第8.5話「笑顔のリフレッシュタイム」
県大会決勝戦から3日後。
朝練を終えた成磐中ホッケー部の面々が、部室の片づけをしていた。
あの激戦から少し時間が経ち、選手たちの表情にも余裕が戻ってきている。
相原緋色は、自分のスティックを眺めながら、あの日のことを思い返していた。
5-6での惜敗。
悔しさはあったが、それ以上に大きな成長を実感していた。
「先生、今日は軽めにしませんか?」
長瀬誠先輩が、いつものように冷静な声で提案した。
キャプテンとしての判断だった。
激戦続きのチームには、適度な息抜きが必要だと考えていたのだ。
「そうね。少しリフレッシュしましょう」
椎名美智先生が、にっこりと微笑みながら手を叩いた。
「それなら、今日は特別よ! まずはテンションを上げるために、全力じゃんけん大会から始めましょう!」
部室にいた全員が一斉に振り返る。
「全力じゃんけん・・・??」
緋色が首をかしげると、誠先輩が両拳を上げて見せた。
「おお、いいね! 勝ち負け関係なし、リアクションはすべて全力でやってみるか!」
朝比奈照先輩も目を輝かせる。
「それ面白そうじゃがー! やろうやろう!」
全力じゃんけん大会
部員全員で円陣を作り、順番にじゃんけんを実施することになった。
ルールは簡単。
勝っても負けても、リアクションは思いきり派手にすること。
「最初は誠先輩と照先輩で!」
緋色が言うとみち先生の掛け声で、二人が向かい合う。
「最初はグー、…じゃんけん――」
「ぽん!」
誠先輩がグー、照先輩がチョキ。
誠先輩の勝利。
「よっしゃーーー!」
誠先輩が両手を高く上げて雄叫びを上げる。
普段の冷静な姿からは想像できない豪快なガッツポーズに、部室中が爆笑に包まれた。
「負けたーーーーー悔しーーーーーっ!!」
照先輩も大げさに膝をついて悔しがるポーズ。
その演技っぷりに、さらに笑い声が響く。
次は福士蒼と緋色の番。
「最初はグー、じゃんけん――ぽん!」
蒼がパー、緋色がグー。
蒼の勝利。
すると蒼が――
「やったー!」
普段の理論派らしからぬ、両手を上げての飛び上がりリアクション。
その意外すぎる姿に、部室が一瞬静寂に包まれ――
「ぶはははは!」
全員が腹を抱えて大笑いした。
「蒼、お前そんなキャラだったんかー!」
照先輩が涙を流しながら笑っている。
「い、いえ…つい…」
蒼が赤面しながら小さくなる姿が、また可愛らしくて皆の笑いを誘った。
勝者も敗者も、互いの大げさなリアクションに大ウケ。
部室に笑い声が満ち、あの激戦での緊張感がスッとほどけていくのを感じた。
"4mゲーム"トライアル
「次は技術確認も兼ねて、新しいゲームをやってみましょう」
みち先生が提案したのは、ホッケーの4mルールを応用したゲームだった。
「ルールは簡単よ。2人一組で『攻め』『守り』に分かれて、順番にチャレンジ。
守り役が人工芝上にボールを置いて、攻め役はその位置から感覚で約4m後方へ下がる。
OKと答えたら、攻め役は一気にボールを取りに行く。4m以上下がれていなかったらアウト!」
「何それ!!面白ろそうじゃがんー!」
照先輩が目を輝かせる。
最初は誠先輩と蒼のペア。
蒼がボールを置き、誠先輩が後方に下がる。
「よし、行くぞ…OK!」
誠先輩が走り出す。
しかし――
「アウト! 3.5mです」
蒼が冷静にジャッジ。
測定は正確無比だった。
「さすが蒼、厳しいな」
誠先輩が苦笑いする。
「でもほとんど正確でした。ありがとうございました」
蒼が優しくフォローする姿に、チームの温かさを感じた。
次は照先輩と緋色のペア。
緋色がボールを置き、照先輩が下がる。
