戦神と雷龍
ダンジョンから一旦脱出して異世界に帰還したナッコフは、ミドガルの王に拝謁していた。
開口一番、場の空気は緊迫していた。
「王よ、雷龍の住む山への入山許可を」
「なっ!? 神にも匹敵するという、上位龍の山じゃと!?」
「はい」
それは国にとって全軍を動かすような事態だ。
軍神がそこに至るまでどんな経緯があったのか。
「お前のことじゃ……きっと正しいのだろうとはわかる。だが、それでも理由を聞かせてくれ。お前が入ったあのダンジョンの中で何かあったというのか?」
「新たに邂逅した、小さき世界を救うため」
正確にはコンピューターゲーム内の世界を救うためである。
「ふっ、やはりお前はどこにいても戦神ナッコフレディ・アスガルドなのじゃな。このミドガルを救っただけでは飽き足らず、また世界を救おうとしておる。よかろう、入山を許可する。必要とあらば軍も付けるが……そっちは足手まといになってしまうな」
「許可だけでも充分です、王よ」
「さぁ、我が友、我が誇り! 再び世界を救いに旅立つが良い!!」
***
「ご主人様、さすがに王との謁見は肝が冷えましたよ……」
標高が高く険しい山の上で、いぬっちは白い息を吐きながらナッコフに言った。
横を歩くナッコフはキョトンとしている。
「ん? 我は普通に説明しただけだが……」
「コンピューターゲームの世界を救うだけってバレたら大変なことになりますよ。まぁ、コンピューターなんて説明しても伝わらないのだから、説明しようもありませんが」
「我としてはそう伝えたつもりなのだがな……言葉とは難しいものだ」
「まぁ、我々はあまり人間とは喋りませんでしたからね。常に危険な場所で魔王軍と戦っていたので」
いぬっちは色々と思い出していた。
自分は神の眷属〝ブラックドッグ〟として生まれたのだから、別に自身に感情は無くても問題ないと思っている。
だが、人間として生まれた彼は、その運命から人間らしさを享受する権利すらなかったのだ。
元から不器用な性格ではなく、そうならざるを得ない過酷な環境だったのだ。
早くに両親から離れ、友と呼べる者は王だけだ。
民衆は彼を戦神としか見てなくて、決して自分と同じ人間とは思ってはいない。
だから、あまり一般常識がないのは仕方がないのだ。
「それでご主人様、本当に雷龍の魔石を手に入れるつもりですか?」
「うむ、どんな相手かはわからんが、まぁ何とかなるだろう」
「神にも匹敵する相手ですよ。一般常識だけじゃなくて、何か色々なものが抜け落ちているような……」
いぬっちはやれやれと、犬っぽい姿ながら器用に首を振った。
いつの間にか頂上付近まで登ってきていて、その黒い毛並みと雪の銀世界がコントラストを生み出している。
すでに雲が出て霧っぽくなっている標高で、普通の人間なら酸欠になってそうだ。
『ほう、この雷龍を倒して魔石を得たいとほざくか?』
その声と同時に白かった雲は、稲光を纏う黒い雷雲となった。
雷雲の向こう側から現れたのは、あまりにも巨大すぎて認識できない何かだった。
表現的には雷雲に隠れた果てなき壁が動いているような感じだ。
「あれ、喋る相手だったのか……。困ったなぁ、これは一方的に倒しにくいぞ」
『この状態で、まだ我を倒すつもりだというのか。よっぽどの実力者か、または馬鹿としか思えん』
「えーと、雷龍殿。お主の魔石をわけてもらえぬか? って、無理だよなぁ」
『やはりよっぽどの馬鹿か!? 腹を掻っ捌いて魔石をやる奴なぞおるか!! 龍の逆鱗に触れる無礼を身をもって知るが良いわ!!』
世界を覆い尽くすほどの壁だと思われたモノは、雷龍の身体だった。
天が落ちてくるが如く、それがナッコフたちの頭上に降ってきた。
ズズンと大地震のような衝撃が走り、山の先端がナッコフごと潰れて標高が低くなってしまった。
『まったく、久々に誰かやってきたと思えば馬鹿の戯れ言とは……』
「戯れ言ではない。世界を救うために安定した電気が必要なのだ」
『は?』
雷龍は蚊を叩きつぶしたと思っていた。
しかし、地面の下からまだ声が聞こえてくるのだ。
次の瞬間、雷龍の超巨大な身体が持ち上げられていた。
『あ、ありえない……なんだその力は……』
「我はナッコフ……世界を救うものだ……!!」
ナッコフは雷龍を投げ飛ばした。
それも超巨大な身体を弾丸のようなスピードで投げたので、遠くの山が数個潰れてしまった。
『うおぉぉぉおおおお!?』
雷雲から姿を現した全長十数キロにもなりそうな雷龍は、二メートル程度の小さなナッコフに投げられて驚愕していた。
簡単に言うとメチャクチャビビっていた。
強者故に、ナッコフがまだ本気を出していないともわかったのだ。
『ま、参った! 降参だ!! この山脈を気に入っていて、下手に戦って更地にしたくないのだ!!』
「それは申し訳ないことをした」
ナッコフは超長距離をジャンプしてきて、一瞬で雷龍の顔の横に着地していたのだ。
『まったく、お前が噂の戦神ナッコフか。人間種はたまにとてつもない奴が現れるから侮れん……』
そういうと雷龍は巨大な爪の先でナッコフに何か渡してきた。
「これは?」
『さっき欠けてしまった角の一部だ。それなら千年か一万年くらいは安定した電気を発し続けるだろう。制御も容易だ』
「感謝する、雷龍殿」
『世界を救うことに興味はないが、お前にとってはそれほどに大事なのだろう。この雷龍に泥を付けさせたのなら、絶対に救ってこい』
「この我でも難しいかもしれないが……角の力を借りて全力で挑むことにする」
雷龍はゴクリと息を呑んだ。
このナッコフでも難しいと言わしめる敵がいるのだ。
宇宙が滅ぶ可能性すらあると考え、武者震いをした。




