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僕の能力は数値化された。大体のところは……

今日も朝夕で2話出しています。

 匂いだけじゃない。

 そこから漂ってくる雰囲気は……


「それが防壁に小さな穴を空けて真世界へつなげる器具、ピアサーだよ。だからこの穴の向こうはもう真世界だ」

「えっと、穴を空けるって怖い気がするんですけど……」

「そうだね。だからこの場所なんだ。ここと重なる真世界側の空間は地中に掘った空洞で、地上につながる出口もない。だから侵略者を心配する必要は無いんだ」

「ドク、私出るよ」

「ああ、お願い」


 言葉を受けて香月さんが穴をかがんでくぐる。


「それに、彼女が向こう側で警戒してくれるから心配はいらない。ささ、こっちだ」


 そう言うと芹沢さんは僕のオフィス椅子を転がして穴の近くに移動させる。


「はい、右手出して……よし、じゃあこれで……」


 彼は器具を付けたままの僕の右手をつかんで、それを穴の向こう側に突き出す。

 うわっ、と思ったものの、先に香月さんが出ているのだ。と思い直して、僕はおとなしくする。

 そのまま、と言われたので、重い右手をその姿勢で保持しようとがんばる。

 三脚の付いた台を芹沢さんが僕の右手の支えに設置して、ようやく力を抜くことが出来た。


「じゃあ次は左手だね」


 右手と同じように左手も上げるように言われ、今度はそれをこっち側、研究室の床に置いた台で支えてもらう。

 椅子に座ったまま、両手を左右に開いて伸ばした姿勢のまま、僕は成り行きを見守る。


「はい、これで2時間。悪いけど我慢してね」

「これって……結局何をしてるんですか?」


 配線をつなぎながら芹沢さんが答えてくれる。


「人間は――これはリフターも一般人も共通して、こちらとあちらでいろいろと変化があるんだ。だけどその変化が人によって違う。それが才能ということさ」


 そこで、彼は配線を終え、大きな機器のスイッチを入れる。

 それによってモニターの表示がチカチカと明滅し、何らかの計測値を表示し始める。


「で、その変化を左右の手で比べることによって、その人がどれぐらい真世界で力を発揮できるかを測定するんだ。よし、記録開始、と」


 芹沢さんは作業を終えて、机に置いた炭酸飲料のペットボトルの蓋を開ける。

 シュッ、と炭酸の抜ける音がする。

 椅子を引っ張ってきて、底に腰掛け飲み物を飲み出した。


 それを見る僕は、本当に微動だにせずそのままの姿勢を保っている。

 それが目に入ったのか、芹沢さんがペットボトルの蓋を閉めながら話しかけてくれる。


「ああ、そこまでガチガチになる必要は無いよ。要は右手の前腕が向こうにあって、左手がこっちにあれば良いだけだから。少々動いても問題無い」

「そうですか……でも予想していたより動けませんね」


 せいぜい座ったまま、ぐらいのことだと思っていた。


「まあねえ、実際に仕事を始めたら能力の尺度は自分で把握できるんだけど、最初だけはこうなんだよね。真世界に耐えられない人を向こうに連れて行くわけにも行かないからね」

「そういえば能力って何ですか? ゲームみたいに力とか素早さとか、そう言うのですか?」

「あ、説明がまだだったね。じゃあちょうど良い機会だ。僕たちが能力と呼ぶものについて簡単に説明しよう」


 彼は、部屋の隅にあったホワイトボードを持ってきて、ペンでそこに3つのアルファベットを縦に書いた。


「D、S、M……」

「そう、この三つを能力値と呼んでいるんだ。合わせてDSMスコアとか、つなげて呼んで『ディザーム』とか言ってるね」

「でも、あんまり……」


 僕の意図したところはすぐわかったらしい。

 芹沢さんは即座に続ける。


「多くない、かな? 確かにゲームなんかだと六つとかそれ以上の能力値があるのが普通だね。でもね、本当に重要な能力値は一つだけなんだ」


 そう言って、彼は一番上のDに丸印をつける。


「Duration、まあ持続時間とかいう意味だね。これは人間が向こうの世界で連続して居られる時間を表している。持続時間が切れたらそのリフターは強制的にこっちの世界に引き戻されてしまう」

「なんでそんな事が?」

「これはね……防壁の作用なんだ。長年表層世界で血を繋いでいた人類は、もはや真世界で生活することは出来ない。体が崩壊する前に防壁が強制的に引き戻す。これは一種の安全装置なんだよ」


「安全装置……でも、大要石を守っている人はどうしてるんですか?」


 敵が夜にしか来ないとかだろうか?


