授業前:二人はジャージに制服姿
今日も俺は、昨日と同じ、青色の学校ジャージの上に学ランを着て、登校する。中野先生ご指名の服装だ。春休みなのに制服登校というのも変な感じだ。
学校に着くと、既に中庭や校庭では様々な部活の掛け声や、ボールを打つ音が響いていた。今日もいい天気だ。日差しは暖かく、風も心地よい。春休みとはいえ、多くの生徒が学校に来て、それぞれの時間を過ごしているのだなと実感する。
教室の扉を開けると、既に芦川が席についていた。長い黒髪が窓からの朝日に照らされて、艶やかに輝いている。
「おはよ」
「ああ、佐藤。おはよう」
芦川は、昨日と同じ、臙脂色の学校ジャージに黒色のセーラー服の上着という姿。ファスナーは相変わらず一番上までしっかり閉められていて、首元が見えないようにしている。体育祭や球技大会でも似たような恰好の女子は多かったが、芦川が着ていると、なんだか意外なような、しっくりくるような、不思議な感覚だった。セーラー服という清楚な制服と、機能的なジャージのアンバランスさが、妙に大人びて見えるというか……。しかもそれが芦川だから、余計に意識してしまうのだろうか。俺はすぐに視線を逸らし、自分の席に鞄を置いた。
「芦川、昨日はちゃんと寝れたか?」
「うん。まあまあかな。あんたは?」
「俺も。ちょっと早めに寝た」
他愛ない会話を交わしながら、教科書やノートを広げる。芦川も同じように準備をしている。彼女の細い指がペンを握る仕草や、真剣な眼差しでノートに何かを書き込む姿に、思わず目が惹きつけられる。普段も学校で会えば言葉は交わすが、クラスが別なので、これほど長い時間一緒にいることはなかった。
「今日も座学中心かな?」
俺が尋ねると、芦川は少し考えるような仕草を見せた。
「たぶんね。昨日も言ってたけど、まずは基本的な知識を固めてから実技に移るんじゃない? あんただって泳げるんだから、実技メインになっても困らないんじゃない」
「まあ、泳ぐのは苦じゃないからな。でも、人に教わるってのは、慣れないな」
「私も。人に泳ぎ方を教わるって、久しぶりだから、なんだか緊張するわ」
芦川はそう言って少し困ったように微笑んだ。その表情がとても可愛らしくて、俺は思わずドキッとしてしまう。
「ところで、佐藤、昨日の座学、ちゃんと聞いてた?」
芦川が唐突に質問してきた。もちろん、聞いてたさ。中野先生の「水泳とは何か」の講義は印象深かったし、芦川が先生に言った「ありがとう」も覚えてる。でも、そんなことは言えないので、
「まあ、それなりにな」
とだけ答えた。芦川はしばらく俺の顔をじっと見つめていたが、やがてふっと視線を外した。何かを見透かされているような気がした。
「要は無理せず、楽しくやればいいんだろ?」
俺が言うと、芦川は一瞬、虚をつかれたような顔をしたが、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。
「そうよね。先生も最後に『楽しむこと』が大事だって言ってたし」
「だろ? だからさ、あんまり固くならずに、やっていけばいいんだよ」
俺が軽い調子で言うと、芦川はふっと息を吐いて、微笑んだ。
「……うん。そうだね。ありがと」
「お礼言われることでもないけどな」
照れ臭くなって、俺は視線を逸らす。教室の窓の外では、グラウンドで朝練に励む陸上部員たちの姿が見えた。昨日と同じく、臙脂色のジャージを着た女の子たちが、汗を流しながら走り込みをしている。彼女たちの姿と、目の前の芦川のジャージ姿が、重なって見える。
(なんか、不思議な感じだな……)
芦川と二人で補習を受けるという事態が、なんだか非日常すぎて、現実味がない。しかも、こんなに自然に会話が弾んでいるなんて。
「どうかした、佐藤?」
俺の視線に気づいた芦川が、怪訝そうな顔をする。
「いや、なんでもない」
慌てて誤魔化す。芦川はしばらく俺の顔をじっと見つめていたが、やがて諦めたように軽く肩を竦めた。
「まあいいけど……佐藤のその恰好、似合ってるよ」
突然の誉め言葉に驚いてしまう。芦川が俺の服装を褒めるなんて。
「え?」
予想外の言葉に、思わず聞き返す。
「青色のジャージに学ランって姿って、なんかいいわね。シンプルだけど、逞しく見えるっていうか……、特に学ランの袖口から見える青いジャージのリブとか……」
「マジで? 嬉しいな……」
思わぬ言葉に、顔が熱くなるのを感じる。照れ隠しに、俺はわざと明るい声を出した。
「そういう芦川こそ、その服装、なんか、いいぞ」
「そう?」
芦川は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに自分の服装を改めて確認するように見た。
「な、なによ……。私のは別に普通でしょ。セーラー服の下にジャージ着てるだけだし……」
「いや、それが意外と……、似合ってるというか、なんか新鮮で……。普段の芦川とは違う雰囲気だなって」
セーラー服の襟元から覗く、ジャージの襟。スカートの代わりに履いた、ジャージのズボン。機能的なジャージを制服の下に着込んでいるという、普段はありえない組み合わせ。それが芦川には妙にしっくりきて、魅力的に見えてしまうのだ。彼女の凛とした雰囲気と、ジャージの持つスポーティな要素が、不思議と調和しているような気がした。
「そ、そう、かしら……?」
芦川は少し戸惑ったように目を伏せたが、その口元はわずかに緩んでいるように見えた。
「うん、なんか……素敵なんだな」
俺はもう一度、確かめるように言った。芦川はますます赤くなり、俺から視線を逸らした。それでも、その横顔は穏やかで、なんだか嬉しそうに見えた。