「行くでー!」
照先輩が勢いよく走り出す。
「セーフ! 4.2mです」
「よっしゃーー!!」
照先輩がガッツポーズ。
今度は攻守交代。
照先輩がボールを置き、緋色が下がる。
緋色は静かに呼吸を整え、感覚で距離を測る。
なぜか、あの光る感覚が微かに働いているような気がした。
「行きます!」
緋色が走り出す。
「セーフ! ちょうど4.0mです」
蒼の声に、照先輩が驚嘆の表情を見せた。
「緋色、すげぇ正確じゃけがん! どうやって測っとんなー?」
「なんとなく…感覚です」
緋色が照れくさそうに答える。
実際、あの光る感覚が距離感にも影響しているのかもしれなかった。
ゲーム中、蒼はジャッジ役を完璧にこなし、正確な距離測定で全員から信頼を得ていた。
夕暮れミニゲーム:1対1トーナメント
部室の片隅に設置された小さなゴールを使い、1対1トーナメントを開催することになった。
「よーし、これが今日の締めじゃ!」
照先輩が張り切っている。
準決勝の組み合わせは、緋色対蒼、誠先輩対照先輩。
最初の準決勝、緋色対蒼。
蒼は慎重にボールの場所を確認しながらゴールを守る。
しかし緋色は、あの光る感覚を頼りに、蒼の動きを読んでいた。
一瞬の隙を突いて、緋色がスピードを上げ蒼を振り切る。
そのままワンタッチでゴールに流し込んだ。
「すげぇ!」
ベンチから歓声が上がる。
「緋色くん、素晴らしかったわ」
みち先生が拍手をすると、蒼も素直に称賛する。
続く準決勝、誠先輩対照先輩。
照先輩のパワフルなドリブルに対し、誠先輩が冷静に対応。
最後は絶妙なフェイントで照先輩を抜き去り、ゴールを決めた。
「さすがキャプテンじゃなぁ!」
照先輩が拍手を送る。
そして決勝戦。
誠先輩対緋色。
キャプテンと1年生の対決に、部室の空気が少し引き締まる。
誠先輩が巧みなボールコントロールで緋色に迫る。
しかし緋色は、落ち着いて光る感覚を集中させた。
一瞬、誠先輩への絶妙なパスコースが見えた。
(えっ? 相手にパス?)
混乱しかけた瞬間、緋色は理解した。
これは、誠先輩の動きを読んでいるのだ。
誠先輩がどこに行くかが見えている。
その逆を突いて、緋色がボールを奪取。
そのまま冷静にゴールに流し込んだ。
「やったー!」
部室中から大歓声が響く。
「おおー!緋色が優勝じゃ!」
照先輩が駆け寄って緋色の肩を叩く。
「すごいな、緋色。お前の成長を感じるよ」
誠先輩も満足そうに微笑んでいた。
締めのひと言──みち先生の魔法
トーナメントが終わり、グランドに夕陽が差し込み始めた頃。
みち先生が全員を見回しながら、静かに話しかけた。
「皆さん、今日はどうでしたか?」
「楽しかったです!」
緋色が素直に答える。
「楽しむことが、ホッケーの1番大切な要素よ。
技術や戦術も大切だけれど、皆さんの『らしさ』を忘れずに。
本番でも、今日のような笑顔を大切にしてちょうだい」
みち先生の温かい言葉に、選手たちの心が和んだ。
「そうですね。みんな楽しむ気持ちを忘れずに、中国大会も戦おう!」
と、みんなに誠先輩が声をかけた。
緋色は部室を見渡しながら、心の中でつぶやいた。
(いろんな笑顔を共有できるこのチームなら、どんな大舞台でも大丈夫だ)
グランドに響く笑い声、真剣な練習での汗、そして今日のような和やかな時間。
すべてが、このチームの大切な宝物だった。
夕陽が校舎の影を長く伸ばす中、小さな足音と笑い声が土のグランドに溶け込んでいく。
明日からまた、中国大会に向けた練習が始まる。
でも今は、この小さな奇跡のような時間を、心に刻んでおこう。
仲間との笑顔が、きっと大舞台でも力になってくれるはずだから。