ユリウス殿下とノア
(おかしい……)
公爵家からの帰り道。馬車の中で、ユリウスは一人ため息を吐いていた。
ダントス公爵とミーニャ公爵夫人に門前払いをくらい、ユリウスの頭の中は疑問符でいっぱいだった。
何故自分が彼らに怒られるのか、なにか行き違いがある気がする、とユリウスは一人考える。
――そもそも、この婚約破棄はノアのために仕組んだ事だった。
ノア聖女が戦いの際、目と足に重症を負ったと聞き、ユリウスは胸が張り裂けそうな思いをした。
それこそ、美味しいはずの宮廷食が、味もせず喉を通らない程に――――。
帰ってきたノアを見て、まず初めに思った感情は「安堵」だった。あぁ、生きていてくれて良かった、という気持ちだ。
しかし次に湧き上がった気持ちは、「不安」だった。
きっと彼女は今、様々な複雑な思いを抱えているだろう。片目を失くし、右足を失い――きっと、その純粋な心までも汚されてしまっただろう。
――――だから、ユリウスは婚約破棄をした。
王妃という重圧を背負わせ、これ以上身を、心を削って欲しくないからだ。
そして、早く聖女という役目からも解放してやりたいがために、新しい聖女であるアリス・ルイーザ伯爵令嬢を迎え入れた。
そうすれば、ノアは安心して、隠居という形で療養できるはず……そう思ったのだ。
そして、ゆくゆくは婚約をし直して、二人で国を収めていければ――なんて思っていたのだ。
だから、ユリウスは疑っていなかった。
その行動がノアを傷つけ、傍から見れば“裏切り”だと捉えられるということを。
(僕はこんなにもノアを愛しているのに……)
ユリウスは一人、はぁと息を吐いていた。
◇◇◇
――――一方、ノーサウス領では、ノアとアンの楽しそうな笑い声が響いていた。
2人は手足をドロドロにして、興味津々で何かを植えている。きらきらと輝く茶色のそれは、じゃがいもの苗だと分かった。
辺りを見れば、他にも人参やきゅうり、ピーマンなどの野菜が植えられているのが分かる。
領地に着いてから、約一月が経とうとしていた。
ノアは腕のいい技師に義足と義眼を発注し、今はそれを待っているところだ。
最初の頃は、下町を回ったり孤児院を尋ねたりと、領主としてやれることをやっていた。
しかし、どこかノアに同情している使用人たちが、「後は私共がやりますので。ノア様は休んでくださいまし」と、半ば強制的に休まされてしまったのだ。
さて、やることが無い。困ったぞ、という所に現れたのが、ノアが幼い頃からの馴染みの使用人、トム爺だった。
トム爺は、ノーサウス領地の屋敷の庭師で、昔からいる古株の使用人である。
そのため領地内ならかなり自由に行動することができ、彼はこの辺境でひっそりと畑を嗜んでいたのだ。
それに目をつけたノアは、ここを内緒にする代わりに手伝わせて欲しいと交渉した。トム爺は笑顔で承諾し、今に至るわけである。
「やっぱり体を動かすのは楽しいわ〜。いつか自分の畑も作ってみたいわね」
「それ、いいですね〜〜!」
普通の侍女ならば、「公爵令嬢が!」と止めるところなのだが……ノアは、アンはこういう所がいいのと、ふっと笑った。
トム爺も座りながら、その様子を微笑ましそうに眺めていた――。
◇◇◇
「さて、大体の作業は終わったわね。次は図書室に行きましょう」
「やったー!お菓子食べましょう」
一通りの畑作が終わり、2人は手足を泉で流していた。
はしゃぐアンを引っ張り、屋敷にある大きな図書室へ向かう。
しかしその途中、思いがけないハプニングが起きた。
「ノアお嬢様!!当主様から、お手紙が届いております」
「お父様から?」
「はい……そしてもう一通」
「もう一通?誰かしら」
「……その……」
執事長のカールソンが歯切れを悪そうにする。そしてたっぷり間を空けたあと、気まずそうに手紙を差し出した。
「……!この紋様は――」
「……はい。王太子殿下からの、お手紙になります」
「……ユリウス殿下からの……?」
ノアが緊張した面持ちで手紙を受け取る。そして、王家紋の蝋を剥がし、内容を見た。
中身は……まぁ王族らしい小難しい文がつらつらと並んでいた。しかし要約すれば、このような内容が書かれていた。
“愛するノア・ライリス公爵令嬢へ”
“お元気でしょうか。僕は元気です。
さて、コスモスが美しく咲く季節になって参りましたね。ノアは今、ノーサウス領で療養しているそうですね。無理せず頑張ってください。”
“追伸…この手紙を出したのは、君に頼みたいことがあるからです。来月、そちらへ向かいます”
「ら、来月……!?王太子殿下がお越しになられるですって!?」
手紙を見た侍女長が顔を青ざめさせる。アンは敵意剥き出しで手紙を睨んでいた。
「また、随分急ですわねぇ……」
ノアは、困った、といった顔で手紙を読み返す。何度見ても内容は変わらず、ユリウス殿下が来月ここを訪れるつもりなのは明白だった。
「ノア様、こちらもお読みくだされ」
カールソンに渡されたのは、両親からの手紙。淡いクリーム色に、コスモス型の蝋が垂らしてあった。
ちなみにだが、ライリス公爵家の紋様は黄色いコスモスの花である。
ノアは手紙を受け取り、愛おしそうにそっと開いた。
“親愛なる我が娘へ”
“あのバカ王子が先日家へやってきた。警戒されたし ダントス父上より”
“ノア!あのバカ王子に注意よ!もしかしたら領地へ向かうとか言うかもしれないわ!気をつけて! ミーニャ母様より♡”
「遅くってよ、お父様お母様……」
図書室の前、広い屋敷に、何人かの悲痛な叫びが響き渡っていた――――。




