第71話「白い魔術師」
巧真の帰宅後、庭での自主練が日課になって数日が経った。
巧真がビデオを見せながら、緋色にフィードバックを続けている。
「緋色、この場面でパスを出しただろ?間違ってはないが、少しタイミングが早すぎる」
「タイミング...」
「ああ。パスは正確なだけじゃダメなんだ。受け手が『今、ココで欲しい』と思う瞬間に届けることが大事になってくる。」
緋色がノートにメモを取る。
「でも...それよりももう一つ上がある。」
巧真が遠くを見つめる。
「次の休みに、成納高校との練習試合だったよな?」
「うん」
「できたら実演してやるよ。自分の目で見た方が理解しやすい」
巧真が意味深に微笑む。
‐‐‐
週末、岡山成納高校のグラウンド。
広い11人制のフィールドが広がっている。
「おおー!この高校には初めて来たなー!」
照が興奮している。
「これが11人制か...やっぱり広いなぁ」
緋色がフィールドを見渡す。
「緋色!」
振り向くと、藍人が手を振っていた。
「藍人!久しぶり!」
「今日は楽しみだな!」
「よっしゃー!今日は派手にぶちかましていくぞー!」
天音も駆け寄ってくる。
「焔ー!今日こそお前より活躍してやる!覚えてろよーー!」
雷太が焔に話しかける。
「え?ん-、まだ雷太には負けないかなぁ…」
焔がきょとんとしている。
「お前ーーー!」
雷太が叫ぶ。
「相変わらずじゃなー...」
照が苦笑いする。
高校生チームから、見覚えのある姿が現れた。
「緋色、照、みんな!久しぶりだな」
「誠先輩!」
成長した誠が、高校生のオレンジ色のビブスを着て立っていた。
「全国ベスト4、すごかったぞ。ニュースで見たよ」
「お久しぶりです!誠先輩も、この高校で頑張ってるんですね」
「ああ。今日は容赦しないからな」
誠が優しく微笑む。
「よろしくお願いします!」
緋色たちが深く頭を下げた。
‐‐‐
試合前のミーティング。
巧真が中学生チームのベンチに立つ。
「今日も臨時コーチとした参加させてもらうよ。みんなよろしく。」
巧真が挨拶すると、青刃中の監督が声をかける。
「11人制には巧真さんにもコーチに入ってもらう予定だ、しっかりアドバイスをもらうように。」
「はい!!」
「さて、今日は11人制の実戦試合だ。6人制と違いフィールドが広い。当然パスの距離も長くなる」
部員たちが真剣に聞く。
「意識してほしいのは”強いパス”を出すことと、成磐中、青刃中の合同チームだからしっかりコミュニケーションをとること」
監督が続けた。その後アップをした後練習試合に入った。
GK:天音(後半に蒼と交代)
DF:市川(青刃)、塁斗、志倉(青刃)、山田
MF:藍人(青刃)、緋色、木嶋(青刃)
FW:照、焔、雷太(青刃)
「緋色、お前がこのチームの中央のMFだ」
「はい」
「藍人は右のMF、雷太は左のFWだ。お前たちもしっかり攻めに参加しろ」
「任せてください!」
二人が頷く。
20分ハーフの試合が始まった。
岡山選抜の中学生チームは広いフィールドに戸惑っていた。
「遠い...思ったよりパスが届かない!」
緋色が焦る。
中学生とはやはり違い、高校生チームのスピードとパワーは圧倒的だった。
誠が冷静にDFの要として機能し、前線にパスがどんどん共有される高校生FWが次々とシュートを放つ。
「ああーくそーーーっ!」
天音が必死にセーブするが、立て続けに決められた。
前半終了:0-2
ハーフタイム
「みんな焦るな。もう少し全体を見よう。一気に行こうとせずに近くの人と連携して崩してみよう」
巧真が落ち着いた声で言う。
「広さに惑わされるな、6人制と基本は同じだぞ。逆に11人制は味方は多いし、スペースも広いんだ」
青刃中の監督が全体に伝える。
「そうか。でも...」
緋色が悔しそうに言う。
「よし。後半、俺が高校生側に入る」
巧真が立ち上がる。
「え!?巧真コーチが...?」
中学生チームがざわつく。
「よく見ておけ、緋色」
「あの夜の答えを教えてやるよ」
巧真が微笑む。
‐‐‐
後半開始。
巧真が高校生のビブスを着て登場した。
ポジションは中央のMF。
「相原さん、よろしくお願いします」
誠が頭を下げる。
「おう、よろしくな。誠くんも高校に行ってかなり成長したね。」
巧真が優しく言う。
「はい、ありがとうございます!全力でついて行かさせてもらいます!」
緋色が父と対峙する構図になった。
(お父さんと...相手として戦うなんて…想像したことなかった!不思議な感覚だ)
緋色の胸が高鳴る。
‐‐‐
後半 序盤。
巧真が左サイドでボールを奪う。
そのままドリブルしながら視線を右に送り、体も右を向く。
藍人が中央に意識を向けけ身構える。
高校生が中央で緋色にマークをつかれながらもフォローに入り、「ヘイ!!」とパスを要求する。
その瞬間。
巧真が縦に突破し藍人をかわす。
「なにっ、こっち(パス)じゃないのか!?」
藍人をかわしパスを繋ぐとすぐさまリターンパスをもらう。
一気に3人のプレーヤーを無力化してしまった。
そのまま一気に中央にドリブルを始めるとたまらずDFが止めに入るが出てきた瞬間に、縦の左サイドへスルーパス。
高校生FWが難なくGKと1v1になりゴールをきめた。
「1人に完全に崩された……」
0‐3
数分後。
巧真がセンターサークルでボールを持った。
すでにフィールド全体を見渡し周りの状況を把握していた巧真は、一瞬の静止。
その瞬間。
高校生FWが何も言われていないのに走り出した。
巧真の弾道の低い速いスクープ。
完璧なタイミングで右側のサークル付近までパスが繋がり、一瞬で高校生のシュートまで演出した。
「え...!?」
緋色が驚く。
(今の...お父さんは何も指示してないのにFWが動いた?!)
