20
御子は華風組に着くと、土間とハルオを問答無用で連れ出した。強引に車の中に二人を放りこむ。
「ちょっと! いったいどうしたっていうのよ?」
土間が訳が解らぬままに問いただす。御子は真剣な顔で土間に説明した。
「あのね。香が関口にさらわれたの。あんたとハルオを動揺させるために」
「か、香さんが?」真っ先にハルオが反応した。
「今、礼似が助けに行ってる。何故香が狙われたのか、ハルオに説明が必要なの。土間、これは香の命がかかってる。ハルオに話してもいいわね?」
言葉は質問になっているが、御子の目は決意を促しているものだった。とても嫌だとは言えない。いつかは知られる事だったのだ。土間はそっとうなずいた。御子はハルオに向き直る。
「ハルオ、突然で驚くでしょうけど、落ち着いて聞いてね。あんたの父親は一流の刀使いだったの。しかも母親もこの世界の人だった。あんたには一流の刀使いになれる素質が受け継がれているの。関口はそれを嫌がっているのよ。だから、あんたの弱点の香をさらって、あんたに刃物を持たせないようにしようとしているの」
御子はここまでを一気に言った。突然の親の話にハルオはただ、驚いている。
「しかもあんたにはもう一つ事情があるの。あんたの存在は、華風組の命運を握っているかもしれないのよ」
「華風組?」これにはハルオの頭もついていかないらしい。
「あんたの母親は、華風組の血筋を受け継いでいる人だった。ハルオ、あんたにもその血が受け継がれているの。華風組はつい最近まで、血を分けた者が後を継いできた組だった。あんたが華風組を継ぐような事になっても、おかしくない仕組みでやってきた組なのよ。そのあんたが潰れてくれる事を願う奴等が出て来たって不思議は無いの。関口はそこに目をつけたのよ」
「そ、それなら、お、俺が、は、刃物を、も、持つのを、や、やめれば、す、すむ事じゃ、な、ないか」
「ところがそうはいかないのよ。あんたの中にはそういう血が受け継がれているんだから。それを知られてしまっている以上、あんたがとことん潰れるまでは、あんたは狙われ続けるわ。それに、これはあんただけの問題じゃないの」
御子は土間の方をちらりと見た。土間は車の外に顔を向けて表情を見せないようにしていた。御子は意を決して言った。
「ハルオ、あんたの父親は、この、華風組長、土間富士子……いいえ。聡次郎なの」
ハルオは口を半開きにしたまま絶句していた。土間はピクリとも動かない。御子はハルオが言葉の意味を呑み込めるように、少しの間を置いていた。すぐに理解できるとも思えないが。
「土間はね、今は事情があってこの姿になったけど、もともとは、あんたの父親だった……いいえ、今だって父親よ。認めにくいとは思うけど」
説明している御子自身にも実感がない。御子が知っている土間は、すでに女性となってしまっていた土間だけだ。
元男性だったことは初めから伝えられてはいたが、それを意識した事など一度もなかったし、土間も自分が男性であると、今は思ってはいないのだろう。そのメンタリティは、すでに女性の物だと思っている。
しかし、今は実感のあるなしを考えている場合じゃない。香の生死がかかっているのだから。
「土間があんたの親である以上、親子の情は逃れられないわ。香に何かがあれば、あんたは傷つく。そんなあんたの姿を見れば、土間も平静ではいられなくなるの。男であろうと女であろうと、あんたは土間の血を分けた子供であることには、変わりないんだから。あんたは土間にとって、最大の弱点なの」
「俺が、弱点。土間さんの」ハルオはゆっくりとつぶやく。心の何かを確認するように。
「そう、しかもそれは華風組の弱点にもつながる。だから関口はあんたを潰すためなら、香に何をするか分からない。今、香は本当に危ない状態なの。現に連れ去られる時には顔に深手を負わされていたわ。あれもハルオを苦しめるためでしょうね」
ハルオも土間も顔色が変わる。そんな目に香を合わせてしまったにもかかわらず、香はまだ、関口達の手の中にいるのだ。
「ハルオ、私はあんたの冷静さに賭けるわ。香を無事に助け出すまでは、何があっても動揺を表に出さないで。あんたが顔色を変えれば、それだけでも関口達の思うツボなんだから」
「そ、そんな事、い、言われたって」
ハルオは顔を真っ赤にしていた。初めのショックから、今度は怒りがわいてきたのだろう。
「いい? 香は強い娘よ。きっと私達の事を信じてる。どんな目にあわされようともね。その気持ちを裏切れないでしょ? あんたもその、香の強さを信じてあげて。確実に香を助け出すのよ。分かった?土間、あんたも同じだからね」
「なるべく顔には出さないけど」
その土間の怒りも、すでに頂点だ。おそらくはらわたは煮えくりかえっている。