第70話「 HI-RO 」
全国大会から数日が経った。
成磐中ホッケー部は、いつもの日常練習に戻っていた。
青い人工芝の上で、パス練習の音が心地よく響く。
「コツッ、コツッ」
「先輩たちすごかったよなぁ~。俺たち全然、役に立てなかったよな」
1年生の山田が目を輝かせる。
「僕たちも、いつか全国であれぐらい活躍しようぜ!!」
中村も拳を握る。
照が岡山弁で笑う。
「もちろんじゃー!ていうかお前らも同じチームじゃったろー!」
緋色も微笑む。
(あれから数日。全国ベスト4か…まだ実感が湧かないな)
「皆さん、いい調子ですね。疲れは取れましたか?」
練習を見守るみち先生が声をかける。
「はい!もう大丈夫です!」
部員たちが声を揃える。
「でも、全国のレベルはすごかったな...」
蒼が水を飲みながら言う。
「僕も...まだまだだって痛感しました」
焔も頷く。
「でも、お前たちは確実に成長してる。それは間違いない」
塁斗が二人の肩を叩く。
緋色の胸に、温かいものが広がる。
(仲間がいるってやっぱりいいな。一人じゃない。だから、もっと強くなれる)
‐‐‐
ある昼休みのこと。
廊下を歩いていると手を振る二人組。
「やっほー、緋色くん」
「ひいろくん、ちょっといい?」
前方から歩いてくるえみと美咲が声をかけてきた。
「えみちゃん...?どうしたの?」
緋色が近づいていく。
「ふふっ♪ちょっと見せたいものがあるんだ」
えみが微笑む。
三人で窓際に移動すると、えみが緋色の足元を見る。
「おっ、ちゃんとつけてくれてるんだ」
えみが嬉しそうに微笑む。
緋色の右足首には、えみから貰った深い赤・白・ピンクのミサンガが巻かれている。
「うん...大事にしてるよ!」
緋色が照れながら答える。
「ふふっ♪実はねぇ...」
えみがスカートの裾をほんの少しだけ上げて、自分の足首を見せる。
そこには、緋色と同じ色合いのミサンガが巻かれていた。
「お揃いなんだよ!」
えみが優しく微笑む。
「え…!?そうなんだ...!」
「準決勝はだめだったけど...」
えみが少し悔しそうに笑う。
「でも、いつかひいろくんの助けになればいいなって思ってるんだ」
緋色の胸が熱くなる。
「えみちゃん...ありがとう。絶対、もっと上手くなるよ!」
二人の視線が交錯する。
温かい空気が流れる。
「はいはいはいー…お二人さん!私のこと忘れないでー!」
美咲が両手を広げて二人の間に割り込む。
「あ、美咲!いたんだった…」
えみが慌てる。
「いやー、相変わらず、いい雰囲気だったね〜。青春だね〜」
美咲がニヤニヤしている。
「も、もう!美咲!」
えみが顔を真っ赤にする。
緋色も照れて俯く。
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴り響く。
「あ、授業!じゃあね、ひいろくん!」
えみが笑顔で手を振って走っていく。
「またねー緋色くん!頑張ってねー!」
美咲も手を振りながら追いかけていく。
一人残された緋色は、胸に手を当てる。
(お揃い...えみちゃんと...)
右足首のミサンガを見つめる。
(助けになれば...か。僕も、なにかえみちゃんの力になれればな)
‐‐‐
週末の午前中。
けい、みっちゃんと緋色の3人は『Hockey Lab』を訪れた。
「全国大会ベスト4、おめでとう!いや~良かったね!!」
店長のぱっちさんが笑顔で出迎えてくれた。
「ありがとうございます」
緋色が頭を下げる。
「特に、照くんとそろって優秀選手選出なんだって!?素晴らしい快挙じゃないか!」
「ありがとうございます、チームの皆のお陰です」
緋色が照れる。
「実は今日は新しいスティックを探しに来たんです。活躍したら買ってもいいって約束しちゃって」
けいが説明する。
「それでしたら、こっちにあるから是非見てってください。新モデルもあるよ」
ぱっちさんが案内してくれた。
店内の奥にあるスティックコーナーに着くと、緋色の目にある1本のスティックに釘付けになった。
新モデル「HERO」というポップ。
シンプルなデザインに、丸い面に「HERO」のロゴが刻まれている。
「これ...」
緋色が手に取る。とても軽くしっくりくる。
その瞬間、不思議なしっくり感が手に伝わる。
「それは新しいモデルだね!その『HERO』モデルはパス精度に特化した設計だよ」
ぱっちさんが説明する。
「パス精度...!」
緋色が呟く。
「へぇ…今の緋色にぴったりなんじゃないの?」
けいが微笑む。
「HERO...主人公とか英雄って意味さー。緋色にぴったりよー」
みっちゃんも嬉しそうに言う。
緋色は何度かスティックを振ってみる。
重さ、バランス、すべてが自分に合っている気がする。
「…すごく馴染む。…あれ?」
そう言うと緋色はあることに気付いた。
「このスティック、平らな方は『HERO』じゃなくて『HI‐ RO』になってる」
『 E 』のスペルが『 I‐ 』にミスプリントされていたのだ。
