながら、その言葉を信じてしまった。
「なるほど、この世界の仕組みは大方理解できました。魔法の進んだ世界ですか。しかし 不思議ですね」
それからというもの、僕の世界のことを大体説明すると、少女はすぐに理解した。
しかし、そのあと直ぐに斜めに首を傾げる。
何に対して首を傾げたのか、少し気になって、少女に聞き返す。
「何が?」
少女は一つ、間をおいてから質問に答えた。
「私たちの世界では、魔法が使えません」
「それは、科学が進んだ世界だからじゃないの?」
それは当然のことではないだろうか。パラレルワールドとはもしもの世界。
なら、魔法が使えない世界もあるのも当たり前だ。
「それならば、この魔法の進んだ世界で、科学が使えるのはなぜですか?」
……確かに言われてみればそうだ。
少女はマッチやら飛行機やらと科学で発生するものをここで披露した。
つまりここで、科学が使えるということだ。
「あれじゃないか?魔法だけが進んだけど、実際は魔法も科学も使える世界、ってことじゃないか?」
「うーん…そうとしか考えられませんが…」
なんだか、不満そうな顔をしている。
「そういえば、君の名前を聞いてないんだけど…」
「あ、すみません。私の名前は柊星です」
聞いたことがない珍しい名前だな。これもパラレルワールドから来たからなのだろう。
「おや、この猫は…?」
「ああ、そいつはクゥっていうんだよ。僕の唯一の友達」
「猫が友達…ですか?」
「うん。僕にはちゃんとした人間の付き合いが無いんだ。笑いたいなら笑ってもいいよ」
少女は猫の額を撫でている。僕以外にあまり懐かないクゥが、少女に懐いている。
「いえ、笑いませんよ。それどころか、生き物が友達っていいですね。私は数学が一番の友達でした」
「すうがく…?」
「数の学問です。間違った答えを教えることのない、いつも正確な答えを導き出してくれるのです」
…なんか、この少女は可哀想だ。別にルックスが悪いとかでもないし、何かの境遇で育ったわけでもなさそうなのに、友達がいない。
それに学問が友達なんて…
「クゥは友達になりたがってるぞ。そいつ、あまり人に懐かないんだよ」
「……いえ、これはただ単に猫は額を撫でられるのが嬉しいだけです。私にはこれっぽっちも懐いていない」
「…ところで、ヒイラギは、もう元の世界に帰るのか?」
「それなのですが…こちらの世界に来たときに使用した装置が故障してしまって…帰れないのです…」
(装置が故障した…?そういえばさっきもそんなこと言っていたが、そのことだったのか)
「そこで、提案なのですが、私をこの家に泊めてもらえませんか?」
「え、ええっ?」
「もちろんただ、というわけではありません。私なりにユーマさんの力になってみせますから」
力に、なる…?ほんとなのだろうか?でも今、僕には人手がほしい。
このチャンスを逃すことは、僕の心が許さないと言っている。
「わかった。ほんとうに力になってくれるんだよね?」
「もちろんです。身体で、などは受け付けませんが」
「そ、そんなことしないよ!僕を誰だと思ってるんだ」
ヒイラギは今日で初めての笑顔を見せる。
「今から朝食なんだ。ヒイラギもどう?」
「いいのですか?!私、三日間程度、何も食べていなくて…」
お腹を摩りながら、今日一番の輝きを見せる。
「なら、はやく食べないとな」
三日間も何も食べなくても、人って生きていけるんだな。と、感心しつつも驚きながら、朝食が用意されているであろう食卓室へと向かう。
じいやは、いつもご飯をつくってくれたり僕の身の回りのことをしてくれたりする。
そのうえ、勘の良い男できっと、朝食は2人分用意されているだろう。
もはや勘の良いとかいうレベルではなく監視してるのではないかというくらいだ。
僕はドアを開けて、寝室を出る。
「すごい……」
背後でヒイラギが静かに呟いた。
「何が?」
「豪邸にも…ほどがありますよ」
僕の家が豪邸だということだろうか?豪邸といっても、部屋が52個あるくらいで、ちょっとしたお金を持っている人ならすぐに建てれるほどなんだけど…
「お腹、空いてたんじゃないの?」
ずっと見惚れているヒイラギを、僕は現実世界に戻してあげた。
はっ、と気づいて、すぐに食事モードへと変わった。
「ほら、着いたよ」
すこし階段を降りたり上がったりして、食卓室に到着した。
食卓室は食事する他には何も使わないし、じいやも僕も、誰も入らない。
ドアを開けて、いよいよ中へと入った。
「ほら、そこ座って」
予想通りに、食事は二人分あった。流石、じいやである。
ヒイラギを椅子に座らせて、僕も椅子に座った。と、そこへじいやが部屋に入ってきた。
「失礼します、坊ちゃま」
「ああ、どうしたの?」
