領地と馬鹿ども
「ノア、準備は出来たかい?」
「えぇ、お父様。バッチリよ」
落ち葉が舞い、読書や食事が楽しくなる季節。ノアとアンは、馬車に揺られていた。
あの婚約破棄から、約2ヶ月が経とうとしていた。
ライリス公爵家当主は宣言通り王都へ怒鳴り込みに行き、親友であった国王陛下と縁を切ってきたと話していた。
ミーニャ・ライリスも同様、お茶会などで散々馬鹿ども(王太子)の愚痴を吹き込んだのだとか。
そのおかげか、今はほとんどの貴族が内政に対し不満を持っているようだった。
ノアはと言えば、しばらく実家で療養していたが、好きなことを自由にするため遠くの領地へ向かうことにした。
それはノアの精神的療養と同時に、貴族の奇異な目に晒されないようにするためである。
今はその最終確認を行っており、これが終われば、晴れてノアは自由の身となるのだ。
「ノア様、荷物の最終確認が終わりました。いつでも領地へ向かえますよ」
アンのその言葉に、ノアの表情が綻ぶ。ノアは最後に両親とハグを交わし、領地へと旅立って行った――――。
◇◇◇
ガタガタと揺れる馬車の中、ノアはアンとのんびり話していた。
「アン、本当に一緒に来てもらって良かったの?貴方なら王都でも上手くやれたでしょうに」
「いいのです。ノア様を傷つけるような王がいる国なんて、興味ありませんっ!」
アンは少々過激なところがある、まぁ、そこがいいのだが。ノアはふっと笑みを零していた。
領地まであと3、4日といったところだろうか。
緑で覆われ自然豊かな領地・ノーサウス領は、ノアが幼い頃から遊びに来ていた懐かしの土地だった。
その事もあり、ノアはいつもより格段に気分が良さそうにしていたのだ。
「その眼帯、新しいやつですか?お似合いです」
「あら、よく分かったわね。本当は腕のいい職人に義眼を頼みたいのだけれどね……」
そんなことを話しながら旅路を行く。目を触る手は相変わらず震えていたけど、その表情はどこか安心したような、優しいものだった――――。
◇◇◇
――――宿と馬車を乗り継ぎ、4日後。
アンは、目の前に広がる景色に目を輝かせていた。
広大な緑の土地。そして咲き誇る色とりどりの花たち――まさに御伽噺に出てくるようなそれは、少女の心を奪っていた。
「凄いですね!こんなところに住むことができるなんて……!楽しみで仕方ありません!」
アンが声を弾ませる。ノアは冷静を保っていたが、内心はしゃぎたくてしょうがなかった。
「おかえりなさいませお嬢様」
「長い旅路だったでしょう。湯を用意しております。お先にそちらへどうぞ」
大きなお屋敷の前には、つい先日見た光景が広がっていた。
使用人達は皆、横断幕を掲げ涙を流している。
「ふふふ、大仰なお迎えね」
「当たり前です」
なぜかふふん、とアンが鼻を鳴らす。
荷物を運び込むと、公爵家の屋敷とは違うシンプルな内装が見えてきた。
「私好みだわ。楽しくなりそうね」
ノアはにっと笑い、部屋へと入っていった――――。
◇◇◇
「失礼。ノア・ライリス公爵令嬢はいるか」
ノア達が領地へ向かった頃、公爵家は慌ただしく動いていた。
その訪問者を見て、誰もが目を見開き、そして怒りを内に押し殺している。
その訪問者はあまりにも高貴なお方だった。
ユリウス・スヴァルド王太子殿下が、ライリス公爵家へ来ていたのだ。
これには公爵家当主も顔を青ざめさせた。
国王にあれだけ啖呵を切ったのだから、不敬罪で投獄か、それとも……なんてことを考えながら、味のしないお茶を啜る。
ユリウス王太子は凛とした表情で、毒味済みのお茶菓子を食べていた。
「ご、ゴホンッ……殿下、何故こちらに?」
緊張した面持ちのミーニャを後ろに、当主たるダントス公爵が質問する。
その様子に、ユリウスはキョトンとした表情をしていた。
「何故って……ノアの様子を聞きに来たのですよ」
「は?」
「最近どうです?しっかりと休息はとれているでしょうか?」
「はぁ!?」
先に啖呵を切ったのは、公爵家の女主人であるミーニャ・ライリスだった。
ミーニャは凄い剣幕で、ユリウス殿下に詰め寄る。
「今更なんなんです!? 命を賭してあんなに頑張ったあの子を、あんなに酷く捨てた癖に!」
「……え?」
「ミ、ミーニャ!少し落ち着きなさい……大丈夫だから」
ミーニャはぼろぼろと涙を流しながら椅子にへたり込む。
ユリウス殿下は困惑しているようで、ひたすら額に汗を浮かべていた。
「とにかく、お引き取りください。もう貴方がたにノアは関係ありません」
「え……え……?」
ばたん、と屋敷から締め出される。
ユリウス殿下はぽかんと口を開け、ただ空を眺めていた。




