閑話02 妹は駒に過ぎない【アルフォンス視点】
アスフォデル公爵家の、重苦しい葬儀が終わり、夜の帳が降りた頃。
アルフォンスは自室に戻り、安堵のため息を深くつく。
今日一日、悲しみに打ちひしがれた兄を演じ続けるのは、想像以上に骨が折れる作業だった。
偽りの涙を流し、弔問客に深々と頭を下げるたびに、内心では嘲笑が込み上げてくるのを必死で抑えなければならなかった。
彼の部屋は、豪華な調度品で飾られ、壁際には書物や地図が乱雑に、だが彼の関心の赴くままに置かれている。
壁には、歴代の当主たちの肖像画が厳かに飾られているが、アルフォンスは、そのどれよりも自分が優れていると信じて疑わなかった。
ノックの音とともに、扉が静かに開かれ、父ロドリック公爵が姿を見せた。
父もまた、人前での悲しげな表情を拭い去り、冷徹な当主の顔に戻っていた。
二人は互いに無言で視線を交わし、部屋の中央に置かれた重厚なソファに腰を下ろす。
周囲の静寂が、彼らの密談を包み込む。
「ご苦労だったな、アルフォンス。これでようやく、長年の肩の荷が下りた。このアスフォデル家の未来も、ようやく盤石となるだろう」
ロドリックが低い声で言った。
その声には、達成感が深く滲み出ている。
まるで、厄介な作業を終えた後のような、清々しささえ感じられた。
「ええ全く、長すぎた……あの女が、これほどまでに厄介な存在だったとは。王家からの縁談など、冗談にもほどがありました。私を差し置いて、あんな小娘に目を付けるなど……」
アルフォンスは、嘲るように口元を歪める。
その顔には、普段の社交で見せる優しい兄の面影は微塵もない。
彼の本性が、暗闇の中で露わになり、彼は、セレナの死を家族の繁栄と自分の権力掌握のための避けられない手段だと考えていた。
「妹は優秀すぎて、私にとっては常に邪魔でしかなかったのです。周囲は『氷の姫』などと褒めそやしましたが、そのたびに私の光が霞む気がしました。私にこそ与えられるべき栄光を、あの女が奪っていたのですから……あの才気、あの存在感……すべてが、私の邪魔だった。まるで私の人生の足枷のように」
ロドリックはグラスに注いだ琥珀色の酒を一口飲み、満足げに頷いた。
彼の瞳には、息子への絶対的な信頼と、家名を最優先する冷徹な計算が見て取れた。
「世間は『氷の姫』などと持ち上げたが、アスフォデル家にとって重要なのは、盤石な継承者だ。お前こそが、この家を未来へ導く唯一の存在――あの子は、その道を阻む障害でしかなかったのだ。余計な波風を立てる前に、早く手を打つべきだったとさえ思う」
「当然です。私は兄として、常に彼女の影に甘んじてきました。舞踏会でも、茶会でも、常に彼女の完璧さが引き合いに出され、私の努力は霞んでいく。そのたびに、どれほど屈辱を味わったか……ですが、もうそれも終わりです。あの女がいなくなれば、全てが私のものになる」
アルフォンスの瞳の奥に、歪んだ野心がギラつく。
彼は、セレナの才能を心の底から憎んでいる。
その憎悪は、彼の心を支配し、あらゆる良心を蝕んでいた。
「毒の件は、徹底して口を封じたのだろうな? 些細な綻びも許されないぞ」
ロドリックが確認するように、冷たい声で尋ねた。
「ええ、抜かりはありません。件の医師には十分すぎるほどの金を与え、彼の家族ごと国外へと送り出しました。二度とこの国に戻らぬよう、そして二度と口を開かぬよう完璧な手はずです。あとは、あの夜騒ぎに気づいた使用人たち……彼らにも相応の口止め料を渡し、もし口を滑らせればどうなるか、厳しく言い含めてあります。彼らの家族についても、私が手中に収めていると示唆しましたから、裏切ることはないでしょう」
アルフォンスは、冷酷な目で続ける。
その言葉には、一切の躊躇や罪悪感が感じられない。
「もはや誰も、セレナが毒によって死んだなどとは思いもよらないでしょう……突然の熱病で急逝した、と。完璧なシナリオです。これで、アスフォデル家の未来は盤石だ。私の地位も、誰にも揺るがせはしない。これからは、私の思い通りに全てを動かせます」
彼は、セレナが本当に死んだかなど、気にも留めていない。
地下納骨堂に安置された棺の中で、彼女がどうなっているかなど、彼の関心事ではなかった。
ただ、自分にとって邪魔な存在が完全に消えたことに、心底満足していた。
「全く、女が出しゃばらなければ、もっと早く終わっていたことだ。愚かな」
アルフォンスはそう呟くと、邪悪な笑みを浮かべ、満ち足りたようにグラスを傾けた。
グラスの中の酒が、彼の歪んだ野心を映し出しているようで――窓の外は、静かな夜の闇が広がっていた。
彼の心の中もまた、その闇に覆われているかのようだった。
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