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ハルオの稽古はそれからは順調に進んで行った。もともと素質があるうえに、経験も豊富なので動きに機転が利く。御子の指示を聞いてから、とっさに動きを変えたりするので、二人は翻弄されながらの稽古になった。
時にはどっちが稽古されているのか分からない程だ。
しかし、ここまで力を発揮しながらも、ハルオの表情はさえない。むしろ自分への不満を膨らませてさえいるようだ。
「こ。こて先の、う、動きだけ、う、うまくなって、ぜ、全然、強くなった、き、気がしない」
返って精神的には落ち込む一方のようで、逆効果になってしまう。これには困ってしまった。
「刃物嫌いで変に強情なのは土間によく似ているわ。この際、土間に励ましてもらおうかしら?」
ついに御子が音をあげた。
「そうしたいのは山々だが。土間さんが承知してくれるか?」良平が尋ねる。
そこも問題だ。土間は自分が親である事がバレるのを嫌って、極端なほどハルオを避けている。
実の親子なのだからハルオが気にならないはずはない。だが、土間は明らかにハルオの話を耳にする事を避け続けている。御子が名前を出そうとするだけで、さっさとその場を離れるほどだ。これでは心配でどうしようもないと公言しているのと同じだ。
最初に稽古をつけた身近な存在として、もっと気軽に接してくれればいいのだが、積もった時間があまりに長過ぎて、かえって普通に接する事が出来なくなっているのかもしれない。
「いっそ親子の名乗りを上げればどうかしら?」御子は古い言い回しをした。
「普通の親子ならそれでいいだろうが。あの二人だと、どうだろうな」良平は首をひねる。
別の組の組長が実は自分の実の親で、しかも見た目は女性にもかかわらず、刃物を握りたくないばかりに性を変えた元男性の父親だった。これはハルオに受け入れられる事実だろうか?
そもそもそれをハルオに知られる事を、土間が耐えられるだろうか?
「土間って、あれで結構、ナイーブなのよねえ。追いつめられるのに弱いっていうか」
御子はため息をつくが、それはそうだろう。そうでなければ性別を変えてまで生き方を変えようとは普通思わない。
「ハルオだって、あの姿の人を父と呼べってのは、かなりキツくないか?」
キツイ。それはもう、かなりの無理がある。
「いっそ、母親って事で名乗らせたら? なにしろ、見た目は女性なんだから」
これこそまさに嘘も方便だろうと御子は思ったのだが
「それで、華風組の組長になった経緯をどう説明する? ハルオを手放さざる負えなかった事情もだ。つまらない嘘をついても、つじつまはすぐに合わなくなる。二人とも返って傷つくぞ」
「そっかあ。血のつながった親子なのにねえ」
御子にしてみれば、血のつながりのある親が、身近な所で心から心配してくれるというのは、それだけで羨ましい限りなのだが、世の中うまくいかないものだ。
「何にしても、土間が逃げ回っているようじゃ、どうしようもないわねえ」
「組が違う以上、無理に接触を計るのも不自然だしな。土間さんがたまにハルオの指導をしてくれれば、少しは親しくなる機会もあるんだろうが」
それはおそらく土間が拒絶するだろう。
「親子そろって不器用なんだから。困ったものね」
ハルオの苦悩を一番理解できるはずの土間の不器用さに、御子はつい愚痴が出た。