僕はこの話を知らない【別視点】①
――――東京都某所、龍崎中等教導所
「柚葉ぁ、なんかあったの? 朝からふくれっ面して……」
制服を着た女生徒が、同じ制服を着た友人に問いかける。
問われた少女は、表情をそのままに返答する。
「いつもの。またダメだって」
「ああ、そうかあ……外に家族がいると大変だねえ」
二人は、今教室で授業が始まるのを待っている。
いくら少々特殊な学校だったとしても、制度上は中学校だから普通に授業があるのだ。
二人の耳に教室の外から走る足音が聞こえてくる。
「ふうっ、なんとか間に合ったぜ」
「由佳、いい加減ギリギリまで寝る習慣なんとかしたら?」
「おうっ、柚葉。おはよう。そんなこと言われたって眠いもんは眠いんだからしょうがねえだろ?」
長髪を後ろでくくった少女は、教室に入ってくると、残る1つの机にカバンをドンと置いて座る。
彼女の名は辰巳由佳。龍崎の二番こと辰巳家の直系の血筋だ。
もっとも、兄弟は多く、彼女は上から7番目の子であり、姉も3人いるため、名家の子ではあっても比較的自由放任主義で育てられていた。
「ところで、今日の授業はなんだっけぇ?」
「英語、数学、理科、国語、音楽よ。いい加減半年なんだから覚えなさいよ、紅葉」
ふわふわと波打つ髪をした、のんびりしゃべる少女は一柳紅葉。龍崎の三番である一柳家の分家の生まれだ。
兄弟は兄一人で、今は大学で経済学を勉強している。
そして二人に挟まれているショートカットの小柄な少女がいる。
彼女が立原柚葉。立原壮真の妹である。
まだ授業開始まで5分はある。
勉強が苦手な紅葉が何度目かわからない愚痴をこぼす。
「6限だけとはいえ、毎日は嫌よねえ。おかげで授業が詰め込みになっちゃって……」
「そうね。でも、ちゃんと高校入学までに学力を伸ばしておかないと外部の受験なんて出来ないから……」
「柚葉はまだ諦めてねえのか……どうせあたし達はあっちに連れて行かれて戦いの日々が待ってるってのに……」
「そうだとしても、お父さんもお母さんもずっと外で暮らしてたんだよ。私にだって出来る。いや、やってみせる」
「おお、すごい前向き。そういうの、悪くないぜ」
柚葉は何も自分の意志で兄に連絡を取っていないわけでは無い。
今朝も連絡の申請を却下されたばっかりだった。
龍崎家の内と外の隔たりは両親に聞いて知っていた彼女も、ここまでとは思っていなかった。
その両親も問題だ。
父は北欧で行方不明。ただ、死亡認定はされていない。
というのも、父の立原俊介はD9の正真正銘のトップの守人なのだ。
少なくとも、半年程度真世界で連絡が取れなかったからといって、死んでいると考えるのは早計だった。
彼の滞在限界である1年3ヶ月が過ぎるまでは、まだ自力生還の望みはあるし、なんなら1年3ヶ月の期限でこちらにひょっこり戻される可能性もあるのだ。
そして、母、立原陽子はとある中東の国で大要石の防衛の主力として戦っていた。
D8で滞在限界が3ヶ月である彼女であれば、兄や柚葉に連絡を取ってくれそうなものだが、場所が悪い。
地元政府の内戦地帯のど真ん中なのだ。
さすがにどちらの勢力も要石の重要性は知っている。
だからとりあえずの身の安全は保たれているのだが、周辺のインフラは壊滅状態で、電波もろくに通じない状態らしい。
そんなわけで同じ龍崎家に守られている家族三人は、未だに互いに連絡を取ることが出来ないでいるのだ。
そして兄、いや義兄の壮真。
柚葉にとっては、一番気になる存在である。
「絶対に高校は外部を受験して、そしてお兄ちゃんと一緒に暮らすんだ」
「あらあら、乙女ねえ」
紅葉がいうように、柚葉は血のつながらない兄を慕っている。
ずっと一緒に暮らしてきて、兄妹仲も良かった。柚葉の勉強をよく見てくれた。
身近で、自分よりずっと大人な兄のことを柚葉が好きになるのは当然かもしれない。
もちろん、壮真にそんな気が無いのは柚葉もわかっている。
自分が養子であるということを知ってからも、彼は柚葉を妹以外の存在として見たことはなかった。
だけどそんなものは今後で覆す自信が彼女にはあった。根拠はなかった。
ともかく、今、彼女は忙しい日々の学校生活を精一杯生きている。
全ては、高校でこの牢獄を抜け出すためだ。
「でも、6限の『訓練』は手を抜くなよ。あたしが許さねえ」
「わかってるわよ。別に守人になるのが嫌ってわけじゃないんだし……」
龍崎中等教導所。それは、公式に中学校として認められている教育機関だ。
ただ、そこでのカリキュラムは一般の中学校とは違う。
毎日6限は訓練、として守人になるための専門のカリキュラムに充てられている。
そのため本来の中学校のカリキュラムは一部削られてしまうのだが、そこは十二家の力で問題なし、となっている。
正直なところ、1日1限程度の訓練では守人の教育としては十分ではない。
この学校の本来の目的は、一族の中学生が外部と接触しないようにという鳥かごの役目なのだ。
