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「あれ? 土間さん、またいらしてたんですか?」
クラブドマンナの店の奥、従業員控室のさらに奥まった所に小さな事務室がある。そこで土間はパソコンの表示を見ながら電卓をたたいていた。その前にはノートや印刷された各種リストが広げられている。
「どうしても気になってね。この季節から年末年始にかけては書き入れ時だもの。ここで気を緩めるわけにはいかないわ」
土間は日頃店を任せている実質上のママに資料から目を外すことなく答えた。
華風組の組長となってからは、仲居の仕事もそれまでの半分に、「ドマンナ」の経営は信頼を寄せている、現在ママ同然となっている従業員に任せる時間が長くなっていた。
だが、ここ最近、土間は「ドマンナ」の様子を見に来ることが多くなっている。少し前は組長の仕事がうまく回らずストレスがたまる頃に顔を出していたのだが、最近はそういう訳でもなさそうだ。
土間はほとんど無意識に、銀のシガレットケースから出したタバコをくわえ、ライターの火を付けようとしてその手を止めた。
「事務所は禁煙だったかしら?」
「いえ、うちはまだです。勤務中は従業員は吸わせないようにしていますが」
「そう、ちょっと吸わせてもらうわ。最近は安心して吸えるところがすっかり減っちゃって」
土間はホッとしたようにタバコに火をつけた。
「うちでも禁煙席を設けましたからねえ。時代の流れです」
「その禁煙席の利用状況はどう?」
「おおむね好評ですね。うちは女性の固定客も多いですから。今後は席の数も増やして、時間制限の枠も広げようかと思っています」
「吸う人と吸わない人の距離感が難しいわね。空調機器も新しい物に変えた方がいいかしら?」
「そうしていただけると助かります。あの、土間さん、最近タバコの量、増えてませんか?」
あまり意識はしていなかったが、そういえば増えたかもしれない。今日も稽古中にやや息が切れた。
「そうかもしれないわね」
「差し出がましいかもしれませんけど、身体によくありませんよ。組でも吸ってらっしゃるんでしょう?」
身体に悪いか。嗜好品はたいてい身体に悪い。命を危険にさらしておいて日常の体調に気をつけるなんて何だか間の抜けている気もするが、身体が動かないのはもっと困る。酒は飲みやすい環境から離れればコントロールしやすいが、タバコは持ち歩く事が出来る分、つい、手が伸びてしまう。
「ありがとう。気を付けるわ。吸うと落ち着けるものだから、つい」
「なにか、気にかかってることでもあるんですか? このところ店にもよく顔を出してますし」
気にかかるか。いや、気にかけてはいけない事だ。あの子に自分がかかわってもいい事なんて一つもない。
土間は頭に浮かぶハルオの姿を無理やり心から追い出した。
「何でもないわ。店を放ってばかりいると心配になるだけ。気にしないで」
そういうと土間はまた、パソコンの画面に集中した。