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1時間目:身体と水の抵抗とブラウスと


芦川とそんなたわいもないやり取りをしていると、教室の扉が開いて、中野先生が現れた。

「おはようございます」

先生は昨日と同じように穏やかな笑顔で挨拶をする。今日も紺色のジャージの上に薄紫のブラウスを羽織っている。先生のジャージ姿もまた新鮮だ。セーラー服との組み合わせとは違い、ラフでありながらもどこか色気を感じさせる。ジャージの首元はファスナーが上まで上げられているから、そこだけが強調されているように見える。俺は芦川と先生を交互に見る。芦川のセーラー服に隠された臙脂色のジャージ。先生の薄紫のブラウスと紺色のジャージ。どちらも魅力的で、目が離せない。

(なんか、今日は一段と先生が綺麗に見えるな……)

俺は内心で呟く。先生の美貌は昨日も十分堪能させてもらったが、今日はなぜか一段と輝いて見える。ジャージにブラウスというラフな格好が、彼女の自然体の美しさを引き立てているのだろうか。

そんなことを考えていると、先生が教壇に立ち、今日の補習について説明を始めた。

「おはようございます、佐藤君、芦川さん。今日も春休みに補習に来ていただいてありがとうございます。今日もまずは、水泳についてしっかりと学んでいきましょうね」

「それでは、今日の一時間目のテーマは『身体と水の抵抗力の関係』についてです」

中野先生は黒板に大きく文字を書いた。チョークが白い軌跡を描き、その淀みのない動きに自然と目を奪われる。

「私たちの身体は水中に入ると、様々な方向から抵抗を受けます。これを理解することで、より効率的に泳ぐためのヒントを得ることができるのです」

先生の説明は、相変わらず分かりやすい。理論的で科学的だが、難しすぎず、それでいて奥深い。

「例えば……」

先生は図をスクリーンに映しながら説明を始めた。人体を水の流れの中で捉えた図。水の抵抗がどのように働くのか。それが身体のどの部分に影響を与えるのか。

「この抵抗を減らすために重要なのが、姿勢です。腕の伸ばし方ひとつで抵抗は大きく変わります」

なるほど、と思う。ただ闇雲に泳いでいるのではなく、こういった物理的な法則が関わっているのか。面倒くさいと思っていた水泳も、こういう視点で見ると面白いかもしれない。

そんなことを考えながら先生の説明に耳を傾けていると、ふと隣の芦川が目に入った。彼女は真剣な眼差しで黒板を見つめ、時折ノートに何かを書き込んでいる。長い睫毛が頬に影を落とし、真剣な横顔が美しい。セーラー服の襟元から覗く臙脂色のジャージの襟が、彼女の白い肌を際立たせている。

(ジャージにセーラー服……やっぱり似合うな)

昨日よりも少し打ち解けたのか、彼女の表情は柔らかく見える。時折、理解が追いつかないのか、首を小さく傾げる仕草が可愛らしい。

再び視線を前に向ける。中野先生は熱心に図解を描きながら説明を続けている。先生の紺色のジャージは、やはりブラウスの袖口や襟元から見え隠れしていて、その組み合わせが妙に色っぽい。スタイルの良さも相まって、同性でも見惚れてしまう。

「このようにして、抵抗を最小限に抑えることができれば、より少ない力でスムーズに泳ぐことができるのです」

先生の声が耳に心地よく響く。理論的な話も嫌いじゃないし、何より先生の説明が巧みだから飽きない。時々、実例を挙げたり、比喩を使ったりして、抽象的な概念を分かりやすく具体化してくれる。その話術に引き込まれていく。

「例えば、佐藤君が好きな自転車。風の抵抗を考えたことありますか?」

突然名前を呼ばれて驚く。先生は俺を見て微笑んだ。

「風の抵抗を減らすために、プロの選手はどのような姿勢を取ると思いますか?」

「えっと……できるだけ低くして、空気の流れを整える、みたいな……?」

「その通りです。まさに水泳における姿勢と同じ考え方ですね」

先生に褒められて少し照れ臭くなる。

「こういった『流れ』を意識することは非常に重要です。自然界の法則に逆らわず、むしろ利用する。これが上達への近道なのですよ」

先生の言葉は、水泳だけでなく、もっと大きな普遍的な真理を語っているようにも聞こえる。思わず深く頷いてしまう。

「そして、芦川さんも感じているかもしれませんが……」

先生は今度は芦川に視線を向けた。

「集団の中にいると、どうしても周りのペースや視線が気になってしまい、本来のパフォーマンスを発揮できないことがありますね。特に水泳のような個人競技は」

芦川は静かに頷く。

「それは、抵抗の一種とも言えます。心の中にある抵抗。それをどうコントロールするかが課題です」

先生の言葉は的確で、芦川も少し考え込んでいるように見えた。

「まあ、この辺りは少し抽象的ですね。実際の技術的な抵抗の話に戻しましょう」

先生は再び黒板に向き直り、実践的な話を始めた。どうやら先生は話が脱線しても、うまく元の軌道に戻せるようだ。

俺は先生の説明を聞きながら、教科書の図と見比べて理解を深めていく。芦川も熱心にメモを取っている。

そんな風に授業に没頭していると、不意にチャイムが鳴った。

「あら、もう時間ですね。1時間目は、ここまでにしましょう」

先生がそう言って黒板を消し始めたとき、俺はハッとした。全然時間が経っていることに気づかなかった。

「……え?」

思わず声が出る。芦川も驚いた顔で俺を見た。

「あっという間だったね」

彼女が小声で言った。

「うん……」

本当に夢中になっていた。中野先生の話が面白かったのはもちろんだけど、その間ずっと隣に芦川がいて、時々彼女の仕草や服装が気になって……そんなことばかり考えていたはずなのに、気がつけば一時間終わっていた。

「なんだか不思議だな」

俺は呟いた。

「何が?」

芦川が首を傾げる。

「いや……こんなに集中したことなかったから」

それは正直な感想だった。普段の授業ではなかなか長続きしない集中力が、今日は驚くほど持続していた。

「中野先生のおかげじゃない?」

芦川が微笑む。

「うん、たぶん」

先生の穏やかな語り口と、的確な説明。そして……彼女の服装。その組み合わせが、俺の心を掴んで離さなかったのかもしれない。


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