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一時間後、夕食の席で御子はむくれ顔のままハルオに話しかけた。
「だから、これからは打ちあうつもりじゃなく、互いの武器を払いあうつもりで稽古を続けるの。ハルオは型通りの動きじゃ自分を生かせないでしょうから、さっきみたいにトリッキーな動きをいつも考えればいいのよ」
「だったら、初めから払うつもりでやればよかったんだ。指輪なんか使わずに」
良平は仏頂面でつぶやく。
あの直後、指輪に傷もなく丁寧に洗って返してやったのだが、御子は血管を浮き上がらせて怒りをあらわにし、文句と嫌みをさんざん聞かされた挙句、新しいブーツを買ってやる約束までさせられた。計画犯だ。
「それじゃ二人とも本気でやらなかったでしょ? ハルオは遠慮しちゃうだろうし、良平は緊張感が足りなくなるし」
自分がやる訳ではないので、御子はさらっと言ってのける。
「あんな予測できない動きをされるんじゃ、さすがに俺でも付いて行けるか自信がないぞ」
あの瞬間は完全に動き負けしていた。あれを生かして仕込むというのは想像以上に難しい。良平はそこも気になっていた。
「だから私がいるんじゃない。私はハルオの動きを予測できる。でも、動きと木刀さばきでは良平にはかなわない。だから良平が私の言葉から的確な次の動きを判断すれば、十分ハルオの相手になれる。これは私達の稽古も兼ねているのよ」
確かに最近良平と御子が一緒に相手に向かう時は、ほとんどぶっつけ本番だった。互いが相手になる稽古はあっても、共に組んでの稽古は無い。こんな稽古をしていれば、いざという時も安心だ。
「だいたい、私はちゃんと教えたのに、良平がピンとこないから、指輪を落っことしちゃうんじゃないの」
「ピンと来たってあんなとっさに義足のバランスがとれるかよ。ハルオはそれを分かっていて狙ったんだ。あれを使いこなすのは大変なんだぞ」
君子危うきに近寄らず。食事を終えた組員が居心地悪そうにこそこそと席を立ち始めた。
二人の口論が始まりかけたところで、ハルオが小さくなって詫びる。
「す、すいません。ひ、卑怯な、や、やり方をして」
二人の視線がハルオに向く。ここで謝られては意味がない。
「いや、相手の弱点を狙うのは基礎の基礎だ。一番いい手だったと思う」
「そうよ、良平のスピードを上回れるハルオならではの手段だったわ。これからそこを生かさなくちゃ」
二人は慌ててフォローするが、ハルオは縮こまってそっとお茶をすすっている。
どれだけ成果を伸ばそうとも、自信につながるのは簡単ではなさそうだ。御子も良平もハルオの顔色を見てためいきをもらした。