Chapitre 1 : La meilleure des fin
ルールヴィ
第一章 最高の終わり方
張り詰めた空気がスタジアム全体を包み込んでいた。
何万人もの観客が歓声を上げ、色とりどりの旗が風になびく。
照明に照らされた美しいピッチ。その中央に立つ一人の青年。
ベン・カイジェン。二十歳。リス・クラブのキャプテンであり、背番号10。
その才能から「世界最高の若き選手」と呼ばれることも少なくない。
しかし、今日の試合には特別な意味があった。
今日は――
世界最強クラブ決定戦・決勝。
そして同時に、
彼にとって現役最後の試合でもあった。
ベンは静かに息を吸い込む。
(最高の形で終わらせよう。)
ホイッスルとともに試合は激しさを増していく。
ボールは目にも止まらぬ速さでピッチを駆け巡り、両チームの選手たちが全力でぶつかり合う。
その時だった。
「ベンを止めろ!!」
パルマーのキャプテン、イェッソが鋭く叫んだ。
「構わねぇ! 倒してでも止めろ!!」
その号令と同時に、二人のディフェンダーがベンへ襲いかかる。
しかし――
ベンはまったく慌てなかった。
「レイ!」
ワンタッチ。
「ジョプリ!」
さらにワンタッチ。
三人はまるで心がつながっているかのような見事なパスワークで、パルマーの守備陣を翻弄していく。
わずか数秒。
守備は完全に崩された。
そして、ベンの前にはゴールキーパーだけが立ちはだかる。
会場中の視線が彼へ集まった。
実況が興奮した声を響かせる。
「ベン・カイジェンがキーパーと一対一!!」
ベンは右足を振り抜こうとする。
その瞬間――
「甘いぞ!! カイジェン!!」
イェッソが猛スピードで滑り込んできた。
鋭いスライディング。
あと一歩でボールに届く。
誰もがそう思った。
だが、その一瞬。
ベンはボールを足裏でピタリと止めた。
イェッソの体は勢いのまま空を切る。
スタジアムがどよめいた。
「なんというプレーだ!!」
ベンは冷静にイェッソをかわす。
すでに飛び出していたゴールキーパーは戻れない。
目の前には無人のゴール。
ベンは一度だけゴールを見つめ――
静かにボールを流し込んだ。
ゴォォォォール!!
スタジアムが揺れるほどの歓声が巻き起こる。
実況席から絶叫が響いた。
「ゴール!! ベン・カイジェン!! なんという冷静さだ!! 一瞬でキーパーとイェッソをかわした!! まさに天才!!」
観客席から一斉に歓声が沸き上がる。
「ベン!!」
「ベン!!」
「ベン!!」
その名が何度もスタジアムに響き渡った。
ベンは拳を高く突き上げる。
すると、真っ先にジョプリが飛びついてきた。
続いてレイ。
メイ。
マギー。
マックス。
キズ。
ウェン。
グレイ。
ヴァロン。
そしてゴールキーパーのリストゥールまで駆け寄ってくる。
誰もが笑っていた。
誰もが叫んでいた。
この瞬間だけは、
勝敗も、
プレッシャーも、
決勝戦であることさえ忘れていた。
三年間、共に戦い続けてきた仲間たち。
彼らは今、一つになって喜びを分かち合っていた。
ピッチサイドでは監督のキムが静かに拳を握る。
誇らしい。
だが――
試合はまだ終わっていない。
「残り十分よ!!」
キムの声がスタジアムに響く。
「集中を切らさないで! 一点も与えちゃダメ!! 全員で守るのよ!!」
選手たちは一斉に表情を引き締めた。
一方、パルマーの選手たちもすでにセンターサークルへ戻っている。
イェッソはうつむいたまま拳を強く握りしめた。
その視線は、ただ一人――
ベン・カイジェンだけを見据えていた。
(……必ず、お前を倒す。)
ルールヴィ
第一章 最高の終わり方
第二部
主審の笛が鳴る。
パルマーがすぐに試合を再開した。
イェッソ、ジャー、ブローラの三人が猛然と前へ飛び出す。
