考えてみれば一人しかリフターには会っていないな
今日も朝夕で2話出します。
家に帰ったのは水曜日の朝だ。
送ってもらった人はまた知らない職員の人だった。けれど、僕がSORAに入る予定だと言うと、道中かなり気軽にいろいろ説明してくれた。
本当は口外してはいけないことなんだろうけど、僕にとっては有用な情報だったので、ありがたくいろいろ聞かせてもらった。
SORAは支部職員はフルタイムだが、現場担当は副業やアルバイトがほとんどだそうだ。
これは、警察みたいに制服を着てパトロールできる性質の組織では無いからだ。
あくまで裏で動き、異変の起こった地点に近い位置のリフターに対処させるらしい。
第七支部は、外に出てみればそこは国の防災研究所という看板が掛かっていた。
だけど、中にそうした研究が行われていた様子は無いので完全に偽装だ。
実際に今後頻繁に立ち入ることはないのかもしれない。
もっとも、こうして車で送ってもらわないといけないぐらいには交通の便が悪く、僕の家からは遠い場所なので、そのことはありがたい。
さすがに真世界のことは、その職員さんは行ったことがないので知らないらしい。
もしかしたら知らないことにしているだけかもしれない。
あらかじめ僕に話して良いことを決めてある。組織としてそれぐらいの備えがあってもおかしくないだろう。
家に帰ったが、結局その週は僕は学校に行かなかった。
金曜日が祝日で、水曜日が帰宅日だから、木曜日は行こうと思えば行けた。
だけど、頭を打ったのだから、今週いっぱいは自宅で安静にしていた方が良い。SORAのお医者さんにそう言われていたので、休むことにした。
僕としてはいろいろと考えたり整理することがあったので、ちょうど都合が良かった。
バイトは日曜までシフトから外してもらうように連絡した。
その際店長に迷惑をかける事を謝ったが、怪我ならしょうがない、と言ってくれたのはありがたかった。
そして金曜日の朝――僕は再びSORAの第七支部に足を運んでいた。
目的は2つ。
傷の具合を診てもらうのと、SORAへ入る契約をするためだ。
真世界関係の怪我は一般病院は原則使ってはいけないらしい。
僕の怪我もそれに当たるので、前回のお医者さんが診てくれる。
そして、契約だ。
実は、昨日のうちに打診の電話を受けていた。
知らない携帯番号だったが、バイト先の誰かかもしれないと思って一応出たらそうだった。
ちょっと驚いたのは電話をかけてきたのが芹沢さんだったことだ。
明らかに研究者の彼がかけてきたのは、顔なじみで手の空いているのが彼だけだったそうだ。
僕の意志を確認し、だったら明日朝にタクシーで来てくれ、とのことだった。
貧乏学生なのでタクシーを使うときはちょっと緊張したが、タクシー代は出るそうなので言われたとおりにした。
「よく来てくれた。前は病み上がりでもう少し気をつけるべきだった。すまん」
「いえ、それは僕の事情ですから。鴉羽さんのせいじゃありません。こっちこそご迷惑をおかけしました」
正式契約のために部屋に行くと、そこには四人の人がいた。
鴉羽さん、芹沢さん、そして知らない人が二人。
そのうち一人はSORAの制服を着て、前の事務員さんと同じ雰囲気だったのでわかる。
だけどもう一人がよくわからない。
ジーンズに大きめのジャケットで、若く見える。
高校生、あるいは大学生だろうか?
