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緋色のスティック  作者: ぱっち8
第6章
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第66話「即興」


ピィーーー!



第2クォーター


開始のホイッスルが鳴る。


「よし、気持ち切り替えて行くでー!気にし過ぎても仕方ねー!」


照が仲間に声をかける。


しかし、開始の笛と同時に河合(かわい) (しゅん)のポジションが変わっていた。


これまで左サイドでふらついていた瞬が、今度は中央寄りに移動している。


「あれ?河合 瞬のポジションが...」


緋色がすぐに気づく。


しかし、味方のFW戸津も困惑していた。


「…え。瞬…?」


瞬が中央にいるせいで、自分のいつものポジションが取れない。


そして物凄く居心地が悪い。


「お、おい、瞬...そこは俺のポジションなんだが...」


戸津が小声で文句を言うが、瞬は全く見向きもせず、聞いていない様子でふらふらと動き回っている。


成磐中も対応に困っていた。

河合瞬をマークする塁斗が中央に引っ張られ、結果として一方のサイドに4人(戸津・瞬・塁斗・山田)が集まる極端なポジショニングになってしまう。



「何だこの状況...ワンサイドに…」


緋色が首をかしげる。



第2クォーター 1分



左サイドから長門がボールを持つと、ふらふらとサークル付近にいた瞬に速いパスを送った。


「あ、来た来た良いのが来ましたよ~」


瞬がボールを受けると、なぜか急に思いつきが浮かんだような表情になりにやりと笑う。


「お?こりゃ…面白そう」


瞬は走りこむ皐月のフォロー位置を確認すると、すぐにパスを戻す。

皐月が走り込んでボールを受けた瞬間、瞬は戸津と重なるようにサークル内に走り込む。


「へ~い、ぱすぱす」


瞬が軽い調子で皐月にパス要求。


皐月は冷静に速く、鋭い瞬に当てるリターンパスを送る


「ほっ」

...が、瞬はそのボールを完全スルー。

ボールは瞬のすぐ裏にいた戸津に向かっていく。


「……えぇっ!?俺ぇ!?」


戸津は突然の文字通りの " スルーパス " にびっくりして反応できず、ボールはそのままエンドラインを切ってしまった。


「えぇ~……戸津さんつまんなぁ~」


瞬が心底がっかりした表情で落胆する。


「つまんないって...わかるかぁ!変人めーー!」


戸津が困惑し叫んでいる。

常にパス要求をしている戸津だったが、まさかこんな形でパスが来るとは思っていなかった。


「まったく瞬のやつ...何考えてるんだ。さっきのは普通に打っても入るだろうに…。」


皐月も少し呆れている。




第2クォーター 2分



戸津の居心地はますます悪くなっていた。

瞬が中央付近をふらつくせいで、自分のプレースペースがない。

さっきのパスのこともありいつ予想外のパスが来るかひやひやしていた。


「ぬ、ぬ、ぬ……も、もう我慢できない...!!」


戸津はしびれを切らし、瞬から離れた右サイドに飛び出していく。


その瞬間だった。

皐月と百舌鳥の動きが変わる。


戸津の動きを見て、瞬が笑っている。


「…今だ」


皐月が瞬間的に動き出し、百舌鳥も連動してオーバーラップを開始する。

河合 瞬の表情に嬉々するものが。


「おぉ~、さすが皐月さんともずっちー。これに気づいちゃうか~。これは面白い展開になりそう」


「え…急に全体が動き出した…なんだこの光…!?」


緋色には加来偉中のパスコース。点と線が浮かび上がっていた。


河合 瞬を中心とした 数多くの " 点 "  と " 途切れ、途切れの線 "


「即興行きますよ~」


百舌鳥から瞬に出されたボールを皐月が途中でカット。

それにつられた塁斗が皐月のドリブルに対応する…がすでにボールは河合のもとに。


「な…なに!?」


塁斗の驚きをよそに、さらに瞬の横を左からサークルの中へ抜けていく百舌鳥に瞬はパス。


百舌鳥を追いかけていた照がマークにつくが百舌鳥はドリブルせずにボールを”止めただけ”


