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関口が凄んで見せる。あの、ぞっとするような笑顔を口元に浮かべながら。
「えーえ、知ってるわよ。刀の勢いにのまれて酔っ払ったみたいな顔で、人を斬るんでしょう? じゃなきゃ、怖くて相手の顔さえ見れないのよね。冷めたらただの臆病者だから」
香はわざと挑発する。少なくても言葉や威嚇に負ける女だとは思わせたくない。逆上される可能性も大きいが、ジリジリと弱らされるような真似をされるよりはこっちとしてもマシってものだ。
「小生意気な奴だ。だが、臆病かどうかは俺に斬られて分からなかったのか? 俺はな、人に斬りつける時に興奮する性質なんだ。はっきりいって気持ちがいい。女の顔なんか最高さ」
本気で言っているのだろうか? それとも自分への脅しか? どっちにしてもここでおびえた顔を見せたくはない。
「二言目には顔、顔って。あんたって結構ナルシスト? それとも美人に恨みでもあるのかしらね? 今時女の命は顔じゃないの。ハートよ、ハート。心の愛きょうで勝負するの」
「減らず口が多いな。今度はその口先を斬ってやろうか?」
「あんただって口先だけじゃない。結局今私に死なれたら、計画もおじゃんだし、呼びつけたあたま数の連中にも面子が立たないからでしょ? 自分の思うとおりに事が運ばないと、すぐに潰れる臆病者よ」
香は関口を睨みつける。ここは意地を通してみせる。
「それにね、ハルオや土間さんはあんたとは違うわよ。二人とも刀に酔ったりなんかしない。道具に使われて振り回されるような間抜けじゃないわ。私は父親のそういう弱さを知ってるの。あんたはただの間抜けよ。二人に本気で向かってこられたら、あんたなんか相手にならないわ」
香は関口から視線を外さない。じっと睨んで、またたきさえ忘れていた。
関口はうんざりした表情を見せる。香がここまで言ってくるとは思わなかったに違いない。忌々しげな顔をする。
「全く口の減らない小娘だ。少し一人で黙っていろ。言っとくがドアには当然、外からカギがかかっている。この部屋に窓は無いぞ。多少息苦しいぐらいが、おとなしくするにはちょうどいいだろう」
関口が部屋を出る瞬間を狙おうとしたが、その背中から強い殺気が感じられた。やはり関口の隙を突くのは簡単なことではなさそうだ。やむなく、香はその場に座り続けていた。
どうしてこう、あの子は気が強すぎるんだろう?
バイクから降りて、香と関口の会話を途中からマイク越しに聞いていた礼似はギリギリと歯がみをしていた。
そりゃ、気力を保つためにも、相手になめられないためにも、気概は必要だけど……。あんなに言いたい放題言って、その場で殺されたらどうすんのよ! もうちょっと、おだてるとか、しおらしさを見せるとかできない訳?
そう、思いながらも、どうにか香が無事らしいと分かって、とりあえずは安心する。しかし一刻の猶予もない状況に変わりはないだろう。元ジムの建物に着いた礼似は、とにかく香の姿の見えそうな所を探す。外見からはそれらしき姿は見られない。パッと見は営業中と変わらない建物も、中をのぞけばほこりをかぶり、よどんだ空気が滞留しているのが伝わってくる。人の居なくなった建物はそういうものなのだろう。
裏の方に回ってみる。やはり裏口があった。香はおそらくこの中の部屋にいるのだろう。
マイクからの会話のおかげで、香が今、部屋に一人でいる事が分かった。助け出すには今がチャンスだ。
幸い鍵は外鍵だ。関口達がいないことを確かめながら、そっと、ドアに近付く。見張りはいないようだ。
まさか、自分達の会話が筒抜けだとは、関口達も思わずにいたに違いない。香のマイクは、想像以上に役立ってくれたようだ。
扉を開くとすぐに香の姿が目に飛び込んだ。ホッとした表情が、香の顔にすぐ浮かんだ。顔色が悪い。
顔はやや深手のようだが、他は軽傷のようだ。それでもそれなりの時間を治療もせずに放っておかれたせいか、香の体力は消耗しているようだった。
この状態で、よく、関口につっかっかていたものだ。しかし、そのおかげで助け出すチャンスを作る事が出来た。たいした娘だ。
「大丈夫よ。よく、マイクをしかけたわね。おかげで場所と、あんたが一人になった事が解ったわ。辛いだろうけどもうひと踏ん張り頑張りなさい。バイクで逃げるから」
そういって香を連れて部屋を出ようとしたが、外に出たとたん、数人の男達に出くわしてしまった。これがあたま数の連中か。二人は急いでバイクのある場所へ向かったが、バイクの前には関口が立っていた。
「随分早く、お客さんが着いたようだな。どんなもてなしをしてやろうか?」
関口はバイクのキーを片手にそういった。