長い髪を後ろでまとめて垂らしており、多分美人――正直あんまり異性の美醜はよくわからないけど、顔立ちは整っていると思う。
冒頭でいきなり僕と鴉羽さんが互いに謝るというスタートだったが、契約自体は問題無く進んだ。
これは事前に給料や勤務について、芹沢さんに電話で聞いていた事と齟齬が無かったので、僕は言われるままにいくつかの書類にサインと押印をする。
ここまで主に対応してくれたのは事務の人で、鴉羽さんと芹沢さんはたまに口を挟むぐらい。
そして正体不明の女性は、一人無言のまま手元の文庫本を読んでいる。
タイトルを見ると『すばらしい新世界』。
SFだろうか? 表紙にならんだ線画の顔が不気味だ。
真世界じゃないんだ。と思ったけど、考えてみれば真世界、なんてタイトルに入っている本が出版されるわけないと気づく。
不思議なのは彼女がそんな様子なのに誰もとがめる様子はない。
僕の視線に気づいたのか、鴉羽さんが紹介してくれる。
「ああ、紹介しよう。立原くんの教育役をしてもらう予定の香月沙耶くんだ」
「そうなんですか、よろしくお願いします」
僕はその女性に頭を下げる。
彼女は、本を閉じて僕をまっすぐ見て、初めて言葉を発する。
「ああ、うん、別に、お給料も出るから。だけど、使えるか見させてもらってからだけど、その辺は大丈夫ですか? ドクター」
「この後能力測定には同行してもらうよ。そこで判断してもらえるかな――」
どうやら、何か試験めいたものがあるらしい。
それにしても……どこかで僕は彼女の声に聞き覚えがあるような……
芹沢さんが続ける。
「――でも、あの地域だと他にいないんだよねえ……立原くんを助けたのも縁だと思ってほしいんだけど」
「え?」
「別に、普通の任務でしょ。あたしは支部に連絡しただけよ」
この人か、じゃああのときの……
「『動くな』の人?」
「どんな覚え方をしてるのよ!」
パン、と手持ちの文庫本を机に置いて、彼女はちょっと声を強くした。
「いや、だってあのとき光が強くて、ほとんど見えなかったから」
「あ、そうなの……」
「ありがとう。おかげで助かりました」
「いや、うん……どういたしまして」
なんかちょっと急に声が小さくなったな。
「ああ、普段リフターが人に感謝されるなんてことが無いから、恥ずかしがっているんだよ。普段は結構横柄で……」
「ドクター!」
なんか香月さんと芹沢さんの間で小さな戦争が繰り広げられている。
普段から支部に出入りしているのか、彼女が芹沢さんとしゃべる様子は自然だ。
考えてみればそうかもしれない。
向こうに迷い込む被害者なんて少ないんだろうし、普段は誰にも知られず仕事をしているのだ。
なるほど、これがリフターか。
人に知られず、人の生活を守る。僕は、そういう世界に足を踏み入れたんだ。
「じゃあ、これで完了ですね。では、私はこれで……」
事務員らしき人が書類を片付けて部屋を出て行く。
「私も失礼する。後は任せたぞ」
鴉羽さんもそれに続く。
部屋には三人だけが残される。
僕がもらった書類やIDカードをカバンにしまい終わるのを待って、二人は立ち上がる。
「この後は、能力を測定する場所に行くよ。その前にトイレに行って来たらどうかな」
「え? 別に行きたく無いんですけど……」
「立原くんは2時間ぐらい動けない状態になるからね」
それならば話は別だ。
僕がトイレから出ると、二人は廊下の自販機で飲み物を買っていた。
「僕も……」
「水分は控えておいた方が良いんじゃない?」
「それもそうですね」
香月さんはブラックコーヒーのペットボトルを片手に、壁にもたれながら忠告してくれた。
リラックスした雰囲気で、支部になじんでいるのがわかる。
芹沢さんの後を付いてやってきたのは地下だ。
『第3実験室』とプレートにあるそこはかなり広い。
部屋の隅に棚とデスクが置かれている以外はがらんどうの空間で、空間利用効率が悪そうに見える。
「さあ、じゃあこの椅子に座って」
「あ、はい」
指示されたのは何の変哲も無いオフィスチェア。
さっきの部屋の椅子の方がまだデザインが良かったと思う。
芹沢さんは、大きな筒みたいな装置を二つ引っ張り出してきた。
ゴテゴテといろいろな機会が付いていて、コードが何本も伸びている。
「はい、じゃあこれに手を入れて」
「これに?」
「そう、両手それぞれにね。だから動けないんだよ。あ、なんか体がかゆいとかあったら僕に言ってね。気づいていたら対応するから」
「はあ……」
なんだかよくわからないけどそういうものらしく、香月さんも平然としている。
装置の中は窮屈ではなく、持ち手もあった。
見た目通り重いのだが、それは台を置いて支えるらしい。
「じゃ、香月くん。お願いするよ」
「了解」
そこで彼女が取り出したのは折りたたみ傘みたいな機械。
彼女はそれを、折りたたみ傘みたいに広げる。
広げたけれど、傘の布は張られておらず、骨組みだけだ。
それを前に突き出し、空中に保持する。
何か操作したのか、骨組みが淡い光に包まれる。
やがて、パチッという音とともに光がはじける。
そこには、『穴』としか言いようのないものが現れていた。
空中に、なんの支えもなく。
そして、その向こうから湿った土の匂いが漂ってきていた。