「今日の食事は三名分用意させていただいたのですが……」
じいやは、チラッとヒイラギの方を見る。ヒイラギはそれに反応して、立ち上がった。
「あ、ありがとうございます!」
立ち上がった勢いが過ぎて大声を出してしまっている。
「お礼をおっしゃる必要はございません。お客様には当然のことです」
「あ……はい」
ヒイラギは顔を赤くして、もう一度椅子に座り直した。
「それで、坊ちゃま。間違えて、三名分用意してしまい、申し訳ありませんでした」
「え?いいよ、いいよ。
いつも間違いなんて起こさないんだから、たまには間違いくらい構わないよ。
それに、この分は、お腹の空い てるヒイラギが食べるしな」
チラッとヒイラギのほうを見ると、どこか無愛想な顔でじいやを見ていた。
「本当に申し訳ありません…失礼します」
パタンと、ゆっくりとドアが閉められた途端、ヒイラギが鋭い目をしてこちらを見る。
「ユーマさん?」
きっと、さっきの「お腹の空いてるヒイラギが食べる」という件に怒っているのだろう。女性は大食いだと思われるのが嫌いだと本で読んだことがある。
「いや、今のはじいやを庇うというか、そんな感じのために言ったわけで…」
僕は当然、言い訳をするが、ヒイラギは少し違っていた。
「そうではありません」
「え?」
「先ほどのじいや…ですか?「じいやはいつも間違いなんて起こさない」とユーマさん言いましたよね?」
「…うん、そうだけど?」
確かに、じいやは間違いを起こしたことがない。人智を超えるレベルの執事だ。
「いつも間違いを起こさない。
きっちりとした執事。
私がこの家にいるであろうことも予想して、この食卓を用意したほどの執事」
「この家の部屋はここに来るまでにザッと見た限りで40近くに及びます。
カメラのような監視器具もない。
それどころか、じいやさんが隠れて監視している気配もない。
なのに、私が居ることがわかった。とても勘の良い執事」
「……何を言いたいんだ?」
「わかりませんか?ここまで完璧な執事が、その執事にとって簡単なことである食卓を用意するだけのことで、ミスをすると思いますか?」
…そういえば、確かに言われてみればそうだ。
一度、僕の家でとあるパーティを開くことになったことがある。
その時、じいやにパーティをすることを伝え忘れて、人を招いてしまった。
招いた人数は24人。
伝え忘れていたから、人数も知らないはずなのに、来客を一度も見なかったのに、食卓に食事が並べられた。
そのとき、食卓に並べられたのは25人分。
じいやのミスを珍しく思っていたら、少し遅れて一人、パーティにやってきたのだ。
つまり、じいやは後から一人、来ることすら予想していたのだ。
「つまり、この家にはもう一人、来客がいます。
しかし、じいやさんが泥棒を来客と判断することはないでしょう。
ということは、信じられませんが、もう一人、パラレルワールドから来た人がいるということです」
パラレルワールドから、また一人来た?そんなことがありえるのだろうか?もし、科学の力で来たのだとしたら、ヒイラギは帰れるかもしれない。
「……行こう、食事はあとだ」
「はい」
僕たちは急いで部屋に戻る。
ヒイラギ曰く、パラレルワールドから人がくるなら一番確率が高いのが僕の部屋らしい。
確率がなんなのか、なぜ僕の部屋なのかはわからないが、とりあえずその通りにした。
部屋に着くと、急いで部屋のドアを開けた。
「あ……」
「どうかしました?」
部屋に入ってみると、僕のベットに、一人の少女が寝ていた。
「起きて、起きて」
「んん…?なにぃ…?」
その少女は目を擦りながら身体を起こした。
「えっ?!はへっ?!ここどこっ!?えっ!?」
「ここは僕の家だけど…」
「…ぅぅう!この、変態ッ!誘拐魔ッ!死ねッ!」
少女はいきなり僕に馬乗りになって、容赦無くおうふくビンタを繰り出す。
「痛いって!痛いッ!ほんとやめ…痛ッ!」
「うるさいっ!変態っ!誘拐魔ッ!死ねッ!」
ひたすら、僕の頬を平手打ちしていると、だんだん開かれていた手が閉じて、グーの形へと変わっていく…
パシッという音だったはずが、ゴツッという 鈍い音に変わっていく…
「もうやめましょう」
「え…?」
僕を殴っていた手をヒイラギが止めた。
「あなたは誘拐されたのではありません。原因はわかりませんが、あなたはパラレルワールドの世界に移動してしまったのです」
「パラレル…ワールド?」
「そうです」
「そんなこと…信じるわけ…ないでしょッ!この、誘拐魔がッ!」
僕から目標を変え、ヒイラギに馬乗りになろうとする。
それはだめだ。流石に僕は男だから顔にキズがついても、かっこいい感じになったりするが、女性が顔にキズをつけたらだめだ!これも本に書いてあった!