「当然、交代制さ。24時間を交代して守っている。だからこそ十二家はD値の高い人間を一族に取り込もうとSORAにも手を伸ばしてくる。家にもよるんだろうけど、余裕がないところもあるらしいんだよね」

「それって立原も?」

「立原の本家である龍崎は、戦力では国内トップだ。だから、余裕がないとは思えないね。君のご両親、もしかすると他家への応援に派遣されている可能性があると、僕は思っている」


 他家、つまり他の地方か。

 思えば海外出張で家を空けることが多かったというのは、昔からそうだったのかもしれない。

 今更ながら、僕は自分が何も知らなかった事を実感した。


「なかなか名家の壁は厚いからね……お、おめでとう。少なくとも最低限のD値は確認された。10分経過だ」

「10分ですか……短くないですか?」

「僕なんかはその10分も保たないんだよ。君と同じ事をやったら数分で腕が押し戻される。まあ、実験装置を置いてくることぐらいは出来るから、僕はこれでいいんだけどね」

「そうなんですか……」


 別に落ち込んだ様子はない。だけど、内心なんて読み取れないから本当はどうかわからない。

 なんとなく言葉がとぎれて、一瞬の空白が空くが、そのときに香月さんが頭を出した。


「あれ、どうしたの?」

「飲み物忘れた」


 芹沢さんの声に、全身を現した香月さんが答え、そのまま自分の荷物に向かう。

 トートバッグからペットボトルを取り出し、それを持って再び穴の向こうに消える。


「ゴミはちゃんと持って帰ってきてね」


 芹沢さんの言葉に、わかったと言うように、後ろ手に手をひらひらさせて答える香月さん。

 すぐにその姿は見えなくなった。


「ああ見えて仕事はちゃんとやる子だからね。安全は確保されてるよ」


 そんなに不安そうな顔をしていただろうか?

 僕は、ごまかすようにどうでもいい質問をする。


「そういえば、香月さんはここに頻繁に来るんですか? 前に聞いた話だとあんまりリフターは支部に来ないって聞いたんですけど」

「そうだね、彼女にはいろいろ仕事を頼むことも多いから……さあ、じゃあ能力値の説明を続けよう」


 何だろう? ちょっとした違和感がある。

 話を逸らされたような気もするけど、それより能力値の説明の方が大事だ。


「SはStrength、つまり肉体的能力だね。真世界だと敵も強いからこっちもスーパーヒーローぐらい強く無いと肉弾戦が出来ない。ジャンプで10m飛んだり、人体ぐらいの重さの武器を振り回したりね」

「それって、最初からそうなんですか? つまり、真世界に初めて入った人がそうなるんでしょうか……」

「良い着目点だ。もちろん、最初はそれほど強くない。向こうで戦って鍛える事によってこの能力が上昇する。経験値をためてレベルを上げる。そう表現する人もいるね」

「経験値……あるんでしょうか?」


 芹沢さんは頭をかいてちょっと間を置いて答える。


「そこがねえ、今ありなし両方の論があって結論が出ていないんだ。ただ、個人的印象ではあると思う。『アリ』論だと経験値の事を霊子(りょうし)と呼んでいる。あ、もちろん量子論のそれとは違う。霊に子どもと書く、こっちじゃ架空の粒子だね。それがあるとすると理屈は通るんだ」

「じゃあ、ある、って思っていて不都合はないんですね?」

「問題無いよ。実際よく任務に出る人の方が力が伸びている。その事実は間違いない」


 努力すれば力になる。

 ……それは、たぶんこっちの世界でも同じだ。

 ただ、力があっても、それが結果になるとは限らない。

 だから僕は――僕たちは、力が結果に直結する場所を探し続けている。


「――で、最後がMagic。魔法能力だね。これもSと一緒で鍛えれば強くなる。もっとも、知識が無いと上手く生かせないといわれているんで、単純に数値で強さが決まらない分野でもあるんだけどね」

「えっと、近距離がSで遠距離がMという理解で良いですか?」


 だったら僕は、体も大きくないしMが高い方がいいなあ。なんて考えていた。


「ちょっと違う。Sが高い人の中には遠距離攻撃の能力を持つ人もいる。斬撃を飛ばしたり、目からビームが出たり、超音波で敵を粉々にしたり。だけど、そういうのは本能的、直感的に出来ることであんまり応用が利かない――」


 目からビーム。アメコミのヒーローにそういうのがあった気がする。

 ああ、だからスーパーヒーローという言い方をしたのか……


「――それに対して、Mは理論と習熟によって様々な現象を生じさせる応用力がある。使う道具、あるいは呪文によって同じ人が電撃を出して、ビームを放ち、障壁を張ることもできる。まあ、ほとんどの魔法は遠距離攻撃だから、Mが遠距離という理解だけはそんなに外れていないよ」

「じゃあ、魔法剣士、みたいな人もいるんですか?」


 ちょっとした思いつきを聞いてみた。


「それがね、S値とM値はある程度相反関係にあるんだ。Sが高い人はMが高くならないし、Mが高い人はSがあまり成長しない。前者を戦士、後者を術士なんて呼び方もするね。両方高い人はいなくもないけど、そういう人でもどちらかに偏っているね」


 その後も、いろいろ質問をしては芹沢さんが答えるという時間が続いた。

 いい加減話題も尽きてきた頃、ようやく待望の電子音が鳴る。


「お疲れさま。もう機材を外して良いよ」


 動いておらず、力も抜いていたのになんか腕がだるい気がする。

 装置が引っ込んだことに気づいた香月さんも戻ってきて三脚を持って穴をくぐってくる。

 

 穴はどうするのかな、と見ていたら、折りたたんだピアサーのスイッチが押され、一瞬で穴は閉じる。

 香月さんはピアサーと空のペットボトルを持って歩いて行き、それらを自分のトートバッグに放り込む。


「で、ドクター、どうだったの?」

「香月くんも気になってるみたいだし発表しよう。立原くんの現時点でのスコアは3=1=2だ」


 それってどうなんだろう?

 言われた僕自身だけ数値の意味がわからないので二人の雰囲気を伺うしかないんだけど……



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