16
「また会ったな、お穣ちゃん」関口は冷ややかな笑顔を香に向けた。
それだけで香は背中に冷たい汗が走った。この間ハルオと自分をつけて来た関口とは様子がはっきりと違う。
その表情を見るだけで、血なまぐさい匂いを感じてしまう。プロの殺し屋としての殺気が漂っていた。
逃げなければ。頭ではそう思っているのに身体が全く動かなかった。
「あんたに恨みは無いんだがね。ちょっとばかり、こっちの都合に付き合ってもらう事にしたんだ。運が悪いと思ってあきらめてくれ」
そういってゆっくりと刀を抜く。ようやく香は足が動いて、後ろに後ずさった。
もどかしいほどに足の動きが悪い。香はのろのろと後ずさる。その時ショルダーバッグの中の携帯が鳴った。
無意識にバッグの中に手を伸ばそうとしていきなり切りつけられる。香は思わずバッグを盾にする。
携帯はまだなっているが、バッグを開いて取り出す余裕はない。ついには腕に浅く切りつけられて一筋の血が流れる。その時関口の目が変わった。尋常な目じゃない。
いたぶるように刀が襲ってくる。バッグだけでは身を守りきれない。あちこちに小さな傷を負う。逃げなければ!
やっとの思いで後ろに駆け出す。が、そこに別の男が立ちふさがる。おそらくこいつがつけていた男だろう。
「すいません。一度、まかれました。ちょろちょろした娘みたいですね」男は忌々しそうに香を見た。
「何。今じっとさせてやるさ」
関口がそういうと、バッグの隙間から刃が飛んできた。香は思わず悲鳴を上げる。
先に着いたのは礼似の方だった。バイクから飛び降りて路地に向かう。異様な空気が辺りを包んでいる。
目に飛び込んできたのは、二人の男に捕まえられ、もがいている香の姿だった。香は開いたバッグを取り落とし、刀を持った男、関口に押さえつけられる。
「香!」礼似が思わず叫ぶと、香が振りかえり顔をあげた。礼似は息を飲んだ。
香の頬は刀で斬りつけられ、大量の血が流れている。全身のあちこちにも小さな傷を負っているようだ。
香は気の強い娘だが、さすがに今は恐怖におびえた目をしていた。それでもかなりの抵抗を見せたのか、もう一人の男の顔には引っかき傷が残っていた。
「あんたが関口。女の顔になんてことするのよ」怒りのあまり声が震える。
それを聞いた関口の刀が動いた。香の喉元に刃先をぴたりと当てる。
礼似の動きが止まる。御子と良平も到着したが、その姿を見て動きが止まった。
「顔ぐらいで騒ぐな。掻っ切るのはこいつの喉でも俺は構わないんだ」関口はうすく笑う。
「香をどうする気?」礼似が関口を睨みつけたまま聞いた。
「さあ、どうするか。殺しはしないが。鼻でも斬りおとすか? 気のある女が生きたまま苦しむ姿の方がハルオには効果的だろう。土間も二度と刀は握れまい。女に死なれて弱くなるような奴だ。息子の生き地獄には耐えられないだろう」
やはり狙いはそこだったか。礼似も御子も必死に関口の隙を探る。しかし相手はプロ。香を人質にされると、隙らしい隙は見当たらない。殺さないというのは口だけで、自分達が動けば容赦のないことを御子も読みとっていた。
「土間は弱くなんかないわよ。あんたよりはずっとね」礼似が言う。
「どっちでもいいさ。この娘の事はハルオが姿を見せてから考える。とりあえず娘は連れていくが、ハルオに一人で迎えに来させろ。場所はハルオの携帯に知らせてやる。お前らがついてきたら娘の命の保証はない」
そういって関口は、もう一人の男が用意した車に香を引きずっていく。喉には刀が当てられたままだ。
三人が一歩も動けないまま、香は車に押し込められ、連れ去られてしまった。