そのとき、ヒイラギの手が少女の首にゆっくりとのびて、バジジッと音がなった。
「ひぅっ……」
少女は力なく、その場で崩れ落ちた。
「ヒイラギ!!それはだめだよ!!」
僕はつい、ヒイラギが少女を殺してしまったと思った。
「死んではいません、気絶しただけです。それよりも、この人を縛っておきましょう。目が覚めたらまた暴れ出しますよ」
「そ、そうだね…」
僕たちは少女とロープをもって、食卓室へ再び戻った。
戻ったらすぐに少女を椅子に座らせて、ロープで椅子と一緒に縛り上げた。
「では、食事の続きをしましょう。お腹が空いて…」
「そうだね、そうしよう」
「では、いただきます」
「……それはなに?」
「それ、とは?」
「その、手を合わせてる。なんで?」
ヒイラギは手を合わせて、目をつぶって、まるで魔法でも使うかのような姿だ。
「これは、これらの食事のために奪われた動物の命や植物の命に感謝をしているのです。私たちの世界の習慣なのです」
そうだったのか。
にしても、ヒイラギの世界は平和だな。動物の命とか重んじて、そんなポーズまでして。
「じゃあ、僕も。いただきます」
僕も、同じ感じで手を合わせて、いただきますをした。
それからすぐに食べ始める。黙々と食べていると、先ほどの少女が目を覚ました。
「こっ、これはっ!?」
ヒイラギは少女が目を覚ましたことに気づいていないのか、次へ、次へと忙しなく口へ食べ物を運ぶ。
「誘拐魔っ!これが誘拐じゃなくて、なんと言うのです!!」
バタバタとしてロープを外そうとする。
「あのね、僕たちは誘拐なんてしてないんだよ。君が暴れるから仕方なく…」
「誘拐されて暴れない人が居るわけないでしょーがッ!誘拐魔のくせにバカなのっ!?」
バタバタとロープの中で暴れ続ける少女を一切気にせず、ヒイラギは水を飲んでから、僕に言った。
「ユーマさん、その子に話しかけなくても構いません。
彼女が私たちを信じない限り、ロープを外すことはできませんし、その様子だと何を言っても無駄です。
そんなことより、こちらのほうがより効果的です」
ヒイラギはフォークを起き、立ち上がって少女のところに来た。
「な、何をするのです…!」
途端にヒイラギは少女の目を布で覆い目隠しをする。
「ちょっと!見えないじゃないですかっ!」
「ユーマさん、あなたは何も話さないでくださいね。では、食事を続けましょう」
ヒイラギは椅子に座ってフォークを持ち、何事もなかったかのように食べ始める。
僕も食事を再開させる。
少したって、気づいたことが、さっきよりも少女が静かになった。
寝ているのだろうか?