走り抜けていたことで照もつられる。


「うおぉ、まじか…!?」


照が止まりボールを奪おうとした瞬間、瞬がすでにシュートモーションに入っていた。


「もーらいっと~」


成磐中の守備陣は戸津の動きに引っ張られ、皐月に引っ張られ、百舌鳥に引っ張られる。


だれもマークを外していないのに瞬間的に中央にスペースが生まれていた。


「 " 途切れてる線 " に全部 " 点 " として河合瞬がいる……すごすぎる…!!」


察知できる緋色だからこそ、この即興のプレーに驚愕していた。

シュートブロックにいくが、時すでに遅し。


成磐中のブロックが来る前に、瞬が強烈なリバースシュートを叩き込んだ。



ピピーーーーー!



「ゴ――――――ル!!さすが瞬だ――――!GKも動けず!」



成磐中の観客席が静まり返り、加来偉中の観客席が大爆発していた。


1-2



「ふ、ふ、ふっ。決まった...気持ちいですな―今のは!」


河合瞬は満足そうな表情で小さくガッツポーズ。


「はい、即興プレー成功~。さつきんナイス、もずちゃんナイス~」


「相変わらずキモいの決めるな~」


百舌鳥も嬉しそうに答える。


一方、戸津は複雑な表情だった。自分が飛び出した隙を使われたことがわかっている。


「俺がいない間に...てか、俺をおとりに…しかも……あんだけ走ってる俺を使わないだとぉぉぉ…」


「戸津、気にすんな。お前が動いてくれたおかげでスペースができたんだ」


皐月、長門がフォローするが、戸津の表情は納得いかない様子。


成磐中のベンチは騒然としていた。


「何じゃったん、今の...作戦なんか?」


一瞬の出来事に、照が呆然とする。


緋色も困惑していた。


「多分決めてたプレーじゃないですね…即興でのプレーだと思います。一瞬であんな事ができるなんて...」


「まるで嵐ですね…突風が来て、風が止まったかと思うとまたすぐに激しく吹き荒れる...全くつかめない」


焔がつぶやく。

河合瞬は相変わらず飄々としているが、確実にギアを上げているのがわかる。


「でも、まだまだ試合終わってない!追いつこう!」


緋色がチームに声をかける。

しかし、河合瞬という読めない風に、成磐中は確実に翻弄され始めていた。



---



第2クォーター 4分



「負けられない!!いこう!」


緋色がチームに声をかける。


成磐中の攻撃。

緋色がボールを受けると、全体の位置をみて加来偉中の守備陣形を素早く分析する。


「焔、そこのサイドで勝負だ!」


以前の攻撃で長門を苦しめた焔の3Dドリブル。これは有効な攻撃手段だった。


焔がボールを受けると、長門が警戒して間合いをあける。


「また来るか...」


長門が身構える。


一方、百舌鳥は照をマークしているが、河合瞬の動きを常に気にしている。


「瞬..ちょっとは守れよー」


百舌鳥の意識が分散している。


その隙を皐月が的確にカバーしているが、緋色はその動きを見逃さなかった。


「皐月さんの守備位置が少しずつ広がって…フォローに回ってるのか...」


緋色が首を振り一瞬、心を落ち着かせると照と焔に目が合う。

その瞬間青い光浮かび上がる。


「今だ、焔!」


焔が3Dドリブルで長門を翻弄。

長門は必死についていこうとするが、今だ浮かせるタイミングが読めない。


「くそ、やっぱり厄介だ!」


焔が長門を抜き去った瞬間、緋色が動く。


「緋色先輩!お願いします!」


焔からパスを受けると、青い光は皐月と百舌鳥の間のスペースにきれいに浮かび上がる


そこに走る照に、緋色は完璧なスルーパスを送り込む。


「照先輩!そのまま打てます!」


百舌鳥、皐月は少し前のめりのポジションになっていたため間に合わない。


「あーやばい。間に合わん!」


