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第06話 沈黙の城、始まりの夜

 馬車が王都の石畳を滑るように進み、やがて巨大な門をくぐる。


 将軍ダリオン・グレイアッシュの居城、通称『灰の城』と呼ばれるその館は、想像していたよりも遥かに威容を誇っていた。

 古めかしくも堅牢な石造りの城館は、その名の通り、灰色がかった重厚な壁に覆われ、まるで戦場の英雄たる主の威厳をそのまま具現化したかのようだった。

 しかし、その外観とは裏腹に、城の周囲は静寂に包まれており、どこか張り詰めた空気が漂っていた。

 馬車が中庭で止まると、すぐに数人の使用人が音もなく現れた。

 彼らは皆、感情を読み取れないほど無表情で、規律の中に淡々と動いている。

 その統制された動きは、まるで訓練された兵士のようだった。

 彼らの間には無駄な会話はなく、ただ視線と仕草だけで全てを理解しているかのように見える。

 その厳格な雰囲気に、セレナは思わず息を呑んでしまった。

 アスフォデル家とは全く異なる、厳粛な空気だ。

 馬車から降りたセレナは、に案内されるままに城内を進んだ。

 廊下は広く、装飾は控えめながらも重厚で、歴史の重みを感じさせる。壁には、歴代の将軍たちの肖像画が飾られ、彼らの厳しい眼差しがセレナを射抜くようだった。


 やがて、一人の老年の侍女が立ち止まり、セレナに深々と頭を下げた。


「エレナ様、こちらが今夜のお部屋でございます。将軍様より、滞りなくお過ごしいただくよう、お達しがございました」


 案内されたのは、広々とした一人用の寝室だった。

 しかし、その簡素な調度品とは裏腹に、部屋の中は驚くほどに温かく、心地よい香りが漂っていた。

 壁際の暖炉にはすでに火がくべられ、パチパチと薪がはぜる音が響く。

 傍らには、湯気の立つ湯を満たしたバスタブが用意され、清潔な夜着が畳んで置かれていた。

 疲労困憊のセレナにとって、それは何よりの配慮だった。


(冷徹な将軍だと聞いていたのに……なぜ、こんなにも細やかな気遣いを?)


 セレナは内心で戸惑いを覚えてしまう。

 彼の冷酷さは、噂として耳にするばかりだったので、目の前の現実との乖離に、セレナの心は揺れる。

 すると、ノックの音もなく、扉が静かに開く。

 そこに立っていたのは、ダリオンその人だった。

 彼は軍服を脱ぎ、ゆったりとした普段着に着替えていたが、その佇まいからは依然として威圧感が消えることはなかった。

 彼の鋭い碧眼が、部屋の中のセレナを、そして整えられた部屋の様子を一瞥した。


「……エレナ・ベルグレイス。今夜から、この城が貴女の住まいだ。不便はないか?」


 ダリオンの低い声が部屋に響く。

 その声には感情がほとんど感じられないが、どこか尋ねるような響きがあった。

 セレナは慌てて頭を下げた。


「いえ、あの……全て、完璧に整えていただいており、とても感激していたところです」

「そうか」


 ダリオンは頷き、わずかに視線を下げた。

 その碧眼が、セレナの顔を、そして彼女の表情を、まるで探るかのように見つめているような気がした。


「……何か、困ったことがあれば、遠慮なく使用人に伝えるように。特に慣れない環境での不調など、無理をする必要はない」


 その言葉は、先ほどよりもわずかに、だが確かに柔らかい響きを持っている。

 セレナは、反射的に彼の顔を見上げた。

 彼は相変わらず無表情だが、その言葉には、今までセレナが決して向けられたことのない種類の『配慮』が感じられた。


「この城では、貴女の自由は保証される。だが、無用な騒ぎは起こすな、それだけだ」


 ダリオンは、そう付け加えるように告げると、踵を返し、音もなく部屋を出て行った。

 扉が静かに閉まる――彼の存在は、まるで嵐のように部屋を通り過ぎたが、その言葉の残響は長くセレナの胸に残った。


(冷たいはずなのに、なぜこんなに……優しいの? 威圧的で、感情を見せない人だと思っていたのに……)


 彼が冷酷な将軍だという噂は、彼の戦場での振る舞いからくるものだろう。

 あるいは、その無表情な態度から誤解されているのかもしれない。

 しかし、セレナに向けられたその配慮は、冷たいどころか、むしろ温かささえ感じられた。

 それは、アスフォデル家で一度も感じることのなかった種類の『気遣い』――自分の体調を案じる言葉など、今まで誰からもかけられたことがない。


「エレナ様、こちらへ」


 侍女の一人が温かい湯を注ぎ、新しい夜着を準備してくれる。

 セレナは言われるがまま、ゆっくりと体を清めた。

 温かい湯が、凝り固まった体の芯まで染み渡る。湯気の中で、自分が本当に生きていることを実感できる。


 ベッドに横たわると、柔らかいシーツの感触が心地よかった。

 しかし、一日の疲れと、新しい環境への緊張、そして何よりもダリオンのあの言葉が、セレナの心を占めていた。


 目を閉じても、彼の鋭い碧眼が、まるで扉越しにずっと自分を焼き付けているような気がして、なかなか眠りにつくことができない。

 自分を偽った結婚生活が、今、始まったばかりだった。

 この城で、自分は一体どうなるのだろう。そして、夫となったダリオンは、一体何を考えているのだろうか。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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