一点を奪われた怒りが、そのプレーに表れていた。
ボールを受けたイェッソは、真正面からベンへ向かって突進する。
二人のキャプテンが再び対峙した。
スタジアム全体が息をのむ。
イェッソは不敵な笑みを浮かべた。
「認めてやるよ、ベン。」
「技術じゃ、お前の方が上だ。」
一瞬、言葉を切る。
「……だが、サッカーは技術だけで決まるスポーツじゃない。」
「すぐに思い知ることになる。」
ベンは穏やかな表情のまま答える。
「その通りだ。」
「サッカーは仲間を信じるスポーツでもある。」
「チームワーク、覚悟、そして仲間との絆。」
イェッソは眉をひそめる。
「黙れ!!」
「その余裕ごと叩き潰してやる!!」
その時だった。
「イェッソ、後ろ!!」
フェリアが叫ぶ。
しかし遅かった。
ベンだけに意識を向けていたイェッソは、背後から近づくレイに気づかなかった。
レイが鮮やかなタックルでボールを奪う。
「よしっ!」
奪った瞬間、レイは迷わず前線へパスを送った。
ジョプリ。
メイ。
マギー。
リスの選手たちが一斉に駆け出す。
スタンドが再び沸き上がる。
パルマーの選手たちにも焦りが走る。
ここで二点目を許せば――
試合は決まる。
その危機を誰よりも早く察したのは、司令塔プリンスだった。
「止めろ!!」
彼の指示でパルマーの守備陣が激しくプレッシャーをかける。
反則ぎりぎりの激しい当たり。
ジャーがレイを強く押し、ボールがこぼれる。
しかし、そのルーズボールをジョプリが拾った。
「ファウルだろ!!」
ジョプリが主審へ叫ぶ。
だが笛は鳴らない。
「ジョプリ!」
ベンの声が飛ぶ。
「プレーを続けろ!」
「……わかった!」
ジョプリはすぐに気持ちを切り替えた。
右サイドではマギーが勢いよく駆け上がる。
左にはメイ。
二人はリス自慢のサイドバックだった。
ジョプリは右へ展開する。
マギーはワンタッチでクロスを上げた。
ゴール前へ飛び込むメイ。
フェリアが笑う。
「無駄よ!」
「あなたにヘディングで決められるわけない!」
しかし、メイは笑みを浮かべた。
「最初から、そのつもりじゃない。」
彼女は頭で軽くボールを後ろへ落とす。
そこへ走り込んできたのは――
レイ。
レイはダイレクトでベンへつなぐ。
ペナルティエリア手前。
絶好の位置。
スタジアム中の視線がベンへ集まる。
「これで終わりだ!」
ベンが右足を振り抜こうとした瞬間――
ドンッ!!
激しい衝撃が体を襲う。
イェッソだった。
ボールとは関係なく、全力でベンへ体当たりしたのだ。
ベンはバランスを崩し、そのまま芝生へ倒れ込む。
観客席から大きなどよめきが起こる。
「ファウルだ!!」
リスの選手たちが一斉に両手を上げる。
しかし――
主審の笛は鳴らなかった。
プレー続行。
イェッソの口元に笑みが浮かぶ。
「今だ!!」
パルマーが一気にカウンターへ転じる。
ジャー。
プリンス。
ゴヒ。
美しい連携で一気に中盤を突破する。
ゼウマが止めに入る。
グレイも戻る。
ウェンも必死に追いかける。
だが止められない。
キズとヴァロンも突破される。
ゴールへ一直線だった。
「今がチャンスだ!」
ジャーが叫ぶ。
ベンは歯を食いしばる。
倒れたままでは終われない。
痛みをこらえ、立ち上がる。
全力で走る。
しかし身体は思うように動かない。
視界が揺れる。
足がもつれる。
再び膝をついてしまう。
その横をイェッソが通り過ぎる。
「どうした、ベン。」
イェッソは笑う。
「痛いのか?」
さらに笑みを深める。
「まだ始まったばかりだ。」
次の瞬間。
イェッソは迷いなく右足を振り抜いた。
強烈なシュート。
リストゥールが横っ飛びする。
しかし――
届かない。
ボールはゴールネットへ突き刺さった。
ゴォォォォール!!