(いや、何か違うような...何かが…)
緋色は自分とのパスとの違いに何かが引っ掛かっていた。
0-4
「今の...どうなっとんだー?サインプレーみたいな??」
照が驚愕する。
「いや、違う...だって巧真コーチはさっき高校生に入ったばっかりだし」
藍人も息を呑む。
後半 10分
サークル付近で巧真がボールを持つと緋色がマークに行く。
父子の視線が交錯した。
巧真が微笑む。
「お、よくこのタイミングで来たな、緋色。だがまぁ…」
巧真が視線を動かし、すぐさま体を左に向ける。
緋色が読もうとする。
(あのパスにもなにかあるはずだ!点と線がきっと...!)
「……少し、遅い!!」
巧真の背後ですでにスペースが生まれていた。
「あ…!しまっ……!」
緋色が気づいた時には遅い。
巧真のパスは緋色の左側を抜け、高校生MFが走り込むコースに。
きれいなタッチシュートが決まった。
0-5
「緋色、わかったか?」
巧真が静かに言う。
「俺はな、パスを出す前にある程度すでに勝負を決めてるんだ」
緋色の目が見開く。
後半ラスト3分
中学生チームが何とか必死に食らいつく。
緋色と焔のパス交換から照が裏に抜け出し、サークルイン。反則を取りPCを獲得。
そのPCをしっかり決めたが、高校生の壁は厚かった。
最終スコア:1-5で高校生勝利で試合終了
休憩テントに戻り巧真がアドバイスをくれた。
「一緒に試合をしていて、やはりパスが弱いな。もっと強くても全然大丈夫、練習からやっていこう。そして声が足りないな。コートが広い分もっと味方と声掛けをして助け合おう!」
巧真は優しく伝えた。
「はい!」
巧真が緋色に近づいてきた。
「お前に見せたのは、三つの要素だ」
緋色が真剣に聞く。
「一つ目、『操る』」
「視線、体の向き、フェイントで相手と味方を動かす」
「パスを出す前に、状況を作り出す」
緋色が頷く。
「二つ目、『動かす』」
「味方に『ここだ』と伝える。言葉じゃなく、存在で。それは味方もそう。『自分はここでもらいたい!!』を必ず伝えている」
緋色は先ほどの光景を思い出していた。
「最後に三つ目、『信じさせる』」
「『このパスは必ず来る』と味方に確信させる」
「『安全だ』と相手に誤認させる」
巧真が一呼吸置く。
「技術だけじゃ届かない領域がある」
「フィールド全体を見る目、試合の流れを読む力、仲間の心を読む心、相手の意識を誘導する動き」
「それが揃った時、フィールドを操れる『魔術師』になれる」
緋色は真剣に聞いていた。
「まぁ母さんに聞かれたらまた笑われそうだけどな」
巧真が笑って話してくれた。
「きっとお前にも、わかる日が来る。良い光が見えてるんだから」
緋色の胸に、熱いものが込み上げてくる。
帰り道。
「すごかったな...相原のお父さん」
藍人が呟く。
「あれが噂の『白い魔術師』…か」
塁斗が巧真のパスを思い出す。
「化け物じゃったなー...あんなところまで、よー見えとるよな」
照が頭を抱える。
緋色は黙って話を聞いていた。
(お父さんの言葉...)
(操る、動かす、信じさせる)
(僕にも...できるかな…。今は光を信じて出してるだけだ…)
‐‐‐
夕食後
リビングで巧真と二人で今日の試合映像を見直していた。
「あ、ここ、見てみろ」
巧真が自分のプレーを指す。
「この瞬間、俺は右を見てるけどでも実際は左に出す。」
緋色が食い入るように見る。
「ここで一瞬止まる。これでFWに『今だ』と伝えてる」
「え?止まる...だけで?」
「ああ。動きを止めることで、逆に味方の意識を引きつける。このタイミングだぞって」
巧真が次の場面を再生する。
「お前がマークに来たこの場面。お前の視線を読んでそこを突いたのわかったか?」
「僕の...視線を?」
「ああ。お前の青い光、すごいと思うぞ。でもな」
巧真が真剣な表情で言う。
「相手も、お前を見てるんだ」
「能力に頼りすぎると、逆に読まれる」
緋色が息を呑む。
(確かに瞬には読まれてた…こういうことだったのかな?)
「これから少しずつ教えていく」
「焦るな。一歩ずつだ」
巧真が息子の頭に手を置く。
「お前なら、もっと成長できるよ。いつか辿り着ける」
「うん!...ありがとう、お父さん」
翌朝
庭で一人、朝練を始めていた緋色。
新しいスティックHI-ROを振る。
昨日見た父のプレーを思い出し動きをまねていた。
窓から巧真とけいが見守っている。
「あの子、まだまだ成長しそうね」
「ああ...そうだな。しっかり前を向けている」
二人が優しく微笑む。
緋色の心の中に、新しい目標が芽生えていた。
(操る、動かす、信じさせる)
(魔術師の……お父さんの技。いつか、僕も...)
朝日が昇る。
新しい挑戦が、確かに始まっていた。