照が反応し、パスを受けてシュート体勢に入る。


「ナイス、緋色!!決めるでーー!」


照の豪快なシュートが放たれる。

GK馬島が反応し、ボールを弾く。しかし、ボールは完全にクリアされずゴール前にバウンドして浮く。


「ちっ!ミスった!!リバウンド!!」


そこに焔が詰めていた。


「ここだ!」


焔が浮いたボールを確実に押し込む。


ピピーーーー!



2-2



「やったー!同点だ!」


成磐中の応援席が焔の同点弾に沸き上がる。


「ナイス焔くん!ひいろくんのパスも最高!」


えみが声援を送る。


「よっしゃー!やり返したでー!よー詰めとった!」


照が焔を抱き上げる。


「ナイス連携でした、緋色先輩!さすが!」


焔も嬉しそうに緋色に駆け寄る。


河合瞬は同点弾を見ても相変わらず飄々としている。


「おおー、今度はあっち側が面白いプレーしてきましたなぁ~あのパス気持ちいいだろうなー」


まるで他人事のような口調だった。

皐月は冷静に状況を分析している。


「成磐中の連携は侮れないな。特にあの8番のパスの感覚は鋭い」


一方、戸津は複雑な気持ちだった。


「俺がもっとしっかりしていれば...」


自分が河合瞬に振り回されて、チームの守備にも貢献できてない自覚があった。


「戸津、気にするな。お前の良いところはプラス思考なとこだろ!」


「…え?そう?」


長門が声をかけると、戸津が少し嬉しそうな表情をした。


(…単純で助かる。)



ブーーーー!

そのままのスコアで前半終了のホーンが鳴る。



2-2



両チーム、ベンチに向かう中、緋色は河合 瞬を見つめていた。


「あの人...まだまだ本気じゃない」


河合瞬の飄々とした様子を見て、緋色は確信していた。


「後半、もっと仕掛けてくるよきっと。あれで満足するタイプには見えない…!」




河合 瞬という読めない風は、まだ静かに凪いでいる。


突風は急にやってくる。嵐は確実に近づいていた。

第66話、読んでくださってありがとうございます!


河合 瞬という選手を前に、

「読めない動き」よりも……

「何が本気で、何がただの遊びなのかもわからない」ことの方が、恐ろしく見えたのではないでしょうか。


ですが、そんな相手に対しても、成磐中は“自分たちらしい”連携で立ち向かいました。


緋色の視野と判断。焔の技術、照の豪快なアタック。

彼らは、偶然じゃなく「積み重ねてきた選手」なんだということをこの同点弾で証明してくれました。


……ただ、まだ、河合瞬は本気じゃない。

その“静けさの裏”にいる彼の真意に、緋色だけが少し気づき始めています。


動き出した風の中心に、成磐中は今、立っているのかもしれません。


後半、試合はきっと「ただの技術比べ」では済まなくなってきます。

誰が流されて、誰が踏みとどまるのか──

そんな「心の強さの戦い」も、どうか見届けてもらえたら嬉しいです。


 


ちなみに…本作『緋色のスティック』、現在クラウドファンディングに挑戦中です。

もう知っている方もいるかもしれませんが、

もし少しでも「続きを本で読みたい」と思ってくださった方がいらっしゃったら、覗いていただけたら嬉しいです。


▶ https://camp-fire.jp/projects/884214/view?utm_campaign=cp_po_share_c_msg_projects_show


静かに、でも一歩ずつ、この物語も届いています。

応援・拡散・コメント、すべてが力になっています。ありがとうございます!


それではまた、次回の後半戦でお会いしましょう!

風が止む頃、きっと何かが始まります。



――――ぱっち8

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