スタジアムが再び揺れる。
実況席から興奮した声が響く。
「ゴール!! パルマー同点!! 見事なカウンターだ!! しかし、その直前にはベン・カイジェンへのファウルがあったようにも見えます!!」
リスの選手たちは一斉に主審へ詰め寄る。
ジョプリ。
メイ。
そしてベンチのキムまでもが抗議する。
しかし判定は変わらない。
スコアボードには大きく表示される。
リス 1-1 パルマー
ベンはゆっくり立ち上がる。
ユニフォームについた芝を払う。
そして静かにイェッソを見つめた。
イェッソはニヤリと笑う。
二人の最後の戦いは――
まだ終わっていなかった
ルールヴィ
第一章 最高の終わり方
第三部
主審が笛を鳴らす。
試合が再開された。
スコアは1対1。
残された時間はわずかだった。
このまま延長戦に入ることを望む者は、ピッチ上には誰一人いない。
その中でも、パルマーは勝負を決めるつもりだった。
プリンスがボールを受けると、迷わず前線へ指示を飛ばす。
「全員、前へ!」
チーム全体が一斉に攻め上がる。
ベンは息を切らしながらも必死に守備へ戻る。
(まだ終わらせない……。)
(あと少しだけ……。)
リスの守備陣は押し込まれていた。
プリンスの正確なパス回しによって、守備ラインは少しずつ崩されていく。
ジャーが左サイドを駆け上がる。
ゴヒが中央へ走り込む。
そして――
ボールは当然のようにイェッソの足元へ渡った。
観客席が一斉に立ち上がる。
イェッソの前に立ちはだかる最後の壁。
ゴールキーパー、リストゥール。
リストゥールは果敢に飛び出した。
しかしイェッソは冷静だった。
鋭いフェイント。
一瞬でリストゥールをかわす。
ゴールは無人となった。
その瞬間――
一人の影が飛び込んできた。
ベン・カイジェン。
痛みに耐えながら、全力で戻ってきたのだ。
再び。
二人のキャプテンが向かい合う。
イェッソは笑みを浮かべた。
「よく見てろ、ベン。」
ボールを軽く足元で転がす。
「今から、お前と同じゴールを決めてやる。」
少しだけ間を置き、
「違うのは――」
「俺のゴールが勝利を決めるってことだ。」
ベンは肩で息をしていた。
体中が悲鳴を上げている。
それでも、その瞳だけは決して揺るがなかった。
「……確かに。」
静かに口を開く。
「今の俺なら、お前のフェイントに引っかかるかもしれない。」
イェッソが笑う。
だが次の言葉に、その笑みは消えた。
「でも――」
ベンは強く拳を握る。
「今日は俺の最後の試合なんだ。」
「仲間のために。」
「応援してくれた人たちのために。」
「俺は絶対に負けない。」
スタジアム全体が歓声に包まれる。
「ベーン!!」
「キャプテン!!」
イェッソは舌打ちする。
「……黙れ!」
鋭いフェイント。
右。
左。
再び右。
しかし。
ベンは一歩も動かない。
(読まれている……!?)
その一瞬の迷い。
ベンは逃さなかった。
スッ――
足先で正確にボールを奪う。
「なっ……!?」
スタジアムがどよめいた。
ベンはそのまま大きくクリアする。
「レイ!」
レイがボールを受ける。
顔を上げると、ジョプリが走っていた。
「ジョプリ!」
ダイレクトパス。
ジョプリもワンタッチで返す。
二人の連携は止まらない。
「約束しただろ!」
レイが叫ぶ。
「俺たちはベンについていく!」
ジョプリは笑顔で答える。
「もちろんだ!」
美しいワンツー。
守備を切り裂く。
そして。
ジョプリは前方へ視線を送った。
そこには。
痛みを押して走るベンの姿。
迷いはなかった。
ジョプリは完璧なラストパスを送る。
ボールはベンの足元へ吸い込まれるように届いた。
イェッソが追いつく。
最後の勝負。
二人は静かに向かい合った。
イェッソはふっと笑う。
どこか懐かしさを感じさせる笑みだった。
「……礼を言うよ。」
ベンは驚く。
「お前と戦ってきたから。」
「俺はサッカーがもっと好きになれた。」
少しだけ視線を落とす。
「お前を憎むことで。」
「俺は強くなれた。」
その瞳が再び鋭くなる。
「だが。」
「お前の次の目標も知っている。」
ベンの表情が変わる。
「……何?」
イェッソは低い声で言った。
「俺も同じ場所へ行く。」
「そして――」
「お前は死ぬ。」
風が止まったような錯覚。
ベンの鼓動だけが響く。
(どういう意味だ……。)
(どうして知っている……。)
イェッソはさらに続ける。
「その世界へ来るな。」
「来れば死ぬ。」
「これは警告じゃない。」
「脅しだ。」
数秒の沈黙。
ベンはゆっくり後ろへ下がる。
イェッソの目が光る。
(逃げた!!)