全寮制、詰め込まれたカリキュラム、毎日の守人教育、それらによって一族の同胞意識と排外性を自然と身につけさせるための機関。それがこの龍崎中等教育所だった。
――――真世界某所、洞窟内
男は、洞窟入り口から入り込んでくる悪魔型を持っている剣で斬り捨てる。
異世界の侵略者である敵は、斬られて絶命すると黒い粒子がほどけていき、それらは洞窟の外へ飛んでいく。後には何も残らなかった。
後続を警戒するが、どうやらここでいったん敵の進軍は終わりらしい。
「お疲れ様です。結界は再起動しました」
「はあ、本当に結界様々だな」
ずいぶんと低い位置から聞こえてきた声に、男は警戒を解いて振り返る。
そこにいたのは身長が130cmぐらい、だけどプロレスラーでもかなわないぐらい筋骨隆々とした男がいた。
「シンディ、他の出口はどうだ?」
「問題ありません。俊介さんが一番大きな入り口を担当してくれているので他は楽をさせてもらっています」
「といっても、俺が剣を振れるぐらい広いのはここぐらいだからなあ。まあ、適材適所か」
ちょっとシンディが眉をピクッと動かす。
「おっと、最後の言葉は翻訳されませんでしたね」
「ああ、やれる人がその場所を担当するべき、ということだ」
「なるほど」
男、俊介は翻訳デバイスを使っている。
襟元のマイクが拾った言葉を腰の端末で翻訳し、胸のマイクから翻訳音声を発している。
その言語は古ノルド語だ。昔の北欧で使われていた、現在では使う者のいない言語のはずだ。
そして、なぜ俊介のデバイスがそんな言語に対応しているのかというと、まさに彼ら、つまり真世界に残った人類の仲間、ドワーフ族がいるからだ。
「さ、食事の用意が出来ています。広間に戻りましょう」
「ああ、腹が減っていたんでありがたい」
二人は合わない歩幅に注意しながら一緒に洞窟の奥に歩いて行く。
「今日も助かったぜ、シュン」
「まあ、世話になっているからな」
トランはこの洞窟のドワーフ一族で一番強い。
防衛隊長として戦士を率いているのだが、本人が率先して最前線に出ることも多い。
調整・渉外役のシンディと比べて縦にも横にも一回り大きく、遠くからでもよく目立つ。
「さあ、シュンさんもお座りになって」
「ああ、そうさせてもらうよ。マルナさん」
女性のドワーフ、マルナさんはシンディの奥さんだ。
見た目は小柄なぽっちゃり美人といった感じで、ずいぶんシンディはうらやましがられているらしい。
ドワーフの食事は一族が大きな食卓について一斉にとる。
上座の長老、ドヴァル翁が乾杯の音頭を取って、賑やかな食事が始まる。
肉中心、そして酒も蒸留酒できつい。
中年の俊介にとってはちょっと健康を壊しそうではあったが、酒は水で薄め、時々自分で食べられそうな果実を採取などして、今のところ健康を保っていた。
「今日もお疲れ様じゃな」
「長老ですか、いえ、自分のためでもありますから」
いつの間にか上座にいたドヴァルが杯を片手に俊介に声をかけてきた。
俊介がこの洞窟の防衛に協力しているのは訳がある。
ここから少し離れたノルウェーの戦線にかり出されていた俊介は、戦場で足を踏み外し、崖下に落ちてしまった。
怪我をして動けない状態を助けてくれたのがこの洞窟のドワーフたちだった。
彼らは、しかし苦境に立たされていた。
ノルウェーの異世界戦力は強く、その分隊は要石だけでなく、彼らの洞窟にも攻め込んできていた。
本来、この洞窟には強力な結界発生装置があるのだが、それがいま故障中で、修復に時間と資源がかかる。
現在は、1日保たない予備の結界装置でなんとか守れているが、それも1日に数時間のクールタイムが必要だ。
洞窟の戦士達はその時間をいくつかの入り口に分散して侵入者を撃退していたのだが、中には怪我で戦線を離れる者もいた。
回復した俊介は、受けた恩を返すために彼らの手助けをすることにしたのだ。
それに、彼自身ここを離れられない事情がある。
いつの間にか持ち歩いていたピアサーを紛失してしまった。
そしてここは窪地の底で、崖を登る事も難しい。
ここから脱出するためには1年3ヶ月の滞在限界が来て自動的に戻されるしかないのだが、それにはあと半年以上かかる。
それまでは真世界で生活しないといけないため、防衛の手伝いをしながらここにお世話になることにしたのだ。
「そうか……だが儂らの受けた恩の方が大きい。欲しいものがあったら何でも言ってくれよ」
「十分よくしてもらっています。お気になさらず」
ドヴァル翁は、やはり年なのか酒も食事もほどほどに、自室に帰っていった。
部屋のドアを閉め、鍵をかけた彼は、寝床の側の木箱を開け、その二重底をそっと外した。
そこには、折りたたみ傘のような器具、ピアサーが静かに眠っていた。
「すまぬな……じゃが、予言は実現されねばならんのじゃ……」
SORAから提供された道具は、ランプの光に照らされ、鈍い光を放っていた。




