第8話「反撃の光」
ハーフタイム
ハーフタイム終了のホーンが、青い人工芝に響き渡る。
1-5という厳しいスコア。
しかし成磐中の選手たちの瞳には、決して諦めない意志の炎が宿っていた。
相原緋色は深呼吸をしながら、青い芝の感触を足裏で確かめる。
朝から降り続く細かな霧が、人工芝を幻想的に包んでいた。
(もっと安定させたい。あの光る感覚を。チームの勝利のために)
スタンドからは、ひいおばあちゃんのみっちゃんの温かい声援が響いている。
琉球衣装の鮮やかな色彩が、曇り空の下でもひときわ美しく映えていた。
「緋色〜! 後半戦も楽しんでちゃびら〜!」
その沖縄弁に込められた愛情が、緋色の心を優しく包む。
対する青刃中の桐島藍人も、表情を引き締めていた。
前半戦での圧倒的な活躍。
2得点1アシスト。
しかし成磐中の粘り強さに、改めて敬意を抱いていた。
スタンドの両親も、息子を温かく見守り続けている。
父の力強い眼差しと、母の優しい微笑み。
その愛情が、藍人の心をさらに熱くしていた。
兵動天音の爆音も、後半戦に向けてさらに気合いが入っている。
「うおおおお! 後半戦も絶対勝つぞー!! みんな、行くぞー!!」
その雄叫びで、スタンド全体が震えるようだった。
県大会決勝戦の後半戦。
青い人工芝に、新たな戦いの火蓋が切って落とされた。
第3クォーター
ピッー! ホイッスルが鳴り響き、第3クォーターが開始される。
しかし青刃中の攻勢は、後半戦も全く衰えることがなかった。
開始わずか2分。
藍人が中央からの鋭いドリブルで成磐中の守備陣を切り裂く。
「シュッ、カツッ、シュッ」
あの美しいリズムが、今度は冷静さと情熱を併せ持って響いていた。
前半戦の手応えを胸に、藍人は自信を持ってプレーしていた。
(この調子だ。僕が個人で突破すれば、チームが楽になる)
ペナルティサークル手前で長瀬誠先輩がタックルに入るが、藍人は絶妙なタイミングでサイドステップ。
その動きは、まるでダンサーのように優雅で美しかった。
そのまま確実なシュートコースを作り出し——
ゴール右隅に突き刺さる冷静な一撃。
1-6。
青刃中がさらに突き放した。
「やったー! さすが藍人!」
スタンドの両親の歓声が響く中、緋色の心は深く沈んでいく。
(また…また藍人くんに得点を決められた。僕は、僕は何もできてない…)
自信を失いかけた緋色の膝が、一瞬ガクリと折れそうになった。
青い芝が遠く感じられる。
その時——
「緋色!」
福士蒼の力強い声が、まるで雷鳴のように響いた。
「大丈夫!!俺たち、お前を信じてる!!」
蒼の真剣な眼差しと、そこに込められた確固たる信頼に、緋色の心が少しずつ落ち着いていく。
(そうだ。僕には、僕にしかできないことがある。あの光る感覚を、もっと信じよう)
第3クォーター中盤
成磐中に反撃のチャンスが訪れた。
中盤でのボール争いから、誠先輩が見事にボールを奪取。
その瞬間、誠先輩の瞳に鋭い光が宿った。
「照!」
誠先輩からの正確なロングパスが、朝比奈照先輩の足元に転がる。
「よっしゃ! 行くでぇーーーー!」
照先輩の豪快なドリブル突破が始まった。
太い足音が人工芝を豪快に叩き、水しぶきが勢いよく跳ね上がる。
その迫力に、青刃中の守備陣が本能的にひるんだ。
青い芝を力強く蹴り上げながら、照先輩がペナルティサークルに向かって突進する。
その姿は、まさに突進する野生の猪のようだった。
サークル手前で青刃中の3年生がタックルに入るが、照先輩は巧みなワンツーパスで突破。
最後は渾身の一撃。
「入れーーー!」
ボールが天音の手をかすめて、ゴールネットを美しく揺らした。
「やったー!」
成磐中ベンチが歓喜に包まれる。
2-6。
貴重な1点を返した。
「さすが照先輩!」
緋色も拳を突き上げた。
先輩の意地を見せつけられて、自分も負けてはいられない気持ちが湧き上がってくる。
しかし青刃中の反撃も素早かった。
天音が見事なクリアで前線に送り、藍人が再び成磐中ゴールに迫る。
青刃中の連続攻撃に対し、蒼が次々とセーブを重ねる。
天音も負けじと、成磐中の攻撃に対して果敢に飛び出してボールをクリア。
「うおおおお!」
天音の化け物級の反射神経で、照先輩のシュートを弾き返す。
蒼も青刃中のシュートを素早く処理し、カウンターの起点となるクリアを送る。
両GKの技術の高さと、その壮絶な戦いに、観客席が息を呑んだ。
第3クォーター終盤
成磐中に決定機が訪れる。
しかし緋色は、思うようにプレーできずにいた。
光る感覚は確かに感じられるのだが、プレッシャーがかかると霧のように消えてしまう。
(くそっ…どうして安定しないんだ…)
焦りが募る緋色。
その時、ふと観客席に目を向けた。
そこには、いつもの少女が両手を振って応援している姿があった。
その温かい笑顔と、遠くからでも感じられる優しい眼差しに、緋色の心が落ち着いていく。
(そうだ。楽しもう。みんなのために、精一杯プレーしよう…!!)