そう確信したイェッソは、全力で飛び込んだ。
しかし――
それこそがベンの狙いだった。
ポンッ。
軽くボールを浮かせる。
ループ気味のソンブレロ。
イェッソの頭上をボールが越えていく。
観客席から大歓声。
「うおおおおーーーっ!!」
着地したベンは、そのまま右足を振り抜いた。
迷いのない一撃。
ボールは一直線に飛ぶ。
ゴールキーパーは動けない。
次の瞬間。
ドォォォン!!
ボールはゴール右上隅へ突き刺さった。
ゴォォォォォール!!
スタジアムが爆発した。
実況席の絶叫が響き渡る。
「決まったぁぁぁーー!!」
「ベン・カイジェン!!」
「試合終了間際!!」
「まさに奇跡のスーパーゴール!!」
同時に。
主審が試合終了の笛を吹く。
ピーーーーーッ!!
試合終了。
リス優勝。
ジョプリとレイが真っ先にベンへ飛びつく。
チームメイトも次々と集まってくる。
ベンは静かに膝をついた。
荒い呼吸。
汗。
歓声。
すべてが混ざり合う。
そして彼は、ゆっくりと空を見上げた。
(終わった……。)
(俺たちは、世界一になった。)
ルールヴィ
第一章 最高の終わり方
第四部 新たな旅立ち
試合終了のホイッスルが鳴り響いた。
その瞬間、リスの選手たちは歓喜の叫びを上げながらピッチへ飛び出した。
スタンドでは数万人のサポーターが総立ちになり、スタジアム全体が歓声に包まれる。
リスが世界王者となった。
ベンはその場に立ち尽くし、大きく息をつく。
視線の先にはスコアボード。
リス 2―1 パルマー
静かに笑みがこぼれる。
(終わった……。)
(これで本当に、俺のサッカー人生は終わりなんだ。)
その直後――
「ベーーーーン!!」
ジョプリが勢いよく飛びついてきた。
「やったな!!」
続いてレイも笑顔で抱きつく。
「お前なら決めてくれるって信じてた!」
メイ、マギー、マックス、ウェン、グレイ、ヴァロン、キズ、そしてゴールキーパーのリストゥールまで駆け寄り、全員で抱き合う。
誰もが笑っていた。
誰もが泣いていた。
三年間、苦楽を共にした仲間たち。
この瞬間だけは、世界で一番幸せなチームだった。
ベンチでは監督のキムが静かにその光景を見つめていた。
厳しい練習。
敗北。
衝突。
何度も壁にぶつかりながら、それでも前へ進んできた選手たち。
今日、その努力が報われた。
一方その頃。
敗れたパルマーの選手たちは無言でピッチを去っていく。
イェッソも振り返ることなく歩き続けていた。
ベンはそんな彼のもとへ向かう。
ゆっくりと右手を差し出した。
「ありがとう。」
「最高の試合だった。」
イェッソは足を止める。
しかし――
振り向かない。
握手にも応じない。
そのまま静かに歩き去っていった。
ベンは差し出した手をゆっくり下ろす。
(……また会おう。)
数分後。
表彰式が始まった。
優勝トロフィーが運び込まれる。
黄金に輝くその姿に、選手たちは目を奪われた。
大会会長がベンの前に立つ。
「優勝、おめでとう。」
ベンは深く頭を下げる。
そして両手でトロフィーを受け取った。
その重みを確かめるように見つめる。
仲間たちの期待。
努力。
夢。
すべてがこの一つに詰まっていた。
ベンは力強くトロフィーを頭上へ掲げる。
その瞬間。
無数の紙吹雪が舞い上がった。
スタジアム中が歓声で揺れる。
フラッシュが何度も光る。
世界一のキャプテンとして、ベン・カイジェンは歴史に名を刻んだ。
表彰式を終えると、多くの記者たちがベンを囲んだ。
マイクが一斉に向けられる。
女性レポーターが笑顔で尋ねる。
「ベン・カイジェン選手。」
「優勝、本当におめでとうございます。」
「最後の試合で最高のパフォーマンスを見せてくださいました。」
「今後のご予定を教えていただけますか?」
ベンは軽く笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。」
「まずはチームメイトのみんな。」
「監督。」
「そして応援してくださったサポーターの皆さんに感謝しています。」
