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〜第一章〜誕生

 北海道の夜明け前は、まだ冬の匂いを濃く残していた。

 霧がかすかに漂い、牧場の柵が白い輪郭を帯びる。

 その静寂の中、ひとつだけ熱を帯びた馬房があった。


 フォーエバーダーリング。


 北米で重賞を勝ち、その名を日本にも轟かせた良血牝馬である。

 父 Congrats、そして祖母 Darling My Darling──

 アメリカのダート血統の象徴ともいえる牝系だ。


 その Darling My Darling は、海の向こうで産まれたシエラレオーネの祖母でもある。


 つまり、これから産まれようとしているこの仔は、

 後にアメリカのクラシック路線を戦うシエラレオーネと

 従兄弟にあたる血縁 を持つことになる。


 日本とアメリカ。

 まったく異なる大地で産まれた二頭の血が、

 のちに世界の舞台で交差するなど、

 この瞬間の誰も想像していなかった。



◆ 誕生──世界に向けた静かな産声


 フォーエバーダーリングの苦しい呼吸が馬房に響く。

 深夜から始まった陣痛は長く続き、

 やがて、夜明けの薄明りとともにその瞬間は訪れた。


 藁の上に落ちた小さな身体。

 湿った鹿毛は光を吸うように深く、

 脚は長く、関節がどこか繊細で均整が取れている。


 だが、なにより目が違った。


 生まれたばかりとは思えないほど冷静で、

 まるで“自分がどこから来て、どこへ行くか”を理解しているような眼差し。


「……この子は特別だ」


 厩務員がつぶやいた。


 後に フォーエバーヤング(Forever Young) と名付けられるその牡馬は、

 産声をあげた瞬間から“ただ者ではない気配”をまとっていた。



◆ 幼少期──静けさと闘争心の同居


 立ち上がりは早かった。

 ふらつく仔馬が多い中、フォーエバーヤングは自分の身体の使い方を理解しているかのような動きを見せた。


 牧場スタッフは驚く。


「軸がぶれない……

 こんな当歳、見たことがないぞ」


 放牧地でも彼の特徴は際立った。


 他の仔馬がじゃれ合う中、

 フォーエバーヤングは必ず少し離れた場所に立ち、

 周囲を観察している。


 臆病ではない。

 むしろ、余裕があった。


 時折、鋭い目つきを見せ、

 風の音ひとつで身体の重心を変える。


 静かだが、その奥に眠る闘争心は強烈だった。


「この子は……自分がどう強くなるか、分かっているのかもしれない」



◆ 育成期──身体能力と知性の覚醒


 1歳後半から2歳になり、育成が本格化するとその才能はさらに鮮明になった。


 坂路では力強い踏み込み。

 ウッドチップでは柔らかなストライド。

 どの調教でも、

 身体の使い方が異様に上手い。


 そしてもう一つ。


 レースを“理解しよう”とする賢さ。


 前半は軽く流し、

 後半で急激にギアを上げる。


「……この切り替え、普通の馬じゃできない」


 息の入れ方が天性で、

 砂を蹴る力も強く、

 気性の激しさも“勝つための炎”として作用した。


 徐々に厩舎内ではこう囁かれるようになる。


「こいつは日本で終わる馬じゃない」

「世界に通用する。そんな雰囲気がある」



◆ デビュー戦──“4馬身差の衝撃”


 迎えたデビュー戦。

 ダートは逃げ先行有利──それは競馬の常識。


 だが、フォーエバーヤングは中団に控えた。


 観客はざわめいた。


「中団? ダートで?」

「前に行かなくて大丈夫なのか……?」


 しかし、彼は砂を浴びても一切乱れない。

 むしろ馬群に入ることで集中力を高めているようだった。


 向こう正面、前がペースを上げる。

 それでもまったく慌てない。


 3コーナー。


 手応えが違う。

 内にいる馬を自然と置き去りにしながら、

 気づいた時には前との差を詰めていた。


 4コーナー。


 ジョッキーが軽く合図を送ると、

 一瞬で加速した。


 そして直線に向いたその瞬間──


 もう先頭だった。


「え!? いつ前に出た!?」

「動きが違う……!」


 そのまま伸び続け、

 後続を寄せつけず、

 結局 4馬身差。


 圧勝。


 観客がざわめく。


「これはただの新馬じゃない……」

「とんでもない馬が出てきたぞ」


 だがフォーエバーヤング自身は、勝っても静かだった。

 “勝つべくして勝った”と言わんばかりの落ち着き。



◆ 二戦目──JBC2歳優駿(JpnIII)


2.2倍の1番人気。だが、波乱の始まりはここからだった。


 デビュー戦の圧勝を受け、

 フォーエバーヤングには早くも重賞の舞台が用意された。


 地方交流重賞

 JBC2歳優駿(JpnIII)。


 オッズは 2.2倍の1番人気。


 誰もが前走同様の圧勝を期待していた。



◆ 不良馬場──“行き足がつかない”


 ところがレース当日──馬場状態は 不良。


 深い泥と水が混ざった最もタフなコンディション。

 前へ行けなければ話にならない。


 スタートが切られる。


 フォーエバーヤングは……

 行き足が全くつかない。


 後方2番手。


「嘘だろ……!?」

「前に行けないのか!?」


 観客の驚きは当然だった。

 不良馬場のダートで後方は致命的。


 しかしフォーエバーヤングは焦らない。

 砂と水を浴びても、耳を伏せながら進む。


 だが明らかに苦しそうだ。


 ここで初めて見えた弱点──

 “前へ行く力”の不足。



◆ 展開の神が微笑む


 向こう正面。

 前に行った馬たちの脚が早々に鈍り始めた。


 水を含んだ泥が重く、

 先行勢が軒並み苦しい。


 いわゆる 総崩れの展開 となった。


「これは後ろが有利だ……!」


 結果的に、

 この展開はフォーエバーヤングにとって追い風となった。



◆ 4コーナー──“あの動きを見せる”


 4コーナー。


 泥の波が跳ねる中、

 フォーエバーヤングだけは違うリズムで走っていた。


 身体を沈め、

 泥を蹴り返し、

 じわじわと加速。


 直線に向くと──


 ものすごい脚で伸びてきたように“見えた”。


 実際には展開の助けも大きかったが、

 観客には“怪物の追い込み”に映った。


 残り100mで前を捉え、

 最後は 1馬身半差 の勝利。


 実況が叫ぶ。


「フォーエバーヤング、差し切った!!

 これは……本物だ!!」


 場内が揺れた。


 デビュー戦とはまた違う衝撃。

 不良馬場、後方2番手、そして勝利。


 しかし──

 陣営は浮かれていなかった。



◆ 締め──“世界を獲るための課題”


 勝利はした。

 だが見えた課題は大きい。


 そう、

 “前に行けない”という弱点。


 不良馬場で行き足がつかず、

 後方からの競馬を余儀なくされた。


 展開の助けがなければ、

 勝てなかった可能性もある。


「このままでは世界とは戦えない。

 前へ行く力……

 これは絶対に克服しなければならない」


 陣営は静かに、しかし確かにそう感じていた。


 フォーエバーヤングは勝った。

 だがそれ以上に“課題と可能性”をはっきり示した一戦だった。


 海の向こうではすでに、

 従兄弟のシエラレオーネがクラシック路線を歩んでいる。


 日本から世界へ挑むために──

 フォーエバーヤングにも、乗り越えるべき壁があった。

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