旅の道連れ
「さて、まずは保存食か。」
任官の手続きを終えるとすっかり昼食が欲しくなる時間になっていた。
統一帝国の首都であるナスアの街は外食産業が発達していて、食事どきになると大衆食堂や屋台といったところからうまそうな匂いが漂ってくる。ヴェラードは湧きあがってくる食欲をこらえて、旅の用意を始めることにした。まず手始めに保存食である。いくら宿場町で手に入るといっても、もしもの事態に備えて三日分は用意しておかなければならないし、今度はそれを入れるための鞄も必要になってくる。雪だるま式に増えていく荷物を眺める頃になると、あたりはすっかり暗くなっていた。
「そういや、朝一に出るとなるとこれがナスアで食う最後の飯になるかもしれないのか…」
ヴェラードが物思いにふけっていると、ふと背後から聞き覚えのある明るい声を聞いた。
「ちょっと!ヒドいじゃないヴェラード!外交官になったら真っ先に連絡くれるって言ったでしょ!」
ヴェラードははっとして後ろを振り向くと、そこには金髪で赤目の美しい女性がいた。
「う、うわ!ロ、ロザリィ!?」
「うわ!じゃないでしょヴェラード、聞く所によるとあんた連絡をよこさない上に、明日の朝一でナスアを出るそうじゃない!あたしを置いて行く気だったの!?」
ヴェラード・クエストルとロザリィ・ケーナブルは子供のころから、路地で遊んだまさに竹馬の友であり、成長してからはその関係を周りから冷やかされることも多々あった。
「しかたないだろ!外交官に決まったのは今日の事だし、まして明日出発なんて急すぎて俺も驚いてるくらいなんだからな!しかも置いて行くってなんのことだよ!?そんな約束した覚えないぞ!」
「クエストル家がケーナブル家から大金を借りてるってことを忘れたとは言わせないわよ!長男のあんたに高飛びされると、返す当てがなくなるじゃない!金貨三百枚を見逃すくらいケーナブル家は余裕があるわけじゃないのよ!?」
ヴェラードにとってロザリィはかけがえのない友人であると同時に、厄介な借金取りでもある。
ちなみに金貨というのは普段使われている貨幣の中で価値が高く、金貨一枚は日本円にすると一万円程度である。銀貨は二千五百円、銅貨は五百円、青銅貨は百円に相当する。金貨よりもさらに高価な白金貨も存在するが、これが使われるのは大きな公共事業や国家間の取引くらいである。
ケーナブル家も金に余裕があるわけではないので、金貨三百枚の取り立てに必死なのだ。
「外交官になれば金貨三百枚なんて5年ぐらいさ、それまで持っててくれよ。」
「分かったわ。でもあたしがついて行かなきゃあんた絶対逃げるでしょ?だからあたしもバスク王国へ行くことにしたのよ。」
「ついて行くたってハイキングに行くんじゃないんだぞ?順調にいってもかなりかかるし、危険も多いんだぜ?楽な旅にはならない。」
「あたしって剣術の心得があるのよ、それはあんただって知ってるわよね。」
「盗賊やモンスターだけじゃない。嵐とか病気は剣じゃどうにもならいない!」
「もう!しつこいわね!いい?あたしはあんたの事が心配…」
そうロザリィが口を滑らした瞬間、彼女は慌てて自分の口を塞いだ。
「ち、違うのよ!さっきのは言葉のあやで、あんたの事なんてこれっぽっちも考えてないわよぉ!
「とにかく!あたしはあんたがどう言おうともついて行くわよ!地の果てまでね!いい!?」
「し、仕方ねぇなぁ好きにしろよ」
ヴェラードはこう言い始めたロザリィは最早、話を聞かないことをよく知っているのでこれ以上引き止めなかった。