緋色は深呼吸をして、心を空っぽにした。
青い芝の感触、仲間の声、そして応援してくれる人たちの想いを感じながら。
その瞬間——
視界いっぱいに、複数の金色の閃光が弧を描くように見えた。
(これは…前とは全然違う…!!)
単純な直線のパスコースではない。
まるでチーム全員の動きを予測するような、複雑に絡み合った光の軌跡が見えていた。
照先輩から自分へ、自分から誠先輩へ、そして誠先輩から再び照先輩へ——
複数の選択肢が同時に金色に光って見える。
まるで運命の糸が織りなす美しい模様のようだった。
「見える…はっきりと見える!」
緋色は迷わず前線に飛び込んだ。
照先輩からのパスを受け取ると、一瞬で3つのパスコースを確認する。
1つ目は誠先輩への直線パス。
2つ目は照先輩への折り返しパス。
そして3つ目は——
「こっちだ!」
緋色は青刃中の守備陣が全く予想していない角度から、絶妙なコースを突くパスを送った。
それは美しい放物線を描いて、フリーになった誠先輩の足元にピタリと収まった。
誠先輩がそのまま冷静にシュート。
ボールはゴール左隅に突き刺さり、
3-6。
さらに1点を返した。
「緋色! 今のパス、信じられないくらいすごかったぞ!」
照先輩が駆け寄ってきて、緋色の肩を力強く叩く。
「どこを見てパスしたんじゃ? まるで魔法みたいじゃった!」
「なんだか…複数の光るパスコースが見えたんです。分岐していて、それぞれが違う未来を示しているような…」
緋色の言葉に、チーム全体が驚きの表情を見せた。
しかし、その瞳には確かな信頼の光が宿っていた。
第4クォーター
第4クォーター開始。
青刃中も3点差とはいえ、成磐中の粘り強さに苦戦を強いられていた。
藍人が再び持ち上がるが、序盤のような余裕は見えない。
成磐中の守備が組織的になり、個人技だけでは突破が困難になっていた。
それでも藍人は諦めなかった。
(チームのために、僕がもっと頑張らないと)
いつものように個人突破を試みるが、今度は成磐中の連携守備に阻まれる。
「くそっ! いつもなら抜けるのに…」
少し戸惑いながらも、藍人は考える。
(大丈夫。もっと集中すれば、きっと抜けるはずだ。僕がチームを勝たせるんだ!)
