それは敵では無かった。だけど、しょうがない
僕はタフネススマホみたいな端末、SEDmk4を前に突き出し、端末の側面に付いたボタンを連続で押す。
ボタンの感触は固く、いかにも実用品です、という印象を受ける。
端末から、光の線が出て草原を飛んでいく。
少し離れた場所で草に当たった光は、その草を熱して煙を上げる。
しばらくその姿勢で保持すると、やがて発火した。
そこまで確認して、僕はリリースボタンを押す。
「うん、良い感じね」
「こんな威力で倒せるんですか?」
「無理ね、せいぜい気を逸らせるぐらい。枯れ木の敵とかいれば別かもしれないけど……」
「いないんですか?」
「敵は異世界からの侵略者なのよ。基本的には移動できるのしか来ないわ」
「なるほど、そうなんですね」
威力にはちょっとがっかりだったけど、ともかく僕でも魔法が使えることがわかった。そして、真世界限定とはいえ、こうして実際に効果を発揮したことにちょっと興奮していた。
端末は、側面に3つのコマンドボタン、反対の側面にリリースボタンがあり、実際の戦いではそれを使って魔法を発動する。
暴発防止のため、3回ボタンを押さないと起動しないようになっており、つまり3x3x3の27通りの魔法ショートカットが登録できることになる。
これでも十分だと思うけれど、持ち魔法が多い人は足りないこともあるらしく、そういう場合は使用頻度で上位の物を選んで登録するらしい。
もちろん画面をみてメニューから選べば全部使えるが、敵を前にして画面を見てタッチ操作などしている暇が無い。
「じゃあ、『防虫』は発動したわね。常駐魔法にした?」
「うん、リリースボタンを長押しだよね」
防虫などは使いっぱなしにしないといけない。
そのため、常にバックグラウンドで動かせるようにSEDには常駐機能があるのだ。
同時常駐魔法は3つまで。4つめを常駐しようとしたときの挙動は設定で変えられるけど、今の段階だと関係ないのでデフォルトの設定のままだ。
「よし、じゃあ近所を歩いてみよう」
「この辺りに敵はいないんですか?」
「大丈夫。もし出ても私が倒せる。強い敵は大体要石の方に行くから」
そうだ、そのことも聞いておかなくちゃ。
「大要石以外の要石ってどうなってるんですか? やっぱり名家の人が守ってる?」
「ほとんどはそうね。だけど、中には十二家以外で代々要石を守っている一族もあるみたい。離島とか、山奥とかね。SORAとしてはあんまり関わることはないかなあ……それに関東一円は大体東京の大要石に向かうから」
「東京……龍崎家の……」
その名は僕にも関係があり、そして良い関係ではない。
正確な位置はそもそも龍崎家が秘密にしているが、都心のどこかであることは間違いないらしい。そしてカバー範囲も広大で、逆に言うとカバー範囲の周辺も広くなる。
全国50のSORA支部が関東に集中して7つも存在する原因がそれであるらしい。
「まあ、そんなわけで、この辺りに来る侵略者ははぐれたか、迷ったか、逃げてきた連中なのよ」
「あの街灯折ってたのは? 香月さんが倒したんでしょ?」
「あれは暴れてたから多分逃げてきたヤツね。八つ当たりでもしてたんでしょ」
そうか、あれは八つ当たりだったのか。
僕たちは、草をかき分け森の中を進んでいく。
『防虫』が効いているのか虫刺されはない。けど10月だから元々虫は少ないか……
急に目の前が開ける。
遠くまでなだらかな坂になって下っていく一面の草原だった。
「あの川のあたりが駅前ね。向こうだと」
香月さんが指さす方を見ると、遠くに川が流れているのが見える。
そう言えば車で帰るとき線路が見えたのはあの辺りだったか……
「地形は一緒か……でも、建物が無いとこんな風に見えるんだ」
「そうね、さしずめ人類がいなかった場合の現在の日本の風景ってところね」
人類がいなかったら……か。あれ?