「皆さんのおかげで、ここまで来ることができました。」
少しだけ間を置く。
「しばらくは、この優勝を仲間たちと祝います。」
「その後は数日休んで……。」
「家業に戻ります。」
記者たちがざわつく。
「家業……ですか?」
ベンはうなずく。
「ご存じの方も多いと思いますが。」
「私はカモティ・カイジェンとメリー・フェルナンドの息子です。」
「二人は世界最高級ブランド『フィッシアーノ』を経営しています。」
「これからは、そのブランドで働きます。」
「新しい挑戦になります。」
「応援よろしくお願いします。」
記者たちから驚きの声が上がる。
世界最高のサッカー選手が――
今度はファッション業界へ飛び込もうとしていた。
その夜。
リスのロッカールームは大騒ぎだった。
音楽が鳴り響く。
選手たちは歌い、踊り、互いに肩を組みながら優勝を祝っている。
しばらくして、キムが静かに手を叩いた。
部屋が少しずつ静かになる。
彼女は一人ひとりの顔を見つめた。
「みんな、本当におめでとう。」
「この三年間。」
「苦しいことも、悔しいこともたくさんあった。」
「でも今日、あなたたちは世界一になった。」
選手たちは真剣な表情で耳を傾ける。
「これから先、それぞれ違う道を歩むことになるでしょう。」
「でも忘れないで。」
「勇気を持つこと。」
「強くあること。」
「そして――」
「仲間を信じること。」
少し笑う。
「さて!」
「お説教はここまで!」
「クラブで祝勝会よ!」
「思いっきり楽しみなさい!」
ロッカールームは再び歓声に包まれた。
「よっしゃあああ!!」
笑い声が絶えない。
しかし。
メイだけは辺りを見回していた。
「あれ?」
「ベンとレイ、それにジョプリは?」
マギーがクスッと笑う。
「あの三人なら先に着替えてテラスへ行ったわよ。」
そしてニヤリと笑う。
「ベンと話してきたら?」
「これから忙しくなるんだから。」
メイは顔を真っ赤にする。
「ち、違うわよ!」
「ただ友達として応援したいだけ!」
マギーは肩をすくめた。
「はいはい。」
ロッカールームを出た先。
夜風が心地よく吹くテラス。
街の灯りを眺めながら、ベン、レイ、ジョプリの三人が静かに話していた。
ベンが口を開く。
「レイ。」
「フィッシアーノには、お前の姉さんと、その恋人もいる。」
「気まずいかもしれない。」
レイは苦笑する。
「姉貴とは仲が悪い。」
「その彼氏も好きじゃない。」
「でも仕事は仕事だ。」
「向こうからケンカを売ってこない限り、俺も大人しくするさ。」
ベンは笑った。
そしてジョプリを見る。
「ジョプリ。」
「ユリアとは、まだ仲直りできてないんだろ?」
ジョプリは申し訳なさそうに笑う。
「ああ……。」
「全部俺が悪かった。」
「いつかちゃんと謝る。」
ベンは二人を見渡す。
「それでも。」
「二人には来てほしい。」
「また一緒に頑張りたい。」
レイは拳を差し出した。
「もちろん。」
ジョプリも拳を重ねる。
「これからもよろしく。」
ベンも笑顔で拳を合わせようとした――
その瞬間だった。
ズキッ――!!
激しい痛みが胸を貫いた。
息が止まる。
視界が揺れる。
足に力が入らない。
「ベン!!」
レイとジョプリが慌てて支える。
「どうした!?」
「さっきのファウルのせいか!?」
ジョプリが叫ぶ。
「キム先生のところへ行こう!」
しかしベンは首を横に振る。
汗が額を伝う。
胸を押さえながら苦しそうに息をする。
「違う……。」
「これは……。」
目を閉じる。
全身を何かが駆け巡るような感覚。
そして震える声でつぶやいた。
「父さんと……母さんの力が……。」
レイとジョプリは顔を見合わせる。
「え?」
ベンはゆっくり顔を上げた。
その瞳には強い不安が宿っていた。
「二人が……。」
「戦っている。」
静まり返る夜のテラス。
誰も言葉を発することができなかった。
そしてその瞬間。
ベン・カイジェンの運命は、大きく動き始めようとしていた。
――第一章・完――




