表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/15

閑話01 灰の将軍の婚礼前夜【ダリオン視点】

 ――エレナ・ベルグレイス。


 その名前を耳にした瞬間、ダリオンの記憶の奥底から、一枚の絵が鮮やかに蘇った。


 数年前の、とある貴族の仮面舞踏会。

 華やかな喧騒の中、彼はふと視線を感じ、振り向いた。

 そこにいたのは、仮面越しに視線が絡んだ、たった一人の少女。

 周囲の華やかな令嬢たちがきらびやかなドレスを纏い、笑顔を振りまく中で、彼女だけが、まるで月光を浴びたように静かで、それでいて抗えない魅力を放っていた。

 特に、その瞳の色が。


 (……あの、灰色の瞳の少女……)


 彼女は、まるで氷と灰を混ぜたような、深く、忘れがたい瞳をしていた。

 その瞳の奥に、言葉にはできないほどの深い孤独と、どこか諦めに似た感情を見た気がした。

 あれから数年、どんな激しい戦場に身を置こうとも、彼女の面影が消えることはなかった。

 あの時、なぜもっと話しかけなかったのか、なぜ彼女の名を直接聞かなかったのか、後悔にも似た念が常に胸の奥に燻っていたのである。

 翌日、その少女の素性を探らせたが、掴んだ情報はただ一つ。アスフォデル公爵家の令嬢で、名はセレナ。

 しかし、その後、信じがたい報せが届いた。


「その令嬢は、急病で亡くなっている」


 報告書にはそう記されており、ダリオンは、あの忘れがたい瞳の少女が、もうこの世にはいないのだと、無理やり自分を納得させていた。

 だか、今、目の前に差し出された書類に記された『エレナ・ベルグレイス』という名を見た時、ダリオンの心臓は、久しく感じたことのない、奇妙な衝動に駆られたのだ。

 アスフォデル公爵家と、隣国の貴族、そして、『身代わり』という言葉。

 これらは、偶然では片付けられない、あまりにも奇妙な符合だった。


(まさか、生きている、というのか? あのセレナが? だが、あの報告は……いや、あの家ならば、あり得ない話ではない……もし、本当に……)


 彼は半信半疑だった――死んだと聞かされた人間が、再び現れるなど、軍人としての合理的な思考ではありえないことだ。

 しかし、この数年、どんなに激しい戦場に身を置こうとも、忘れようとしても忘れられなかったあの瞳の残像が、彼を突き動かした。

 この婚姻を受け入れれば、彼女に会えるかもしれない。

 もしかしたら、あの時見失った、灰色の瞳の少女が、そこにいるかもしれない。

 その可能性が、彼の心を支配し始めていた。


 婚姻が決定してから、ダリオンは密かに準備を進めた。

 形式的な結婚であるならば、相手は放置されても文句は言わないだろう。

 だが、もし、あの少女が来たのだとしたら――彼女は、あの忌まわしいアスフォデル公爵家で、いかなる扱いを受けていたか知れたものではない。

 彼はまず、侍女頭を呼び出し、静かに命じた。


「城の奥まった場所に、一人用の寝室を用意させろ。人目につかず、しかし快適に過ごせるようにな」

「は、かしこまりました。将軍様のご新妻にふさわしい部屋を……」

「いや。飾り立てる必要はない。ただ、彼女が安心して休める空間を。冷え込む夜に備え、暖炉は常に火がくべられているよう徹底しろ。そして、湯はいつでも使えるよう、侍女たちに指示しておけ。些細なことでも、彼女が困ることがないように、配慮を怠るな」


 武骨な将軍の城に似つかわしくない、細やかな配慮を指示するダリオンに、侍女頭はわずかに目を丸くしたが、すぐに深々と頭を下げた。

 何よりも、彼女が快適に過ごせるよう、侍女の選定には細心の注意を払った。


「侍女は、口が堅く、余計な詮索をしない者を選べ。そして、何より心の優しい者を……決して、彼女に不快な思いをさせるな」


 ダリオンの命令は絶対だ。使用人たちは、無表情に、しかし完璧に彼の指示に従った。


(形式的な結婚であれば、彼女にとって最低限の環境を整えれば良い。だが……もし、あの時の彼女であるならば、二度と、不幸な目に遭わせるわけにはいかない。あの日、あの舞踏会で彼女が何を抱えていたのか、私にはわからなかったが、今度こそその全てから守り抜いてみせる)


 そして、婚姻の儀の前日、ダリオンは密かに、侍女頭に再度命じていた。


「部屋には、百合を飾れ。白い百合だ。飾りすぎず、しかし、清らかな香りが漂うように。数だけは、多くなくていい。ただ、そこに、静かに咲いていれば良い」


 白い百合は、あの少女が纏っていた、清廉な雰囲気を思い起こさせた。

 それは、彼女の無垢さと、傷つきやすさを象徴しているかのようだった。


 そして婚礼当日。ヴェールに隠された花嫁の姿は、まさにあの日の舞踏会と同じだった。

 顔を上げない彼女に、内心で胸の高鳴りを覚える。

 彼女の正体を知るまでは、決して感情を露わにするわけにはいかない。

 この結婚は、形だけでも、彼女をこの城に繋ぎ止めるための、唯一の手段なのだから。


 (彼女が……もし、あの時の本物であるなら……二度と、手放さない。今度こそ、私が、彼女を守る)


 ダリオンの碧眼の奥で炎が確かな熱をもって燃え上がっていた。

 それは、将軍としての冷徹な義務感とは異なる、彼自身の深い感情から来るものだった。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!

していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!

ぜひよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