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「香……」礼似は地面に落ちている香のバッグと、散らばった中身を見降ろした。相当切りつけられたのだろう。バッグは刀傷でボロボロになっていた。
悔しさに歯がみしながらバッグの中身を拾っていると、不意に、マイク越しの香の声が聞こえた。
「どこに連れていく気?」
「黙っていろ。本当に喉を掻っ切られたいのか?」
関口の声も聞こえる。慌てて荷物を確認すると、ハンカチに何かが包まれている。
盗聴器だ。香の声の方がはっきり聞こえる。バッグを取り落としたあの一瞬で、自らの身にワイヤレスマイクをしかけたに違いない。
「御子! 良平! これ」礼似は二人に盗聴器を見せた。
「香……。よくやったわ。あんな状況で」御子が思わずつぶやいた。
香は言われたとおりにおとなしくしているらしい。車のエンジン音だけが響いて聞こえる。
「これで場所が分かるかもしれない。もし、関口が香から離れる時があれば助けだすチャンスだわ」
礼似にも希望が見えて来た。
「土間とハルオに知らせがいかない内に、助けられればいいが」良平が気をもむ。
「ううん。こうなった以上、二人に事情を話さない訳にはいかないわ。でも、香は一刻も早く助けないと。あの口ぶりじゃ、香に何をするか解ったもんじゃないわ」御子も覚悟を決めたようだ。
「香は私が助け出すわ。必ず隙はあるはずよ。私ならバイクで小回りも利くし、動きやすい。二人は土間とハルオを落ち着かせてくれる? 相当動揺するだろうから」そう、礼似は言ったが
「礼似だって動揺してるでしょ。大丈夫、香は強い娘よ。あんたが来るのをきっと信じてるはずよ」
と、御子は励ました。
「そうね。きっとあの娘は関口の隙を知らせて来る。チャンスは逃さない」礼似もうなずく。
すると、マイク越しの車の音の気配が変わった。どこかに止まったらしい。三人は耳をすませた。
「着いたぞ、降りろ」関口の声がする。
「どこなの? ここは」香が尋ねる。
「たいして街から離れちゃいない。郊外の潰れたジムさ。去年までは営業していたが、今は俺の根城だ」
郊外の潰れたジム。聞いた事がある。大型チェーンのジムが街の郊外にあったが、今年になって撤退したと街のニュースになっていた。
「場所は分かったわ。私、行って来る。二人ともハルオと土間をお願いね」
そういって礼似は盗聴器を手にバイクに向かって行く。
「何かあったら知らせてよ!」御子は礼似の背中に声をかける。
礼似はヘルメットをかぶりながら振り返り、軽くうなずいた。
「俺達も急ごう」そういって良平は御子を車へと向かわせていった。