「HI‐RO…」
「えぇ…!!?ごめんね、違うもの持ってくるよ!」
慌てるパッチさんに
「…これにします。いや、これがいいです!!!」
緋色が不思議と笑顔になる。このスティックが自分を呼んでるような気がした。
「えぇ!?…い、良いんですか?」
ぱっちさんはけいの方を見る
「…わかったわ。それにしましょう」
けいが優しく微笑む。
「…それじゃ安くしときますよ!優秀選手祝いも兼ねて!」
会計を済ませ、新しいスティックを手にした緋色。
「大切に使うのよ」
けいが優しく言う。
「うん...!絶対、大切にする!これで、もっと上手くなれる気がする」
緋色がスティックを見つめ目が輝く。
「緋色の新しい相棒さー!楽しみねぇ~」
みっちゃんが嬉しそうにいった。
3人で店を出ると、岡山の青い空が広がっていた。
帰宅後、夕食の時間。
家族4人が食卓を囲んでいる。
「新しいスティック、いいものが見つかってよかったわね」
けいが微笑む。
「うん...本当にありがとう」
緋色が深く頭を下げる。
「そうだ、緋色。もう少し本格的に家で、お前を教えてあげようかなと思ってるんだが……どうだ?」
巧真が真剣な表情で言う。
「え...?」
緋色が驚く。
「烈真…出雲帝陵中の神門先生とも中国大会で話ができて…俺もホッケーとちゃんと向き合わないと…ってな。」
巧真が遠くを見つめる。
「長い間、ホッケーから逃げてた。でも、お前の頑張る姿を見て、烈真と話せて...俺も前を向けるようになった」
「お父さん...」
「お前の試合のビデオもあるだけ貰ってきたんだ。緋色が嫌じゃなきゃ一緒に見て、細かく教えてやるよ。」
巧真が微笑む。
「本当に!?」
緋色の目がこの日一番の輝きを見せた。
「ああ。毎日の自主練もできるだけ付き合う。お前の成長、全力でサポートするよ」
「お父さん...ありがとう!」
緋色の目に涙が浮かぶ。
「明日から始めるぞ?」
巧真が優しく言う。
「うん!!」
緋色が力強く答える。
父子の絆が、さらに深まった瞬間だった。
‐‐‐
翌日の部活後、みち先生が緋色達に声をかける。
「改めて、U15選考会の詳細をお伝えします」
緋色たちが真剣な表情で聞く。
「U15選考会は12月開催です。照くん、緋色くんは優秀選手枠で参加、蒼くん、焔くんはU14選抜枠で参加になります。」
「はい!」
4人が声を揃える。
「それまでに、11人制の大会もあります。スケジュールは後日お知らせしますが、あなたたちにはかなりタイトになります」
「大丈夫です!」
緋色たちが声を揃える。
「そして...この選考会は、来年度の『U15-JaPT』への選考も兼ねています」
「ジャプト...」
緋色が呟く。
「15歳未満なら参加可能な国際大会。高校1年生の一部も参加する、日本初のハイレベルな国際親善大会です」
緋色たちの目が輝く。
「4人とも、岡山の代表として、日本の代表として...頑張ってください」
みち先生が優しく微笑む。
「はい!」
4人が力強く答える。
「そして、チーム全員で応援します。4人だけの戦いじゃない。成磐中全員の戦いです」
みち先生の言葉に、全員が頷く。
‐‐‐
翌朝、早朝6時。
庭での初めての巧真との朝練習。
「緋色、お前のパスは正確だ。かなり技術も向上してると思う」
巧真が言う。
「ありがとう…」
「だが...」
巧真が一呼吸置く。
「お前は、なんで俺が『白い魔術師』って呼ばれてたか知ってるか?」
緋色が考える。
「パスが上手かった…から...?」
巧真が首を振る。
「それくらいの選手は、全国にはたくさんいる。それだけじゃないんだ」
「じゃあ...何なの?」
巧真が遠くを見つめる。
「魔術師って所以はな...ただパスの技を見せるだけじゃない」
緋色が真剣に聞く。
「相手を驚かせるようなパスを出す事だけでもない」
「…?じゃあ...」
巧真が緋色の目を見る。
「俺が『白い魔術師』、そう言われていたのはな...」
風が吹く。
木の葉が揺れる。
「見てる者全員を、『操り』『動かし』『信じさせる』ていたんだ。」
緋色の目が見開く。
「え...?」
「来週、お前にも見せてやるよ」
巧真が静かに微笑む。
「え...?」
「高校生との練習試合があるんだろ?そこに俺も臨時コーチとして入る予定なんだ。」
緋色が驚く。
「お父さんが...!?」
「あぁ。お前の目で見て、感じて、理解してみろ」
巧真が優しく息子の頭に手を置く。
「言葉だけじゃ伝わらない。見せてやる、『白い魔術師』ってやつをな」
緋色の胸が高鳴る。
(お父さんのプレーを...『白い魔術師』のプレーを生で見られる!)
「……あなた、…朝っぱらから自分で言ってて恥ずかしくないの?」
けいが言う。
「………………確かに。」
朝日が昇り始める。
二人の影が、長く伸びていく。
父の背中が、いつもより大きく見えた。
期待が、緋色の心を満たしていく。
新しい扉が、開こうとしていた。