藍人の心に、小さな焦りが生じていた。
しかし、それでも個人技でなんとかしようとする気持ちは変わらなかった。 しかし天音は違った。
「みんな! まだまだ行けるぞー!! 俺たちの本気はこんなもんじゃない!!」
天音の「こぼれ球制圧」と横っ飛びスーパーセーブが続き、チームを鼓舞する大声援でスタンドを震わせる。
成磐中の連続攻撃を、天音一人で食い止めているような状況だった。
「天音、頼む!」
青刃中の選手たちも、天音の奮闘に応えようと必死に走る。
試合残り2分
成磐中は全員攻撃に舵を切った。
「行くぞ、みんな! 最後まで諦めるな!」
誠先輩の号令の下、成磐中の最後の攻撃が始まった。
照先輩がサークル外でフリーヒットを得て、誠先輩と緋色へパスを回す。
誠先輩が再度パスを受け取り、一瞬の隙を突いて強烈なシュートを放った。
天音が必死に手を伸ばすが、わずかに届かない。
「入った!」
4-6。
さらに1点差まで詰め寄った。
「やったー!」
成磐中ベンチが総立ちになる。
観客席も大いに沸き、みっちゃんの沖縄弁による応援が響いた。
「緋色〜! よくやったさ〜! 最後まで楽しんでちゃびら〜!」
続く攻撃で、緋色に再びチャンスが訪れた。
またも第二段階の光る感覚が発揮される。
複数の分岐するパスコースが、まるで星座のようにはっきりと見えていた。
相手DFを一瞬で翻弄するパスを照先輩に通し、照先輩の絶妙なクロスに誠先輩が完璧に詰めた。
「決まれ!」
5-6。 ついに1点差。
「信じられん…」
青刃中ベンチも動揺を隠せない。
まさかここまで追い上げられるとは。
藍人も、成磐中の底力に改めて驚愕していた。
(緋色…君のパス、本当にすごいな。でも、僕だって負けられない)
(チームを勝たせるために、僕がどうにか突破しないと)
まだ個人技での解決を信じている藍人。
その純粋な責任感が、時として強引なプレーにつながっていた。 残り30秒。
最後の攻撃で、緋色が中央を駆け上がる。
5-6の1点差。
同点に追いつくための最後のチャンス。
緋色の瞳に、決して諦めない意志が燃えている。
(ここで同点にできれば…みんなの想いに応えられる…!)
あの分岐パスの感覚が、これまでで最もはっきりと戻ってきた。
複数の光る軌跡が、まるで希望の道標のように見える。
緋色がペナルティサークルに向かってドリブルで侵入する。
その瞬間、天音が勇敢に飛び出してボールをクリアしようとする——
ボールは天音の手に当たり、ゴールライン寸前でこぼれた。
その瞬間、照先輩がこぼれ球に向かって必死に飛び込む。
天音も体を投げ出してボールをクリアしようとする。
青い芝の上で、照先輩と天音の体が激しくぶつかり合い——
ピッー! 試合終了の笛が鳴った。
5-6。
青刃中の勝利で県大会の決戦が終了した。
両チームの選手たちが、息を切らしながら互いの健闘を称え合う握手を交わす。
藍人が緋色のもとに歩み寄ってきた。
その表情には、深い敬意と友情が込められていた。
「緋色…君のプレー、本当に素晴らしかった。特に後半のあのパス、僕も驚いたよ」
藍人の静かな称賛に、緋色は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう、藍人くん。君の技術も、前半はまるで魔法を見ているようだった。僕も、もっと強くなりたい」
「中国大会では岡山県の代表としてお互い頑張ろう。緋色の活躍、楽しみにしてるよ」
二人の間に、さらに深く、強い友情が芽生えていた。
ライバルであり、親友でもある——
そんな特別な関係。
天音も大声で緋色に話しかけてきた。
「おい、緋色! お前のパス、マジで光って見えたぞ! すげーじゃん!」
その屈託のない笑顔に、緋色も思わず笑ってしまった。
椎名美智先生が、汗だくの選手たちのもとに歩み寄る。
「皆さん、本当にお疲れ様でした。最後まで諦めない心、そして仲間を信じる気持ち——全てが素晴らしかったです」
その優しい微笑みに、選手たちの心が温かくなった。
負けたという結果以上に、大切なものを得られた気がしていた。
スタンドからは、みっちゃんの大きな拍手が響いている。
「緋色〜! よく頑張ったさ〜! ばあちゃんは誇らしいよ〜! 感動したちゃびら〜!」
緋色は涙ぐみながら、手を振り返した。
みっちゃんの愛情深い眼差しが、どんな言葉よりも心に響く。
夕焼けに染まる青い人工芝。
県内2位という結果だったが、成磐中の選手たちの心は希望に満ちていた。
特に緋色の瞳には、新たな輝きが宿っていた。
(次は、もっと上の舞台で戦える。僕の光る感覚も、きっともっと進化する!)
スタンドからは、いつもの少女の温かい拍手が聞こえてくる。
その姿を見て、緋色の心がさらに温かくなった。
青い芝に、新たな可能性の光が差し込んでいた。
中国大会という更なる舞台が、彼らを待っている。
そこで緋色は、どんな光を見つけるのだろうか——。