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「はい、真柴です」御子がいつものように電話に出た。
「あら、そのお声は御子さんね。こんにちわ」電話口からのんびりと聞こえるのは由美の声だった。
「あ、こんにちは。父に御用でしょうか? かわりましょうか?」
「ああ、いいえ。真柴さんに用があるんじゃなくて。あら? 誰に用だったんだっけ? そうそう、ハルオさんはいらっしゃるかしら?」
「は? ハルオ、ですか?」御子は首をかしげた。奥様がハルオに何の用だろう?
「あいにくハルオは今出かけていますが」
どうやら礼似に口説き落とされた土間が、ハルオを華風組の稽古場に呼び出して稽古をつけているらしい。ハルオの様子からかなり厳しい稽古のようだ。それももう三日目になっていた。
「いらっしゃらないんですか。どうしましょう。困ったわ」
「急用ならハルオに伝えますけど。携帯を今切っていると思うので、少し時間はかかりますが」
「あの、急用と言っていいか分からないんですけど」
この予感をどう伝えたらいいのだろう? 戸惑いながらも由美は御子に説明を試みた。一通りの話を聞いた御子はあせる。
「あの、今どちらにいらっしゃるんですか? まさかその路地に向かってるんじゃ?」
そんなことされたら大変だ。何があったかは解らないが、香の様子がおかしかったのならば、由美にとって決して安全な環境ではない。お願いだから、下手に動かないで!
「それが、気にはなるんですけど、こてつがすっかり脅えてしまって近づけないの。香さん大丈夫かしら?」
よし! こてつ! えらい! 良くやった! 御子は心の中で全力でこてつを褒める。
「大丈夫ですよ。あの子は用心深い子ですから。私もよく知っているし、ハルオにも知らせておきます。それよりも何か御用事があって外出しているんじゃないですか?」
由美に動揺がばれないように、御子はありったけの演技をして何気なく会話を続ける。
「まあ、そうだったわ。お買い物があったんだわ。ありがとう。忘れるところだった。ではハルオさんに伝えて下さいね」
「御心配なく。それより今日はこてつ君をいっぱい褒めてあげてください。じゃあ失礼します」
「はあ?」由美は訳が解らぬまま電話を切った。
「こてつ。おまえ、とってもいいことをしたみたいね?」
まあ、こてつが褒められているのなら、いいか。お買い物、済ませて帰ろう。
褒められたらしいと察して、胸を張ってご機嫌なこてつを連れて、由美は街の中を歩いて行った。
後日、御子はこてつ当てに大量のペットの間食用フードを送ってやった。