「虫はこっちにもいるんだよね?」
「そうだよ」
「動物は?」
「いるよ。ほら、人類は話して表層世界に着いてきてもらえるけど、動物はそういうわけにはいかないでしょ? それなりに近場の動物を連れていったらしいけど、全部はとても無理よ」
「そりゃそうだよね」
「中には連れて行ったのが少なくて、絶滅扱いになっている動物もいるみたいだけど、そういうのもこっちじゃ生き残ってたりするらしいよ」
「それって、連れて行っちゃダメなの?」
絶滅動物が実は生き残っていました、なんてみんな喜ぶニュースに違いない。
「ああ……それはね……」
香月さんがなにか言いかけたとき、ふと近くで草が揺れる音が聞こえる。
気のせいかと思ったが、連続して草をなぎ倒し、何かが移動している。
「前に、ダッシュ!」
「え、はい」
僕は言われるままに香月さんの後に続いて草原に足を踏み出した。
整地などされていない草地はでこぼこして走りにくかったけど、なんとか転んだりせずについて行くことが出来た。
見ると、香月さんはピアサーによく似た大きさの、だけど別の機械を出して、それを伸ばした。
警棒?
いや、それにしては長い気がする。
「私の後ろに!」
「はい」
彼女の向こう側に回り込み、近づいてくるそれを見ると……
「タヌキ?」
「真世界の、ね。ちょっと凶暴よ」
香月さんは、手元のスイッチを押す。
すると伸ばした部分が光を発し、たちまち中身が見えなくなる。
最終的に光の棒、いや剣を彼女は両手に構えていた。
「これは、あの映画の? スターなんとか……」
「なんとかウォーズとは関係ないわ。SVAAよ。要は長いスタンガンね」
なるほど、つまり映画のように切れ味が鋭いとかではなく、叩きつけて相手をしびれさせる道具らしい。
それを現すかのように、時々はぐれた電流が雷のようにバチッと音を立てている。
「とりあえずそこで待機」
「はいっ」
香月さんは駆け出して、草を踏みしめて大きな口を開け、威嚇するタヌキに走り寄る。
実際の日本のタヌキよりだいぶ大柄なそれは、接近する彼女の距離を計ると、飛びかかる。
その跳躍力も、大きく開けた口からのぞく牙も、僕が知るタヌキとは大違いで、それが真世界の生物なのだと実感させられた。
「危ないっ」
だが、戦闘経験の多い香月さんはその動きもしっかり目に入っている。
タヌキが飛びかかってくる瞬間に急停止、一歩飛び退いて間合いを取る。
それはちょうど、剣の間合いだ。
横から振り切った光の剣が、タヌキの体を捕らえる。
バチィィと思わず僕も顔をしかめる痛そうな音がした。
電撃が周囲に広がり、直撃したタヌキは体毛を逆立ててその場に倒れる。
香月さんは構えを解かない。
やがて、起き上がったタヌキは、悔しそうな鳴き声を一声発して、一目散に逃げていった。
そこでようやく香月さんが剣――セイヴァーを下ろし、スイッチを押して光を収める。
「ふう……」
こちらに振り向いた彼女が、訳知り顔で僕に告げる。
「わかった? タヌキでこれなんだから、絶滅動物の復活なんて無理なのよ」
「……そうだね、よくわかったよ。ところでそれってすごい武器だね。セイヴァーだっけ?」
「そう、SORA Voltaic Arc Arm 略してSVAA。機能は見たとおり。あ、でもこれも真世界専用なのよ。魔法を解析して作ったらしいから」
「それって魔法武器ってこと?」
「微妙ね。これはバッテリーで動いているから。それに魔法ほどいろいろ出来るわけじゃないわ。私みたいな戦士タイプのリフター用の武器ね」
ということは、術士タイプと言われた僕には関係ないってことか。
だけど、アプリで呼び出す魔法にしても、この武器にしても、意外と科学って裏で進んでいるんだなあ。
そんな感想を香月さんに話したところ、彼女はこんなことを言って笑った。
「そりゃそうよ。なんせ世界最高の『真・科学者』がSORAにはいるんだから。知ってる? ピアサーだって30年ぐらい前にSORAの科学者が作って十二家に教えたのよ」
「へえ……すごい人がいるんだねえ」
「あなたも知ってるドクター――芹沢さんのお父さんよ」
「え? そうなの」
「そう、今は本部にいるけど、そのうち会うこともあるかもね」
なるほど、意外とSORAは未来的な秘密組織だったわけだ。
「さあ、もう帰りましょう。初回の訓練としては一通り体験できたでしょう?」
「そうだね。いろいろわかったよ。ありがとう」
真世界は異世界の敵だけじゃない。
実際に独自の生物が住んでいる、自然の生態系なんだ。
そのことが目で見て初めてわかった気がする。




