新しい聖女
「アリス・ルイーザ伯爵令嬢が新しい聖女だ」
その言葉に、ノアの頭の中は真っ白だった。
ざわざわと音を立てる大聖堂――聞き慣れない仲間たちの罵声でさえ、今は耳に入る前に打ち消されていった。
眼球を一つ。右足を半分。臓物を二つ。
そして、可憐で美しい心一つ……。
魔王軍との戦争で、ノアが失ったものは大きい。しかしそれも、国に帰る為に我慢していた。
全ては、平和で美しい故郷を眺めるため――。
――しかしどうだろうか。実際に目の前に広がったのは、婚約破棄の事実と、自身の令嬢らしからぬ手負いの身体。国のために尽くしたノアに対する扱いは、散々な物だった。
「それが国に尽くした……我らの…我らの聖女に対する態度ですか!?」
「そんなの……あんまりですわ!!」
ぼーっと俯いていたノアの耳に、かつての仲間たちの声が入る。
「静粛に」
国王は大きく息を吐き、隣の側近の男に目をやった。その吐息と共に、大聖堂はまたも静かになる。
側近の男は何やら紙を取り出す。そして、この運びに至るまでの経緯を説明し始めた。
「ごほん……ノア・ライリス大聖女。貴女は命を賭して、自国の発展と未来の為に多大なる貢献をしました」
「しかし、その身体では今後治世を行うことは難しいと考えられます。何よりも、“見目が悪い”」
その言葉に、クルリカ隊員たちがカッとなる。近衛に押さえつけられる仲間を横目に、ノアはただ黙ってその話を聴いていた。
「そのため我々は新しい聖女を迎えました。それが彼女、アリス・ルイーザ伯爵令嬢です」
アリスがドレスの裾をひらりと返し、お辞儀をする。その姿はなんとも可憐で可愛らしく、ノアでさえ、まるで妖精のようだと思ってしまう程だった。
隣に立つユリウス殿下は、いつも通り顔色一つ変えていない。しかし、どこか安心したような表情をしていた。
「ノア大聖女には隠居という形で療養をして頂きたい。生活には困ることないくらいの金銭を――……」
後半の話は、もう耳に入っていなかった。要約すれば、金銭面は保証するから聖女を退き隠居して欲しい、といったことだった。
しかしそんなの、ノア達にしてみればふざけた話だった。散々国に尽くした聖女に、新しい聖女が出たから鞍替えだなんて、倫理観の欠片もない。
しかし王妃というのは、即ちその国の女性の代表である。国民からすれば、その王妃が傷だらけなんて、信じられないことなのだ。
それはノアも重々承知していた。だから、反論することが出来なかった。
◇◇◇
「……ということだ。よろしいか、大聖女ノア」
長ったらしい説明が終わり、大聖堂には張り詰めた空気が流れていた。
国王がノアの返答を待つ。
ノアはぱっと顔を上げ、軽く辺りを見渡した。悔し涙を流す仲間達に、固唾を飲んだ表情で見守る両親――――そして、アリス令嬢と腕を組み、仲睦まじく歓談する、ユリウス殿下の姿。
その光景を見た瞬間、ノアの中で、何かが切れた。
それは、感情と呼べるものですらなかった。ノアの中の、守ってきた大切な、何かが切れたのだ。
(あ゛ーーー……。もう、いいか)
その瞬間、ノアの目には全てが滑稽に見えた。
聖女や大聖女という肩書きに固執する国王、美人に腕を組まれ珍しく笑顔を見せる王太子殿下……。
(なんで今までこんな人達の為に頑張ってたんのかしら……)
「ゴホンッ。よろしいか?」
国王が咳払いをし、ノアの意識が戻る。
(そっか……、もう頑張らなくていいのね。これからは、自分の為に生きていける――自分の、大切な人達の為に――)
ノアはふっと息を漏らし、これ以上ない満面の笑みで答えた。
その表情に、国王含む人々の目は釘付けになっていた。
「はい。その王命、謹んでお受け致します」