ヒイラギは相変わらずの様子で食べ進める。その調子だと、もう食べ終わりそうだ。
僕もそれに合わせて食べ進める。
やがてヒイラギは食べ終わると、立ち上がって再び少女のもとに来た。
そして耳元で囁く。
「私たちは誘拐魔なんかじゃありませんよ?」
「ひっ…」
少女の態度が先ほどとかなり変化してきている。何かがおかしい…
「そうですよね?私たちは誘拐魔じゃないですよね?」
「もぅ……許して…ひくっ」
とうとう少女は泣き出してしまった。
「ヒイラギ、もういいよ。泣いてるじゃないか」
「ユーマさんは黙っていてください」
ヒイラギは一体何をしたいんだろうか。こんなことして、何をしたいんだろうか。
「もう一度、聞きます。私たちは誘拐魔ではありませんよね?」
「…ごめんなさい…」
「私が聞いてることに答えてください。でなければ、あと一時間、この状態を続けますが?」
「そうです…誘拐魔なんかじゃありません…」
「今まで、ユーマさんや私に対して言ったことを前言撤回していただけますか?」
「もういいよっ!!こんなこと!する必要ないっ!」
僕はヒイラギの言葉を遮って少女の目を覆っていた布を外し、ロープもほどいた。
「ほら、こんなにも体が冷えてるじゃないかっ!」
「恐怖による心の支配。ちょっとした実験をしただけです。
人は視界を奪われたとき、それまで持っていたプライドを捨て、意志をも捨てさり、身近に居る何かにすがりよる。
たとえそれが、誘拐犯だと思っていた人でも」
ヒイラギは少女を見ながらそう言った。
「大丈夫です。
体が冷えてるのは恐怖を感じ続けただけです。少ししたら治ります」
「本当か?」
「ええ、本当です。今、彼女は頭の中でいろいろなことを整理しているはずです。
私たちが誘拐したわけじゃないということもね。
私はユーマさんの部屋に戻ってます。
彼女が普通に話せるようになったら、来てくださいね」
ヒイラギは微笑みながら食卓室を出た。
「ほら、ちゃんと座り直して」
僕がそういうと少女はきちんと座り直した。
「それ、食べていいんだぞ?」
「…うん、いただきます…」
相当お腹が空いていたのか、それともヒイラギによる恐怖がそうさせたのか、少女はバクバクと食べ続ける。
僕はそれを見ながら、いろいろと質問を投げかけることにした。
「君の名前は?」
「…私は、桜坂美優」
「サクラザカ…か…なんか、言いづらいからミユでもいい?」
「…うん」
「僕の名前はラキテル・ユーマ。ユーマって呼んで」
「…ユーマさん」
食べながらなのに、よく人の話が聞けるもんだ。と、思いつつ、それを眺める。
「ミユはパラレルワールドから来た…ことなんだけど、ここは魔法の世界なんだよ、ミユはどんな世界から来たの?」
「ま、魔法の世界ですかッ!?」
途端にフォークをおいて、今まで暗かった雰囲気がいきなり明るくなった。
「え、あ、うん」
「魔法の世界って言うと、空を飛んだり、火の魔法を使ったり、水の魔法を使ったりするやつですね!!いやー、憧れてたんですぅー、そういうのっ!」
「え…?」
いきなりこんなにハイテンションになられると、今まで気を使っていた僕がなんだったのだろうかと思う。
「もしかして、龍とか魔王とか邪神とか勇者とか……」
「ちょっ、ちょっと待って」
「なんですか?人が夢を描いているのに」
「ミユはこの世界のこと知っているのか?」
「はい!本で読みましたぁー!」
本で読んだ?この世界のことが本に書いてあるのか?
「それ、食べ終わったら僕の部屋に行こうか」
いつの間にかふつうに話せているので、ヒイラギの言われたとおり、部屋に行こうと思った。
「はっ…!!」
何かを思い出したのか、ミユは持っていたフォークを落として、立ち上がった。それから直ぐに僕の方へ向き直る。
「…どうしたの?」
「私を、あの極悪非道の魔女から助けてくださいっ!!」
極悪非道の魔女?
「……だれだそれ」
「あの女ですよ!私を、縛り付けて、煮て食べようとした…」
まさか、それってヒイラギのことか?魔女ってほどでもない気がするぞ。
「助けるも何も、ヒイラギはそんなことしないと思うよ」
「いいえ、絶対私を取って食べる気です!!一緒に退治しましょう!」
…退治って。
「行きましょう!魔女の城へ!」
「……う、うん」
これからもご愛読、お願いします