【4話】蟇の息さえ天に昇る
薄暗い管制室。壁いっぱいの平面に、街の輪郭と四つの光点が浮かんでいる。
低い機械の唸りと、ときおり微かに鳴る冷却ファンの音。ここで交わされる声は、地表には届かない。
「見て。一基目の散布塔が落ちた。ウイルス濃度が下がっていく」
指先が卓上の縁を叩く癖が止まり、一人は顔をほころばせた。
「やるな、あの4人」もう一人が言う。画面に身を寄せ、光点と指の向きを重ね合わせる。
「端末へ新しい地図を送ろう。」
短い間。地図の一点がわずかに明るくなる。
光点が、驚いたように輪の形になった。
「治癒カプセル、効いてるみたい」最初の声が息を吐く。
「さっきの帯域でも足が止まってない。あんな濃度を吸い込んで、なお動いている」
「期待以上だ」相手は肩の力を抜かない。「4つしかないのが玉に瑕だが」
「仕方ない。あのウイルスを作ったクソ野郎しか、カプセルの作り方を知らない。」
「むしろ隙を見て4つ解放できただけでも上々か。遠隔操作だったからその辺にいたゾンビを治癒してしまうことになったが。」
「しかし、本当に彼らに頼るしか方法はないのか?」
視線がぶつかって、すぐに外れる。もう一人は、手元の操作子を握り直す。指の根元の古傷が白く浮いた。
「私たちは動けない。今あそこに行くのは死にに行くようなものだ」
唇の内側で付け加える。
「だからこそ、道を示す。今私たちにできるのは彼らが博士を倒してくれるのを助けることだ。」
沈黙。画面の端で、色が一段薄くなる。
遠いマイクから、町を包む混乱の音がわずかに拾われはじめた。人の呼気、どこかで倒れる物音、水を分け合う短い言葉。歓声ではない。けれど、人の声が戻る気配。
「ゾンビ化も解け始めているな」
「いい兆候だ」
ほんの一瞬、胸の奥を温かいものがよぎる。すぐに冷たさで蓋をする。
「博士は?」
問いへ返る声は低い。
「変わらない。どこを探しても見当たらない」
「あいつさえいなければこんなことには」
喉が鳴る。
「悪だよ、あれは。排除しなければ。」
言葉にした途端、管制室の空気が硬くなる。二人とも、画面から目を離さない。
指先は、次の手順をすでに並べている。
「端末に新しい経路を載せる。二基目も近くだ。」
画面の四つの光点が、再び同じリズムで動き出す。
地図の一角が、呼吸みたいにまたたいた。
「ともかく今は、彼らだけが希望の綱だ。」
言葉に合わせるように、光点が交差点を渡る。
反対側の声が、ごく短く笑った。皮肉でも慰めでもない、ただ見守る者の癖。
画面の光点は、また一つ角を曲がる。
ここでの会話も、ここでの願いも、地表には届かない。
地表の四人は、何も知らずに次の角を曲がっていく。